第24話 交渉


「話は聞かせてもらったよ、ここの領主がどうしょうもない悪人だって事と。

それに仕える奴らも同類だってことがわかった」


「なにを! 無礼であるぞ貴様!」


「無礼で結構、こちとらニホン生まれの流れ者だ、大名だろうが、領主だろうが関係ないよ。

これだけ村長さんが懇願してるのに、慈悲をかけるどころか、ニヤニヤ気持ち悪い笑み浮かべながら、重税かけるとか。

もうそれ、同じ人間の所業じゃないよね、いっそのこと魔族って名乗ったほうがいいんじゃない?」


「き、貴様! 殺されたいのかっ!」


「おーう、殺せるもんなら殺してみろよ」


 啖呵を切った圭が被っていた布をバサッっと剥がす。

 そこにあったのは魔族の姿ではなく人間の姿の圭だった。


 もちろん頭部にチャームポイントを装備している。


 その場にいた村民全員が驚く、なぜって、この数日見慣れたはずの、魔族の姿がそこに無かったからだ。


「「「誰??」」」


 村長ですら目を見開く、一体誰なんだこの若者は。


 半袖姿の20代に見える若者が、徴税官に詰め寄る。


「ほら、殺せよ、腰につけてる得物は飾りか?

これだけ衆人観衆がいる前で、ただの旅人を理不尽に殺す覚悟があるなら。

無抵抗の者を殺した殺人者としての、レッテルを貼られたいなら、とっとと殺せよ」


「貴様! 領主様への反逆、万死に値する! 今この場で切ってやる!」


「お待ちください! どうか剣をお納めください!」


「村長! 貴様もこやつを庇うのであれば同罪とするぞ!」


「そんな、私はそんなつもりではなく」


「ご託はいいんだよ、やるのかやらねーのか、どっちなんだよ」


 尚も挑発する圭に徴税官は、抜き取った腰の短剣を両手で構える。


「うおおおおおおおおおお、死ねぇええええ!」


 まったく構えすら取らない圭の腹部に、短剣か突きたてられる。


「なっ!?」


 圭の胴部を貫くはずだった短剣は、1ミリも刺さることなく止まっていた。


「おい、刺さってないじゃないか、ちゃんと殺す気でかかってこいよ。

それともコイツは、やっぱりただの飾りなのか?」


 圭はその短剣を素手で掴み、ぐにゃりと曲げた。

 突然の出来事にヒィと短い悲鳴を上げながら、徴税官は手から短剣を離す。


 後ずさり、尻餅をついた徴税官対し、飴細工のように刃を曲げた短剣を放り投げる圭。


「おい、お前、この剣はもう使い物になんねーよな。

今から街に戻って代わりの剣取ってこいよ。

領主様に逆らったやつは皆殺しなんだよな。

だったら職務は全うしないとなぁ。

殺すって言ったんだから、自分の言葉にはちゃんと責任を持てよ」


「あ……、う……」


 徴税官の座り込む地面に水溜りが広がっていく。


 もうやること成すこと無茶苦茶である。

 そこまでのやりとりを見ていた村長が、やっぱりこの若者が、魔族のブルーレット本人なんだと理解しだす。

 むしろ剣を素手で曲げるなど、魔族以外に考えられない。


「なんだよ、情けねぇなぁ~、剣が曲がったくらいで怖気づくなよ」


 いやいやいや、魔族相手にそれは無理な注文ですよブルーレットさん。

 言葉にこそしなかったが、村長は心の中でそう叫んだ。

 自分も魔族相手に漏らした、だからこそ若干ではあるが、目の前の漏らした徴税官に少し同情した。


 怯えた徴税官に詰め寄り胸倉を掴んだ圭が、徴税官を無理やり立たせる。

 立たせたものの、足腰に力がまったく入っておらず、手を離したらまたへたり込むだろう。


「話がしたい、顔貸してもらおうか。

あ、村長さん、ちょっと家を借りるよ、できれば村長さんもついてきて」


 圭は村長を引き連れ、そして文字通り徴税官を引きずって、村長の家に入った。




 適当な椅子に徴税官を座らせた圭は話しかける。


「さて、パフォーマンスはこのぐらいでいいだろう。

時間がない、手短に話をまとめよう」


 時間がない、と言ったのは本当のことだ。

 リーゼが着用したパンツ、平均24時間履いたパンツ。

 逆算すると変身時間は1時間と少し、変身が解ける前に、徴税官と話をまとめなければならないのだ。


「交渉がしたい」


「交渉だと?」


 圭に恐怖しながらもやっと言葉を返すことができた徴税官。


「まず、根本的なことを聞きたいんだけど、納税は麦現物じゃないとダメなのか?

それともお金とかダメなのか?」


「納税は麦現物か現金どちらでもかまわない」


「そうか、なら話がはやい。麦1袋に対して幾らになる?」


「税として徴収する場合は、大銅貨5枚が相場だ」


 この世界の通貨は、小銅貨、銅貨(中銅貨)、大銅貨、銀貨、金貨の5種類ある。

 小銅貨10枚=銅貨1枚。

 銅貨10枚=大銅貨1枚。

 大銅貨10枚=銀貨1枚。

 銀貨30枚=金貨1枚。


 これは前もってリーゼから聞いていた内容だ、お金の交渉をするのに、貨幣単位がわからなくては話にならない。

 また、リーゼから小銅貨や銅貨がどのぐらいの物と交換できるのか、大体の価値も前もって聞いておいた。


 推測した貨幣の価値は以下の通りだ。

 小銅貨=10円

 銅貨=100円

 大銅貨=1000円

 銀貨=10000円

 金貨=300000円


 この世界の物価価値がどのぐらいかはわからないが、圭の感覚で日本円に換算したらこんな具合になった。


「村長さん、麦1袋で大銅貨5枚ってのは相場なのか?」


「いえ、普通に取引されるときは大銅貨3枚が相場です。

でも徴税の場合は一般的に割り増しされると、聞いたことがあります」


「なあ、この割り増しに理由はあるのか?」


「ああ、教えてやるよ、俺達にとっちゃ重くかさばる麦よりは、現金のほうが回収しやすいんだがな。

税として麦を集める領主街のほうは、そうはいかないんだ。

一応は認めているが、現金で税を払う村が出たら、街に流通させる麦の量がそれだけ減るんだよ。

流通量が減ったら麦の相場が上がって、へたな買占めが起こる。

領主様にとっちゃそれが厄介なんだよ。

最終的には割高で徴収した現金の税を使って、他領から麦を買い付けしなきゃいけなくなる。

そのリスクも踏まえての割高なんだよ。

これは他の領地でもやってることだ、ここだけって訳じゃない」


「なるほどな、わかったよ。

で、単純計算で180袋の麦を税で納めるとすると。

大銅貨900枚、それはつまり銀貨90枚、金貨なら3枚ってことだよな。

ならそれで納めようじゃないか」


「いえ、しかしブルーレットさん!

うちの村にそんな大金は!

金貨はおろか銀貨すら誰も持っていない村ですぞ」


「大丈夫、お金は俺が用意するから。

なにもタダであげるって訳じゃない。

旅人として、この村に滞在する宿泊費として金貨3枚渡す。

村長さんはその金貨をそのまま税に充てればいい。

簡単な話だろ?」



「ふん、貴様の正体が何者かは知らんが、金貨3枚も持ってるようには見えんがな。

本当に払えるんだろうな?」


「ああ、俺、黄金の国ニホンから来た金持ちだからね、金貨なんかすぐ用意できるよ」


「ほほう、では出してもらおうか、金貨3枚を!」


「今は持ってない」


「そらみろ、この嘘つきめ! こんな貧乏人風情が金貨なんか持ってるかよ!」


「今は、って言ったろ、現金は銀行に預けてある、今から取りに行くから明日の朝まで待っててくれ」


「ギンコウ? なんだそれは」


「お金を預ける場所だよ。この国には無いのかな、まあいいや、とにかく明日だ。

どうせ馬も街から3日間走らせっぱなしで、一晩くらいは休憩しないとダメだろ?

ならこの村で一晩休めばいい。

明日の朝までには必ず用意するから。

重たい麦を運ぶよりは金貨のほうが軽くて楽なんだろ?

これはそっちにとっても悪い話じゃないはずだ」


「ふん、わかった、その代わり条件がある。

お前を信用するにはまだ胡散臭いからな。

もし、明日の朝までに金貨3枚用意できなかったら。

嘘ついた迷惑量として税を200袋に増やす。これが条件だ」


「ああ、いいよ、なんなら全部の300袋でもいい」


「ほう、大した自信だな。まあいい、明日の朝を楽しみしよう」


「交渉成立だね、それじゃ一旦広場に戻ろうか」


 広場に戻った徴税官はもう1人と合流し、今日村に泊まることを伝える。

 泊まる場所は村長の家の開き部屋になった。


 徴税官2人を部屋に案内した村長は再び圭の元に来る。

 場所は圭の家。

 すでにパンツを頭から外し魔族の姿に戻っていた。


「ブルーレットさん、大丈夫なんですか? 金貨3枚なんて大金」


「今はないけどね、でも売れるものならあるでしょ?」


「売れるものとは?」


「7枚中1枚が乾燥が終わってすぐにでも出荷できるじゃん。

残りの6枚はまだ乾燥中だけどさ」


「おお! 狼の毛皮ですか!」


「うん、それを今日中に街に売りにいく、まだ昼だし今から出れば十分間に合う」


「なるほど、それならば、なんとかなりそうですね。

……って、もしかしてブルーレットさん走っていくのですか?」


 村長が震え出した、トラウマ再びである。


「うん、俺が走るしかないだろ、それで街の案内役で、商会の場所とか知ってる人がいいんだけど」


「おおお、それなら私じゃなくてもいいですね」


 村長、むっちゃ笑顔だ。


「リーゼならどうでしょう、以前街に住んでいたと聞いたことがあります」


「え? リーゼってこの村の出身じゃないの?」


「はい、リーゼとその兄は7年くらい前に、この村に来たんですよ」


「そうなのか、わかった、リーゼに聞いてみるよ」


「ところでブルーレットさん、先ほどの人間の姿なのですが、あれは一体」


「うーん、そうだなぁ」


 どう考えてもパンツ被ったら人間に変身できる、なんて言っても信じてもらえそうにない。

 ならば……。


「あれはね、魔族に伝わる秘儀で、人間の姿だと錯覚させる幻惑の魔法なんだ」


「おお、そうでしたか、さすが魔族ですな、そんな秘儀があったとは」


 なんか納得してくれた、嘘も言ってみるもんだ。


 村長と別れ、リーゼと合流する圭。

 探しに行くまでもなく村長がリーゼを圭の家に呼んでくれた。


「どうしたんですかブルーレットさん、話って」


「ああ、領主の街は詳しいのか? 住んでたことがあるって聞いたけど」


「うん、街の人ほど詳しくはないけど、ある程度はわかりますよ。

住んでたって言っても、2ヶ月ぐらいだけどね」


「なるほど、街の商会の場所とかはわかる?」


「商会ですか? 街に商会は3つあるけど、どれですか?」


「できれば一番大きい商会がいいな」


「ならコンプトン商会ですね、場所わかりますよ」


「よし、今から一緒に行くぞ」


「行くぞって、どこに?」


「そのコンプトン商会だ、俺が全力で走れば街まで3時間で着く」


「ふえ???」



 毎度お馴染み例の椅子。

 今回の被験者はリーゼ15歳。

 村長のように大宇宙と繋がるのか。

 それとも隣村のガロンのように楽しむのか。


 いつもと同じように汚れたボロ布を全身に被った圭。

 その圭が背負う椅子にくくりつけられたリーゼ。


 いつもと違うのは圭が胸元にかかえた大きな風呂敷。

 中にはもちろん一角狼の毛皮。


 一応非常時に人間に変身できるようにリーゼの使用済みパンツを頭に被っておく。

 ほのかに香る青春の甘酸っぱい香りに、圭の顔がほころんでいるが。

 被った布のおかげで、そのたるんだ顔を拝むことはできない。


 街の手前までの道順はだいたい覚えている、一度行っているからだ。

 迷うほど複雑というわけでもない、大丈夫だろう。


 準備運動もなしに、圭は領主街に向かって走りだした。


「うぎゃあああああああああああああああああああ!」


 残像と悲鳴を残し、走り去る姿を、村長は無言で見送った。

 涙を流し敬礼するその姿は、戦地へと子を送り出す親のようであった。

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