第21話 夜の散歩


 この夜、パンツの増産をしようと圭は思っていた。

 しかしまだ色が決まらないので、パンツの増産は諦めた。

 どうせ夜は寝る習慣があるから、別に眠くなくても強引に寝るようにしている。

 それでも陽が暮れて少しの時間で、寝るにはまだまだ早い。

 ただ今夜はパンツ増産にかこつけて、自分の魔力の限界に挑んでみたかったのだ。

 何枚作ったら魔力切れを起こすのか、この先のことを考えると、知っておきたいのだ。

 でも、それは明日以降に持ち越しだ。


 それと、今の段階で実はひとつ我慢していることがある。

 ステータスの閲覧だ。

 いつでも見ようと思えば、開いて見ることができる。

 しかし、圭は我慢していた。

 この収穫から納税の一件が片付くまで、見ないことにしたのだ。


 理由は簡単で、ポイントの貯まり具合をリアルタイムで見るのではなく。

 全てが解決して終わってから、一気に貯まったものを見たいのだ。


 どのみち今必要なスキルはなさそうだし。

 あとのお楽しみに取っておくのもまた一興。


 次のランクアップに必要なくらい、貯まっているかもしれないし、そうでないかもしれない。

 

 今はただ、楽しみをとっておいて、問題の解決に勤しむ。

 それが圭の出した答えだった。



 そしてひとつ気になっていることがある。

 あれ以来、姿を見せない一角狼だ。


 退治した8匹が、たまたまこの村に流れ着いてしまっただけなのか。

 それとも何かしらの理由で、狼の勢力圏がここまで延びてきたのか。

 

 村長は今まで一角狼が出たことなど無かったと言う。

 ならば一度出た以上、今後出ないとも限らない、周辺の調査が必要になってくる。


「よし、森に散歩しにいくか」


 蝋燭の灯りを息で吹き消し、村人に気付かれないように森へと向かう。


 散歩というよりは疾走なのだが、全く疲労しない圭にとっては散歩も同だ。


 森の中を村から同心円上に走る、索敵網に抜けがないようにジグザグに範囲を扇状に広げていく。


 1時間もしないうちに塗りつぶした扇の半径は20kmを越えた。

 地形としてわかりやすいのは、森全体が奥にある山に向かって、なだらかに傾斜がついていたことだ。


 傾斜にしたがって下るだけでいい、それが判っていれば方向を見失っても一応は森から出られ、森沿いに歩けば村がある。

 だから圭はなにも心配せず、ひたすら狼を探して走り続けた。


 走り始めて4時間、索敵半径は50kmくらいになった、山の中腹くらいまで来ただろうか。

 そこで森の一部が開け、むき出しの岩がゴロゴロ転がる川を見つけた。

 川の幅は5mくらい。


「川か、村の小川よりも大きいな。

森の中の川って野生動物が出るイメージだけど、いるのかな」


 川沿いにあたりを見渡すが、岩の間を激しく流れる水流の音が響いているだけだった。


「何も無さそうだな」


 そう圭がこぼした時、対岸に猪が姿を現した。


 その猪は大きいのが2匹に小さいのが4匹。

 星明かりに照らされその姿ははっきりと見えた。


「猪の親子か、水飲みにでも来たのかな」


 圭の姿に一瞥をくれたが、逃げるわけでもなく、6匹は岩場から川面に顔を突っ込み水を飲み始めた。

 武器の類を持たない圭を、脅威と思わなかったのだろう。

 人型の生き物なら猪の早さでも十分逃げ切れる、襲ってきたなら逃げればいい、猪の態度はそう物語っていた。


「猪か、狩ったらみんな喜ぶかな。

そういえば俺、猪肉って食ったことないや。

抱えて走るにしても、大きいの2匹だな、やっちゃうか?」


 一応考えてみる、今村は収穫でてんてこまい、さらにデカイ狼の解体処理中。

 そこに加えて猪、割ける人員が……。


「いや、まてよ、俺が脱穀手伝えばいけそうだな。

そもそも、村人の数が90人ぐらい、猪2匹とかペロリの量じゃないか?

ご飯は多いほうがいい、肉なら尚更だ!」


 言うや否や、猪にむかって川を飛び越え、親猪の間に着地すると同時に両脇に2匹を抱き抱える。

 ヘッドロックならぬ胴ロックだ。

 どれだけ暴れても抜け出すことはできない。


 子猪はすぐさま蜘蛛の子散らすように森に逃げた。


「大きくなって帰ってこいよ~」


 のんきに子猪を見送る圭。


「さて、狼も出なかったし、帰るかな」


「ブギーーーー!ブギーーーー!」


 ひたすらに叫び声を上げながら暴れる2匹を抱え、村に向かい一直線に走った。




 脱穀班、全員がポカーン状態。

 口あんぐりで、手に持っていた道具や麦をバサリと落とす村人達。

 ブギーブギーと泣き叫ぶ猪2匹を抱えた魔族が突然現れたのである。

 しかも夜おそい時間に。


「差し入れ持ってきた、みんなで食べて!」


 と言った圭の台詞は猪の雄たけびにかき消された。

 もうなにがなんだかワケわからん状態。

 ていうか怖い。

 なにが怖いってそりゃ、闇夜に浮かび上がる魔族と。

 生きたまま村に連れてこられた暴れる猪だ。


 夜勤組に子供がいなかったのは幸いである。

 子供が見たら確実にトラウマ案件だ。


 圭に拘束されているとはいえ、絶賛大暴れ中の猪さん。

 村人が圭と会話しようにも近づけない。


 どうしようかと一瞬悩む圭。

 殺すか気絶させておとなしくさせるにしても、片腕を離したら1匹が開放される。

 やべぇ、連れてきた後のこと全く考えてなかった。


 もうしかたない、アホなやり方だとわかっていても。

 コレ以外に何も思いつかない。


「うりゃ!」


 と掛け声ひとつで圭は思いっきりジャンプした。

 やがて跳躍は自由落下へと変わり、圭は全身の前面を地面に叩きつける。

 両脇に抱えた猪は頭から地面に激突。


 首の骨を折った猪は2匹とも即死。

 圭は顔面もろとも全身を地面に打ち付けたが、痛くもかゆくも無い。


「よいしょっと、散歩してたら猪みつけたから、みんなで食べてね」


 土を払いながら起き上がった圭が話すが、皆、固まったままだった。

 なんと頭の悪い狩りの仕方か。捕獲運搬からトドメまで、こんなの見たことない。

 これが、魔族の狩りなのだろうか。


 皆があっけに取られるなか、脱穀組のまとめ役である40代くらいの女性が前へ出る。

 体格のいい女性がやっと言葉を紡ぐ。名前はシャーネ。


「ブルーレットさん、その、突然すぎて、驚いてしまいました。

猪ありがとうございます、ありがたく頂戴します」


「それで、この中で猪捌ける人いる?」


「猪ならたまに捌いてますので、何人かは普通にできますよ」


「それじゃお願いしようかな、といっても夜で暗いけど大丈夫だろうか」


「猪の肉は足が早くてダメになりやすいんですよ、暗くても血抜きはすぐにしたほうがいいです」


「それじゃお願い、川に運んだほうがいい?」


「そうですね、お願いします。

リリーとミルカは包丁とか持ってきてちょうだい、川に着いて来て」


 リリーとミルカと呼ばれた女性は共に30代くらい、各自の家に駆けていった。

 その間シャーネは、薪の先にボロ布を巻きつけ油を染み込ませた。

 かがり火から火を移し、その薪は松明になった。

 道具を抱えた2人が来ると、猪2匹を担ぎ上げた圭を先頭に、小川へと向かう。


「このへんでいい?」


「はい、そこに降ろしてください」


 言われた場所に猪を降ろす圭。


「解体までやっちゃうの?」


「血抜きに時間がかかりますが、ある程度の解体は朝までに終わらせたいですね」


「なるほど、それじゃ俺がなにか手伝えることはなさそうかな」


「そうですね、ありがとうございました」


「いえいえ。脱穀のほうは俺が手伝っておくから3人はこのまま猪お願いね。

松明1本じゃもたないだろうから、薪もってくるよ」


「はい、お願いします」


 言った通りに薪を一抱え持ってきて、圭は作業場へと戻った。



「さてこんばんはムギムギさん、夕方以来だね」


 指をポキポキ鳴らした圭は、他の村人に指示を出し、穂から麦粒を取る作業を独り占めした。

 そのスピードに夜勤組が「それは反則すぎるでしょ」と漏らしたが、その声は圭に届かなかった。

 

 麦と籾殻を分ける作業は、風魔法が使える住人の独壇場だったが。

 それ以外の脱穀作業は圭の常軌を逸した力技により、想定の倍以上のスピードで進んだ。

 陽が昇る前に食事となり、食べたあとは夜勤組みは解散となった。


「やっぱり丸一日働いても眠くならないし、まったく疲れないな。

魔族の体、便利すぎだろ」


 朝日に向かって独りごちる圭。

 そして猪の解体が気になった圭は小川に顔を出した。


「どう? 解体進んでる?」


「あ、ブルーレットさん、部位分けまで終わりましたよ。

あとは村に持って帰って加工するだけです」


 部位ごとに切り分けてあるブロックは、最初の猪からみるとかなりコンパクトになっていた。

 改めて思うのは可食部って思ったほど多くないんだなってこと。

 まあ、そうはいっても猪2匹分である、それなりの量といえば量だ。

 村に肉を運ぶのを手伝った圭は、いったん自分の家に向かった。


「あれ? リーゼ様、おはよう」


 家の中にはいつのまにか様呼びがデフォになりつつあるリーゼがいた。


「ブルーレットさん、おはようございます。

早起きなんですね、散歩に出かけてたんですか?」


「散歩と言えば散歩かな」


「そうですか、今日も刈り取り頑張ってくださいね」


「ああ、任せてくれ、今日中には全部終わると思うよ」


「あははは、ブルーレットさんて本当に凄いですよね。

普通は男数十人でで何日もかかるんですよ、その半分を一日でやっちゃうとか、凄すぎですよ」


「変態魔族だからね、仕事も変態じみた能力なんだよ。

自分でも馬鹿げてると思う」


「あー、やっぱり変態さんだったんですか」


「うん、変態だ、もう開き直ることにしたよ、狼を素手で倒すとか、変態すぎるでしょ実際」


「ですね、誉め言葉に変態って使うの、なんか新鮮です」


「うん、天才の上が馬鹿で、その馬鹿の上が変態だ。

今日、はっきりとわかったよ、魔族は変態だって。

だからパンツも頭に被っちゃうんだよ、だって変態だもの」


「あはははは、そういえば昨日被ってましたね、今日は被らないんですか」


「うん、さすがに2日連続は、ちょっと恥ずかしい」


「ですよねー、それじゃ私、広場に行きますね。

朝食の手伝いしてきます」


「ああ、俺はこのまま刈り取りに行くから、今日も部屋の片付けお願いね」


「うん、それじゃまた夜に」


 リーゼが出たあと、圭も麦畑へと向かう。

 

 昨日、初めて会話したときは「はい」って返事してたのが。

 いつのまにか「うん」とフランクに返すようになっていたリーゼ。

 自分もこの村の住人として、迎えられつつあるのだろうか。

 だとしたらちょっと嬉しいな。


 圭のそんな思惑とは別に、広場の仮設調理場に着いたリーゼは、作業台にうず高く積まれた猪肉を見て。


「やっぱり変態すぎるよあの人」


 とつぶやくのだった。

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