第20話 麦とパンツを収穫開始


 脱穀作業をしている場所に、うず高く積まれていく麦の穂。

 夕方になる頃には麦畑の半分が刈り取られていた。

 たった一人で、いや、一魔族でそれをこなした圭。

 村人からは賞賛されつつも、その反面、その物量に脱穀組の顔色が悪くなっていく。


 この量を5日後までに製粉まで、もっていかなければならない。


 2交代で行うとはいえ、村人はかなりげんなりしていた。


「なんとか半分終わったから、あとの刈り取りは明日にしよう」


 そうこぼした圭の台詞に、村人が若干の安堵をする。

 これ以上持ってこられたら心が折れる!

 いつもは収穫のスピードに合わせての作業だったから、視覚的な総量を見せつけられることはなかった。

 だがこれはクるものがある。


 脱穀とは麦の穂から麦粒を取り外す作業。

 そして叩いたり揉んだりして麦粒から籾殻を剥がす作業。

 さらに風などを利用して籾殻を吹き飛ばし、麦粒と籾殻を分ける作業。

 この手順を踏む。

 ちなみに籾殻を剥がす前の麦粒は種籾と呼ばれ、その一部は来年に種として植えられる。


 初めてその作業を見学した圭は、ちょっと感動していた。


「へえ。こうやって麦の脱穀するんだ、知らなかったよ」


 一応は千歯濾きなどの道具もあるが、それが使えない子供達は手で作業をしていた。

 全員総出での作業である。


 やがて立ち込めていく夕飯の匂いにつられ、皆が休憩モードに入る頃合かと目配せする。

 お待ちかねの夕食タイムだ。


 気がついたら皆でわいわい食事を囲む中に、リーゼの姿もあった。

 楽しく食事中のリーゼに、声をかけるのもためらわれた圭は、山積みの麦へと向きあう。


「作業自体はあれだよな、子供の頃に、ねこじゃらしの種を引っ張って、茎から取り外したアレと同じだよな。

できるだろうか」


 おもむろに掴んだ麦の茎を左手に持ち、右手で穂を掴み引っ張ってみる。

 たいした力も使わずにスルスルと抜けるように、茎が右手から引き抜かれた。


 ニヤリ。


 右手には外れた麦の粒が握られていた。

 やってみたくなった、意外とこれ、気持ちいいかもしれない。


 何事も初めての作業というのは面白いものである。

 やり始めた圭はどれだけ早く麦を外せるか、スピードの向こう側を求め、一心不乱でやり続けた。

 難しくない単純作業というのは、時間を忘れて楽しむことができる。


 やがて夕食を終えて、夜勤組と交代する前の一仕事をしようと、村人が戻ってくると。


「なっ!! なにコレ!!」


 全員が絶句した。

 うず高く積まれたはずの麦の穂が、半分になっていた。

 さらに圭の前に麦の粒が山になっていた。


「神だ、神がいる!」


 老婆は涙を流しながら地面にひれ伏した。


「ブルーレットさん、ブルーレットさん!」


 リーゼが呼びかけるが、興が乗った圭の耳には届いていない。

 両手はひたすらに高速で動いている。


「ブルーレットさん!!」


 目の前に立って大声で呼ばれて、はっと気がついた圭。


「あ、あれ? もうみんなご飯たべたの?

っていつのまにこんなに!」


 目の前の麦の山を見て一番驚いたのは圭だった。


「いやー、なんか楽しくなっちゃって、ごめんごめん、みんなの仕事取っちゃったね」


 いやいやいや、そんなことねーよ、アンタ神様だよ!


 口に出さないが皆、思ったことは一緒である。


「ブルーレットさん、あとはみんなでやりますから、今日はもう休まれてはどうです?」


 なんか、この魔族、自分ひとりで全部やってしまいそうな勢いがあって、ちょっと怖い。

 村としては助かるが、全てにおいておんぶに抱っこというのは、さすがに気が引ける。

 自分達がするべき仕事を取られて、平気でいられるほど厚顔無恥ではなかった。


「そうだね、俺もちょっと夜はやりたいことがあったんだ。

それじゃあとはお願いするよ」


 そう言い残し圭は家へと向かった、その後ろをヒョコヒョコとリーゼが追いかける。


 家の扉を開けた圭は「おお」と声を漏らす。

 汚屋敷だったはずの部屋がいくらか片付いていた。

 まだ完全とまではいかないが、床も何も踏まずに歩けるようになっていて。

 茶色かったベッドシーツやかけ布団も。綺麗な白いものに替えられていた。

 あと1日も掃除すればだいぶサッパリするだろう。


「ブルーレットさん、すみません、今日1日で終わりませんでした」


 圭を追いかけ、部屋に入ってきたリーゼが圭に謝る。

 夕方よろしく暗くなりかけた部屋。

 テーブルの上にいつのまにか置かれていた蝋燭に、リーゼが火魔法で灯りを点ける。

 ほのかに明るくなる家の中。


「ああ、いいよいいよ別に、今日はベッドが綺麗になってるだけで十分だ。

むしろよく今日だけでここまでやれたね、すごいよ。

俺が掃除したら2日間じゃ絶対終わんないもん」


「あはは、そうですか、掃除をする魔族さんとか、ちょっと面白いですね」


「確かに、シュールだなそれは」


 ちょっとだけ想像した圭は笑みを漏らす。

 エプロンしてハタキを持った魔族とか、どこに需要があるんだよ。

 ないわー、さすがにそれはないわー。

 

 そして立っていた圭はリーゼに対し突然かしずく。

 方膝を地に付け頭を伏せ方膝を立てる。

 地位の上の者に対してするあの構え。


「して、リーゼ様、お召し物の履き心地は如何でございましょうか」


 もちろん魔族が人間にかしずくなど、普通は有り得ないことなのだが。

 それを承知で従者のフリをする、圭の遊び心の現れだとリーゼも理解している。

 面と向かって「パンツどうだった?」なんて聞けない圭の照れ隠しだと。


「うむ、苦しゅうない、まだ履きなれぬが、これはこれで良い物であるぞ。

なかなかの献上品であった、誉めて使わすぞ」


「ははっ、もったいなきお言葉! 恐悦至極にございます」


「ふふふっ」


「はははは」


 お互いの小芝居に笑みがこぼれる、芝居を止め立ち上がった圭がさらに訊く。


「そうだ、それでね、もしパンツを広めるとしたらの話なんだけどさ」


「うん」


「何色がいいかな、と、思ってさ」


「色、ですか?」


 リーゼに渡してあった20枚のパンツは前に色を変えて作ったストックだ。

 大方の思いつく色は全て再現してある。


「渡したパンツの中でさ、どの色が好まれるとか、どの色が実用的とかさ。

人によって好みは違うとは思うんだけど、一応知っておきたくてね。

みんなに履いてもらうのに、たくさん作るならどれがいいと思う?」


「うーん、まず白はダメですね」


「ダメなの?」


「はい、汚れが目立つので、ダメですね。

肌色とか濃い色のほうが目立たないから実用的かなぁ」


 童貞の憧れ、純白のパンツは却下された。

 圭、ちょっとショック。


「肌色か、俺の中ではオバサンパンツってイメージが……」


「オバサン?」


「あ、いや、なんでもないなんでもない。

それじゃ黒とかになるのかな、でも濃すぎると逆に服の上から透けて目立っちゃうよね」


「あー、確かにそれはそうですね、中間くらいの色がいいかな」


「やっぱ、そうなるよね。ちなみに今履いてる色って何色?」


「えっと、灰色です」


「グレーか、無難な色だな」


「無難?」


「無難だねぇ」


 てか、なんで俺はパンツの色について語ってんだ。

 これ、ガールズトークじゃね?


「よし、とりあえず、量産するなら何色がいいか! 考えておいてくれると助かる」


「わかりました」


「ちなみに個人的にはピンクとかライトグリーンとか、パステル系がおススメなんだが。

女の子らしくて魔族のお兄さんは好きです!」


「パステル系?」


「ああ、わからないか、こんな色のやつ」


 圭は手の平にピンク、ライトグリーン、水色のパンツを生成した。


「ふむふむ、これがパステル系なんですね、わかりました。それも下さい」


 あげると言っていないのに、圭の手から奪うリーゼ。

 握ったパンツを胸元から服の中に仕舞い込んだ。


「それじゃ、えっと、今日の分、今渡しておきますね」


 そう言うとリーゼは靴を脱ぎ、突然ズボンを下ろした。


「ちょ! ちょっとまった!」


 あわてて後ろを向く圭。


「どうしたんですか? いきなり後ろ向いて」


「どうしたって! 男の前で服脱ぐとか恥ずかしくないの?」


「え、でもブルーレットさん魔族ですよね、人間相手なら私も恥ずかしいですけど。

まあ、でも、下着を渡すのはちょっと恥ずかしい、というかかなりアレですけど。

ブルーレットさんに、着替え見られるのは別になんともないですよ」

 

 これはあれか、犬とか猫とか、あるいは熊とか。

 人間以外のその他に見られる分には羞恥心が働かないってやつか。


「でもダメ! 俺が恥ずかしいからダメ!

後ろ向いてるから着替えちゃって!」


 童貞の圭には刺激が強すぎた。

 というか見られても恥ずかしくないなら、いっそのことガン見したい!

 しかし圭の中の紳士がそこまで堕ちたくないとブレーキをかける。


「やっぱりブルーレットさんて、変な魔族ですよね、なんか人間ぽいです」


 ドキリとした。

 人間ぽさを出しすぎたか?


 そもそも魔族の立ち振る舞いなんて圭は知らない。

 そして魔族として人間に恐れられないように、そう立ち振る舞うと。

 どうしても人間そのまんまな言動になる。


 これはこれで今後の課題にしないといけないな。

 目的を果たそうとすると正体がバレる。

 ジレンマってやつか。


「うん、変な魔族だよね。

でも可愛い女の子がいきなり服脱いだらダメ!

魔族でも目のやり場に困るから!」


「魔族ってそうなんですか、知りませんでした。

でも、可愛いって/////」


「あ、それはその、あーなんでもない! 聞かなかったことにして!」


 もうダメだ、完全に調子狂った。

 15歳相手になにテンパってんだ。

 しっかりしろ25歳。


「はい、着替え終わりましたよ。コッチ向いても大丈夫です」


「お、そうか」


 振り向いた圭には、さっきと同じ姿のリーゼが映っていた。

 蝋燭に照らされた顔が、ほんのり赤みをおびているように見えなくもないが。

 それはきっと蝋燭の赤い炎のせいだろう。


「はい、今日のパンツです」


「おお、おう、ありがと」


「それじゃ私はこれで行きますね、また明日掃除に来ます。

おやすみなさい、ブルーレットさん」


「ああ、おやすみ、気をつけてね」


 リーゼを見送った圭はポツンと家の中でパンツを握りしめる。

 ほのかに感じる温かみ……。



「うっしゃーーーーーーー!

脱ぎたてパンツゲットだぜーーーーーーーーーー!」



 理性? そんなものいらん!

 独りの時くらい男の子になったっていいじゃないか!

 憧れの、女の子の脱ぎたて生パンツだぞ!

 異世界バンザイ! 


 目的が変わっていた、ついてくる結果が同じでも、これはしかたない。

 所詮は童貞男、人生初のぬぎたてパンツに狂喜しないほうがおかしい。


 え? シエルのパンツ貰ったろって?

 あれはノーカンだ、今回が初なの。ファーストコンタクトなのっ!



 そんな圭の喜びとは別に、家路につくリーゼを村長が呼び止めた。


「おお、リーゼ、お疲れ様、掃除進んでるか?」


「村長。はい、明日には掃除が終わると思います」


「そうか、すまんね、あのゴミ屋敷を掃除してもらって」


「いいえ、掃除は好きだから大丈夫ですよ」


「ところで、リーゼから見て、ブルーレットさん、どんなふうに感じた?」


「なんか、上手く言えないけど、不思議な方ですね。

最初は怖かったけど、話せば話すほど怖くなくなるし。

むしろその逆で……。

私、本物の魔族がどんなものか知らないけど。

噂で聞く残虐非道な魔族とは正反対ですよね」


「だよなぁ、不思議な魔族だよブルーレットさんは」


「人間と話してるような錯覚になります」


「やはりそう感じたか、私も話せば話すほどそう思ってしまうんだ。

ブルーレットさんはへたな人間より、よっぽど人間らしい人の心を持っておられる。

でも本人は頑なに魔族だと言い張る」


「そうですね、それは私も思いました。

なんでしょうか、何か秘密があるような気がします」


「そうだな、でも今はまだ聞かないでおいたほうがいい。

私も突っ込んだ話をしようとしたが、はぐらかされたのだよ。

今はまだ知るべき時ではないということだ。

いつか我々が信用に足る隣人と認められたら、話してくれるかもしれない」


「はい、不思議ですけど、もっと知りたい。

そんなふうに思ってしまいます。

あの、村長、ブルーレットさんはずっとこの村に居るのでしょうか?」


「ああ、一応今回の件が片付くまで、居てくれることになってるが。

基本的には旅人らしいから、どこかに行ってしまうかもしれない」


「そう、ですか……。私は……」


 言いかけた言葉を、胸にしまいこむリーゼ。

 各々の思惑を抱いたまま、村長とリーゼは別れ家に帰った。

 穀物庫の前では夜勤組が、かがり火を起こし夜の作業に入ろうとしていた。


 秋の収穫、初日。圭は使用済みパンツを手に入れたのだった。


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