第19話 穿いてください


 必殺土下座をかました圭を、村長はあわてて起こす。


「ブルーレットさん! そんな、魔族のあなたが頭を下げるなんて! どうしたんですか!」


「男には、ダメだとわかっていても、やらなきゃならない時があるんだ。

それが今だ!」


「なにか事情がお有りのようですが、皆さんもいきなりのことで、いろんな意味で面喰らってますから。

とりあえず、その、下着の事は置いておいて、まずは村のことにかかりましょう」


「うう、すまない、取り乱した。

そうだな、先にすべきことがあったな。

それじゃ、各々収穫と狼の処理に取り掛かろう。

以降の細かい指示分けは村長さん、お願い」


「わかりました、色々とご協力ありがとうございます」


 とりあえず、なんかよくわからないうちに、村長の指示でパンツのことがうやむやになった事に、ひとまず安堵する女性陣。

 収穫組は村長と相談しながら、2交代の脱穀班と製粉班に分かれ準備を始める。

 

「解体組のみんな、この狼はどこで解体する?」


「あの、できれば小川のほうで」


 そう言われて案内されたのは、森や麦畑と反対方向に15分程歩いた小川だった。

 村の周辺は森から、草原、麦畑、集落、穀物&野菜畑、草原、小川、この順番になっている。

 小川の脇には何箇所かスノコが川面に張り出していて。

 日常的に洗濯などの洗い物もここでしているそうだ。


 それと川上の川辺にポツリと1軒の小屋もあった。

 これも聞いてみたら『水浴び場』の脱衣所兼目隠しとのこと。

 男女別に1日おきに入れ替えて使用しているらしい。

 風呂設備のない村の風呂代わりなんだそうだ。

 そのまま夏は水浴びで、秋、冬、春の水の冷たい時期は。

 備え付けの大桶に、火魔法が使える人間が火を入れ、お湯を作るらしい。


 そして広場の井戸から汲まれる水は、各家の炊事などに使われるのがメインなんだそうだ。

 

「なるほどなるほど、って魔法!? 魔法が使える人がいるの!?」


 ここで魔法って単語が初登場した。

 魔法を知らないのか? と首をかしげながら女性の一人が伝える。


「はい、火魔法は誰でもとはいきませんが、半分くらいの人は使えますよ」


「え? マジ? 火とか便利すぎないソレ」


「でも火は一番簡単で、イメージしやすい初歩魔法ですよ、村長も使えますし」


「パンツしか出せない俺って……村長さんに負けてる……」


「え? ブルーレットさんは火魔法使えないんですか?

魔族の方は人間よりも魔法が得意と聞きますが。

それも人間には使えないような強力な魔法が得意って」


「なんだそれ、初耳だぞ」


「私達人間はせいぜい薪に火を着けるとか、松明代わりに明かりと灯すとか。

その程度しか使えませんが、魔族の方は大きな火の玉を打ったりもできると聞きます」


「シエルはそんなこと言ってなかったぁ~」


「シエル?」


「いや、コッチの話だ、気にしないでくれ」


 雑談を交えながら、友好的に話してくれる村民をありがたく思いながら、圭は川辺へと狼を運んだ。

 6人の女性陣は、大タライに鉈、ノコギリや包丁など、道具を抱えて川辺で解体の段取りをしていく。


「とりあえず、これでいいかな、ほかに何か必要な力仕事があったら声かけてくれ」


 そして次は一旦自分の家へと向かう圭。

 家に入るとリーゼが腕まくりをしながら汚屋敷の汚物と格闘していた。

 圭は心の中で敬礼し、リーゼへと声をかける。


「ごめんね、掃除なんかさせちゃって」


「いいえ、兄の、村の仇を打ってくれた方にせめてものお礼です。ブル……ブレレ?」


「ブルーレットね」


「あ、ブルーレットさんが来てくれなかったら、この村がどうなってたか。

ずっと村に帰れなかったもしれないし、そう思うと……」


「そうか、お兄さんが亡くなったのか、弔う間もなく、働かせて悪いね。

みんな色々と偲ぶ思いがあるだろうに……」


「悲しくない、と言えばそれは嘘です、でも、みんな頑張らないと、村を守ってくれた人に顔向けできないじゃないですか」


「そうだね、やっぱり村長さんの言ってた通りだ」


「村長が何か言ったんですか」


「強い弱いとかじゃなくて、前に進まないとダメなんだって」


「その意味がわかるブルーレットさんは、やっぱり変な魔族ですね」


「よく言われるよ。

あ、そうだ、掃除の事なんだけどさ。

ベッドの下に骨みたいのがあるから、それ、捨てないでね、俺のご飯だから」


「ご飯? 魔族って骨食べるんですか?」


「うん、まあ、非常食? 的なやつだから」


 まだ試していないが、おそらく狼の角、魔族は食べられると思う。

 シエルが言っていた『魔力溜りが結晶化したものを食べると魔力が回復する』って台詞。

 まあ『食べる』ではなく『モグモグ』と言っていたが。

 おそらくはそういう事だろう。


「わかりました、捨てないでおきますね、あと何か注意はありますか」


「俺は基本的に食事を取らないから、食器とかそういのはいらないや。

あとグラスの衣類とか私物も処分してもらってかまわない。

使えそうなやつは、みんなで使いまわしてもらってもいいし」


「わかりました、そうなると、ほとんどの物がこの部屋から消えますね」


「うん、シンプルにサッパリした部屋にしてくれ。

特に、Gが、隠れる、場所が、無い、ように……」


「あはは、男なのに虫が苦手って変わってますね」


「返す言葉もない」


 怖いものは怖いんだよ、都会育ちにGは怖すぎるってば。


「そして、大事なお願いがひとつ」


「お願い?」



 ザ・土下座。2ndステージ!


「リーゼ様! パンツを履いて下さい! 試験的にでも誰かに履いてもらわないと、魔族は死んじゃうんです!」


 もはや、脅しに近い嘘マシマシ盛り盛りの懇願だった。


「え? 死んじゃうんですか!?」


「いや、死ぬってのは大げさだけど、俺的に困ることになる、助けると思って頼む!」


 そういう圭は土下座のまま、両手をかかげ手のひらに乗せたパンツを、リーゼに差し出した。


「これが、その、パンツ? ですか」


 手に取って見定めるリーゼ。


「うん、今からコイツの素晴らしさを説明するから、ドン引きしないで聞いてくれ、いや、ください」


 どれだけ下手に出るんだこの魔族は。

 そう思ったリーゼは、おとなしく懇願を受け入れることにする。


 営業経験はあるけど、こんなプレゼンしたことねーよ!

 でもやるしかない! この1歩を踏み出さなくて人類に未来は無い!

 やるんだ圭!

 がんばれ俺!

 死んだら絶対シエルの枕元に立ってやるっ!

 絶対にだ!


 

 すくりと立ち上がった圭は、新たに手に出したパンツを広げ説明する。


「今日ご紹介する商品はコチラ!

小さいお子様から中高年の女性まで大人気のフルバックショーツです。

素材は綿100%のこだわり。

オクダ・パンツ・カンパニーが世に送り出す芸術的逸品!

最高の技術を持ったパンツ職人が、一枚一枚丁寧に縫製した珠玉の力作!


このパンツの素晴らしいところは、なんといってもこの伸縮性に優れた生地!

圧迫感なく程よいフィット感で優しくあなたを包み込む。

その着心地は従来の下着の比ではない!


そして従来の下着と圧倒的に違うのは着心地だけではない!

このパンツは腰紐が不要なのだ!

いちいち腰紐を締める、そんな煩わしさはもうサヨナラ。

急いでるときに結び目が解けない。そんなふうに困ったありませんか?

でも大丈夫!このパンツなら簡単に脱着が可能!


そしてお洗濯もとても簡単!

さらに小スペースで、タンスの中でかさばることもない!


良いことずくめの次世代型女性用下着、ザ・パーーーンツ!

一度履いたらやめられないとまらない。

さあ、その幸せを手にするラッキーガールはあなただ!

今すぐオクダ・パンツ・カンパニーにコール・ナウ!!」


 なんか画面の下に。

 『オクダ・パンツ・カンパニー、0120-XXX-XXX。深夜なのでおかけ間違えのないようにお願いします』

 ってテロップが出たとか出なかったとか。


 言った、言い切ってやったぞ。

 どーだ、シエル、これがお前の望んだシナリオか!

 深夜通販顔負けのプレゼンだろ!


 と、満足顔の圭に対し、若干戸惑いつつもなんとなくパンツの利点を理解したリーゼ。


「確かに、これは便利そうですね」


「そうだろ? 最初は違和感あるかもだけど、履き慣れたらコッチのほうが断然いいはずだからさ。

モニタリング、って言ってもわからないか。

とりあえず履いてみて、もし気に入ったらそれをみんなに広めてほしいんだ」


「わかりました、そこまで言うなら、がんばってみます!」


「うっしゃーーーーーーーーーー!!!!」


 圭、感謝、圧倒的感謝(CV:立木○彦)


「よし、それじゃ、とりあえず、この20枚、渡しておくから。

あ、そうだ、こんなこと聞くのも恥ずかしいんだけどさ。

人間の女の人って、どのくらいの頻度で下着履き替えるの?」


「普通に水浴びする時だから、2日に1回ですよ」


「なるほど、そうなのか。

これからはその習慣をちょっと変えよう。

一日1回、履き替える、下着は清潔なほうがいいからね」


「そういうものなんですか?パンツがそういう下着ならそうします」


「それともう一個だいじな事、履き替えたパンツはコッチで回収するから」


「え?」


「いや、だから、履いたパンツは俺が」


「え? え?」


 段々顔が赤くなっていくリーゼ。


「あの、魔族さんて、その、履いた下着を欲しがる変態さんなんですか?」


「ぐはぁ!!」


 なんという破壊力のダメージ!

 赤ら顔の15歳の少女に変態さんと言われる25歳奥田圭。


「こ、これは、その、つまり、アレで、決していやらしい意味でなく。

魔族的なアレにパンツが必要というか。

大宇宙の法則がアレでアレになってアレだから。

魔族はパンツがないと死んでしまうというか」


「あ、うん、わかりました」


「え? 今のでわかったの?」


「わからないですけど、必要なことなんですよね?それはわかりました。

ちょと、恥ずかしいですけど//////// 言う通りにします」


「ありがとう、ホントにごめんね、こんな魔族でごめんなさい」


 萌え殺されると思いながらも、ゴリゴリ削られる羞恥心に圭のライフは0になった。

 一応、これで必要とされる条件がなんとか達成できた。

 嬉しさよりも燃え尽きた感がハンパない圭。


「それじゃ、今日から履いてもらって、履き替えたら、その、お願い」


「はい////////」


 お互い、ぎこちなく赤面しながら、圭は家を後にした。



 さあ、のんびりしてる暇はない。

 次は自分で約束した麦の収穫作業『刈り取り』の時間である。


 麦畑に着いた圭は、気合を入れなおして、素手で麦の穂を根元からブチブチと千切っていく。

 鎌なんか使う必要はない、効率化とスピードを考え、単純に手で千切る方法を選んだ。

 力有り余る魔族の圭だからできる所業。


 ある程度千切っては、まとめて人力用の荷車に積み上げていく。

 ある程度山盛りになったら荷車を自分で引き、穀物庫前の作業場へと運ぶ。

 そのスピードに村人全員が悲鳴と歓声を上げるが。

 やがてその悲鳴はガチの悲鳴へと変わる。


「脱穀が追いつかない」


 そう村人が叫び声を上げるのに要した時間は、半日もかからなかった。

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