第22話 パンツ量産
昨日と同じく圭は麦の刈り取りを、凄まじいスピードで続けた。
食事と休憩を取る必要もない、ただひたすらに刈り取る麦の穂。
そして特に問題も無く、予定通り、2日で全ての麦を刈り取った。
夕食時の少し前、圭は広場のベンチでマッタリとしながら、食事当番組の作業を見ていた。
よく見ると料理の一部に昨日狩った猪の肉が使われようとしていた。
収穫はやりがいのあるイベントだ。
そして食事は元気の源である。
村人も笑顔で活気が溢れている。
狼の一件で窮地に立ったこの村が、自分の助力でここまで盛り返している。
個人レベルでの不幸はあったにせよ、皆それを乗り越え力強く前に進もうとしてる。
その姿を見ていると、感慨深いものがある。
一度死んだ身である圭からしたら、若干複雑ではあるものの。
人の死と向きあうことの意味は、生前よりもだいぶ違って見えた。
もし自分が同じ立場だったら、どんな感じだったろうか。
悲壮に暮れていただけかもしれない。
平和ボケした日本の環境に慣れすぎていて、人の死と向き合うことなんて無かったから。
たぶん、茫然自失に陥っていたことだろう。
逆にこの世界の人々は、日本に比べて、命を落とす確率が高いのだろう。
おそらく、死とは、彼らにとって身近なものなのだ。
狩りや戦などで命を落とす者、あるいは口減らしにあう者。
日常的にそういったことが起こる世界なのだ。
だからと言って悲しみの度合いに差があるとは思えない。
あるとすれば、そういった皆の立ち振る舞いを見て育ったという経験の差だ。
今の圭にそれが圧倒的に足りていない。
広場で賑わう炊事担当の面々を見ながら圭はそんな事を考えていた。
「ブルーレットさん、お疲れ様です」
「ああ、リーゼか、お疲れ様」
「刈り取りは終わったんですか?」
「うん、終わったよ、全部刈ってやったぜ」
「変態、ですね、猪の件も変態ですよ。
夜中に森に行って猪狩ってくるとか、何考えてるんですか」
「あー、いやぁ、なんというか、散歩したくなってね、たまたま猪見つけただけだよ」
「たまたまですか」
「うん、たまたまだよ」
「もしかして、森に狼が出ないか村の為に見回りに行ってた、……とか?」
「そ、そんなことはないよ、ただの散歩だよ散歩!」
「どうだか、まあ、散歩ということにしておきましょう。
変態魔族の考えることはわかりません」
「あはははは、手厳しいなリーゼは」
「なんとなくなんですけどね。
ブルーレットさんがどういう方なのか、わかってきた気がします」
「ただの変な魔族だよ俺は」
「うん『魔族』とししては変だけど、『人』としては普通ですよね」
真っ直ぐな目で圭を見つめるリーゼ。
出会ってまだ2日程度なのに、15歳の人間にここまで見透かされるものなのか?
俺が15歳の時は、こんな洞察力なんてなかったぞ。
しかも明らかにカマをかけてきてる。
10代のうちは男よりも女のほうが早熟だと聞いたことがる。
けど、そんな感覚とは違う気がする。
やはり異世界という環境が人を早く大人にしてしまうのだろうか。
「俺はどうだろうね、魔族にも、人にもなりきれない中途半端な存在なのかもしれないね」
「ブルーレットさんは、どうして魔族なのに人間を助けるんですか?」
「ストレートに聞いてくるね。約束したんだよ」
「約束?」
「ああ、人類の全てを助ける。そんな途方も無い約束をしちゃったんだ。
だから俺はそうしてる、詳しくは話せないけど、それが理由だ」
「そうですか、すごい約束ですね」
それだけ言うとリーゼはそれ以上の詮索を止めた。
今、圭の口から「詳しくは話せない」と言われたからだ。
「あ、ひとつだけ、聞いていいですか」
「なに?」
「ブルーレットさん、しばらくしたらこの村から出ていくんですか?
基本的には旅人さんなんですよね」
「ああ、そうだね、旅人だよ。
ある程度村が安心できる状態になったら出て行くつもりだ。
ここに留まってたら俺の目標が達成できないからね」
「やっぱり、そうなんですか……。
今日の夜って部屋にいますか? それとも散歩に出ます?」
「今日は、多分部屋にいると思うよ」
「それじゃ、あとで部屋に行きますね。
あと部屋は完璧に綺麗になってますよ」
「おお! マジか、ありがとうね、助かったよ」
会話を終わらせるとリーゼは調理組の手伝いに行った。
その姿を眺めながら圭はまた考える。
やはりここは俺の居るべきところではない。
あまり長く居ると情が移ってしまう。
俺の目標はあくまでも、魔族から人間を守ること。
魔族が出ないこの場所ではそれが叶えられない。
領主への納税が終わったら、なるべく早く出よう。
そして夜。
自室でボーっとしてるとドアがノックされた。
「ブルーレットさん、リーゼです、入りますよ」
「ああ、どうぞー」
部屋に入るなりリーゼは驚いた。
「暗っ! ブルーレットさん、明かりも点けずに何してるんですか!」
「あ、そうか、暗かったね、ゴメンゴメン。
魔族は夜目が利くから、これでもなんとなく見えるんだよ。
そういえば俺、火魔法が使えないから、蝋燭点けられないし」
「そうなんですか、びっくりしましたよ」
リーゼは火魔法で蝋燭に灯を灯し、テーブル脇の椅子に腰をかける。
圭はベッドに腰をかけていたままだ。
蝋燭に照らされたリーゼの髪は濡れていた。
タオルで頭を拭きながらの訪問だった。
今日は女性が水浴びをるす日だったのだろう。
「体洗ってサッパリですよ、着替えたので例の物を持ってきました」
そして圭に手渡される例の物。
リーゼさんの脱ぎたてパンツである。
「ははーっ、ありがたき幸せ! 確かに頂戴いたしました」
恭しく受け取る圭。
今日はピンクのパンツだった。
「ところでブルーレットさん」
「なんだい?」
「パンツの色なんだけど、考えてみたんですよ」
「ああ、みんなに配るやつの色のこと?」
「うん、どんな色がいいのかなーって。
で、思ったのが、やっぱりわからない! だった」
「なんじゃそりゃ」
「うーんとね、やっぱり好みは人それぞれだと思うの。
だからこの前もらった時みたいにいろんな色を用意してもらって。
そこから好きな色を選んでもらうってどうかな?」
「なるほど、それが無難かもな。わかったよ。
それで、履いてくれそうな人はいそう?」
「何人かに声かけてみたんだけどね。
私と同じ若い世代はみんな興味がある感じだった。
逆に年配の人は今の下着になれてるからって、変えたくないみたい」
「なるほどなるほど、それじゃ配る相手はリーゼにまかせるよ。
とりあえず、俺の秘密をひとつ明かそう」
そう言うと圭は手の平の上にパンツを生成した。
「コレがいまのところ、俺が唯一使える魔法、パンツ生成」
「なっ! なにその変な魔法! そんなの聞いたこと無いよ!」
「うん、そうだろうね。
多分この世界で俺だけしか使えない魔法だと思う。
女性用の下着を生成できるとか、変態すぎてもう困っちゃうよね」
「でもこのパンツ、2日履いてみたけど、慣れるとコッチのほうが便利ですよね。
履きなれたら元の奴は絶対使えなくなりますよ!」
「おおーやっぱりそうか、いずれはこのパンツをこの世界の下着の標準にしたい」
「えーと、それでこのパンツは大量に作れるんですか?」
「うん、どのくらい作れるかは、実は俺もよくわからないんだ。
それを今夜試してみようと思ってる。
パンツを作るには魔力を消費するらしいんだけどさ。
俺の魔力が実際のとこどのくらいあるかわからないんだよ。
魔力切れるまで作るつもりだから。
とりあえず明日の朝、出来たやつ渡すから待っててね」
「わかりました、いろんな色のパンツお願いします。
それと、すっごく大事なことがあるんですけど」
「大事なこと?」
「うん、ブルーレットさんは……その……履いたあとのパンツが欲しいんですよね。
それってつまり、みんなからも集めるんですか?」
「あー、どうしようか、集めたいけどやっぱり難しいよね」
「うん、私もさすがにそこまで協力はできないです。
お洗濯前のを回収するとか無理ですよ」
「だよねぇ」
「あの! ブルーレットさん!」
「なんだい」
「私のパンツだけじゃダメですか!」
「えっと、それはどういう」
「あっ、その、深い意味とかはなくって! 私のだけじゃ満足でいないのかなって」
「満足って、え? 俺、変な意味でパンツ集めてる訳じゃないからね!」
「え? 違うんですか? でも変態さんだって言ってたし」
「うん、確かに変態だって言ったけど、それとは違うっていうか。
使用済みパンツは魔族としてこの先必要になるんだよ。
詳しくは、その、今は話せないけど、変な意味で集めてないから俺」
すません、嘘です、めっちゃパンツにトキメキを感じた童貞ですよ俺は。
「そうだったんですか、えへへ、私勘違いしちゃってましたね」
「うん、勘違いだ。
まあ、いまのとこリーゼからもらうパンツだけで、十分のような気もするし。
急いては事を仕損じるって言うしな、そうしようか」
「ですね、それじゃまた明日に、パンツたくさん作ってくださいね」
「ああ、おやすみリーゼ」
「おやすみなさい、ブルーレットさん」
斯くして、リーゼのパンツを握り締めた圭は、ピンク色の布を広げホッコリするのだった。
その夜。
魔力切れまでパンツ生成に挑戦した圭は、800枚のパンツを生成したあたりで眠気が襲ってきた。
「おお、くっそ眠い! これが魔力切れかぁ、よし、寝る!」
糸が切れたようにバタリとベッドに倒れこんだ圭は、深い眠りに落ちるのだった。
800枚のパンツが敷き詰められたベッドで眠る圭の姿は、とても幸せそうに見えた。
時間を少し戻して、圭の家を出たあとリーゼは、村長を探していた。
広場にその姿はなく、次に夜勤組の作業場である穀物倉庫前に行ってみたら。
夜勤組と村長が軽い打ち合わせをしていた。
「村長」
「お、リーゼか、どうした?」
「あの、村長にちょっと相談が」
「相談? それはここで聞いていい相談か?」
「できれば村長の家かどこかで」
「わかった、それなら私の家に行こう。
それではみなさん、夜の作業は打ち合わせ通りに」
夜勤組に一声かけた村長は、リーゼを連れて家に向かった。
「で、相談とはなんだいリーゼ」
「実は……」
リーゼの相談を聞いた村長は、すこし複雑な表情をした。
そう考える者がこの村から出ようとは、思ってもみなかったからだ。
自分がもっと若く、そして村長の立場でなかったら。
リーゼと同じことを思ったかもしれない。
だが今の村長にはそれはできない。
その相談事を圭が知るのはもうすこし先になる。
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