第18話 パンツは被るものです

 村に住人が戻った次の日の早朝。

 圭は住民がまだ出歩いていない広場のベンチで、昨夜のことを思い出す。

 村長を拝み倒して見せてもらった女性用下着は、ショーツではなく短パンを紐で留めるタイプのものだった。

 ガロンが言っていた通りの四角い物。


 この事実に対してこれからどうやって、このパンツを履いてもらうのか。

 普及させるためにはどうしたらいいのか。


 考えがまとまらないまま時間だけが過ぎ、気がついたら村民全員が広場に集まっていた。


「ええと、みなさんおはようございます。

昨夜は良く眠れたでしょうか。

今日みなさんに集まってもらったのは、この村を襲った狼について、説明をするためです」


 仲間が殺された、あるは家族が殺された。

 そういった人からしたら、事の顛末と、圭という謎の旅人について、詳しく知りたい、と思う者がそのほとんどだ。

 皆、真剣な目で村長の話を聞いていた。


「まず、領主様に頼む予定だった、討伐の依頼は取り消した。

もし、領兵が派遣されて討伐されてしまったら、の話をしよう。

収穫もままならないこの村の麦を納めることもできず、さらに討伐の対価としてさらに重い税がかけられただろう。

そうれは簡単に言うと、ここにいる全員が冬を越せなくなる、そんな未来しかなかったのだ。

しかし狼は倒された、ここにいる旅人のブルーレットさんが退治してくれたからだ」


 小さい子供でもある程度は理解できる、不作や飢饉に陥った村は口減らしを行う。

 それはこの世界のどこでも行われている日常茶飯事であり、子供や老人はその対象になってしまう。

 村長の言わんとしていること、最悪の事態が圭によって回避された、この事実を。


「しかし、普通の人間に一角狼の群れを倒す、そんな芸当ができるでだろうか。

答えは否。

彼は人間ではない」


 村長のが発言にざわめく一同。


「彼は、この地上で最強の種族とされている。

じかし残念ながら、彼と同じ種族は今も尚我々人間を襲い、そして殺したりしている。

そう、我々人類にとっては魔獣と同じ敵とされている存在なのだ」


 ざわめきはどよめきへ変わる、ここまで説明されて圭の正体に気付かない者は子供くらいだ。

 大人なら皆、目の前にる者が何者なのか、理解し始めた。

 なぜ、そのような者が、この村を救うようなマネをしたのか、何かの罠ではないのか。

 村長は騙されているのではないか、色々な解釈や感情が広場に渦巻いていた。


「混乱し、疑念を抱く者の気持ちはわかる、にわかには信じられないかもしれない。

我々の敵である彼をこの村に招きいれ、あまつさえ助けを請い、さらに救ってもらった。

人間の尊厳を捨てたのか、そう思う者がいるかもしれない。

だが、私は村長としてはっきり言おう。

彼はそんな次元の低い我々の考えで測れる存在ではない。

彼は魔王側にも属さず、ただこの世界をまわることを続ける旅人なのだ。

人を襲わず、奪わず、殺さず、それを信条に生きる者なのだ。

今から彼の姿を見てもらう、それががこの村の仇をとってくれた者の姿だ。

どうか目をそらさずにしっかりと見てくれ、決して怖がることのないように」


 村長がそう説明をし、皆が固唾を飲む中、圭は全身に被っていたシーツを剥いだ。



 パンツである。



 全員の視線が圭に刺さる。

 村長ですら訳がわからないという顔をしていた。

 最初、皆は魔族である圭の全身を見て絶句し、驚きこそしたが。

 村長に言われていた通り、悲鳴をあげたりする者は居なかった。

 その視線は圭の全身をスクロールし、やがて頭部に抱えた大きなダウトに釘付けになる。


「あの、ブルーレットさん、そ、その、頭のものは一体」


 パンツだった、圭は頭にパンツを被っていた。

 それは自分の手で生成した未使用のパンツ、ライトグリーンのパンツ。

 しっかりと頭にフィットし、2つの足穴からは2本の角がニョキっと生えていた。

 フロントについたワンポイントのリボンが、赤く光る双眼の上に鎮座している。


 村長の問いに圭が答える。


「チャームポイントです」


「チャームポイント?」


「うん、チャームポイント」


「そ、そう、ですか……」


 村人に向き直り、圭が口を開く。


「我は偉大なる魔族のブルーレットである!

って自己紹介したいとこなんだけど、性分じゃないからフランクに行かせてもらうよ。

なんかね、村長さんが困ってたからさ、助けようと思った。

ただそれだけなんだ。

よく変わった魔族だと言われる、確かに俺は魔族っぽくない。

人は絶対に殺さないし、逆に人を助ける変な奴だ。

言葉で言っても信用できないかもしれない。

いま、俺が本気でやったらここにいる全員5秒で殺せる。

でもそうしないのは、そうする必要がないからだ。

わかるよね、俺は人が死ぬところを見たくないんだ 

村長さんに頼まれて少しの間、この村の用心棒をすることになった。

だからみんなに聞きたい。

俺がこの村に居てもいいか。

いいと思う人は手を挙げてくれ」


 圭から発せられたいきなりの問いに固まる村民。

 いきなり問われても考えをすぐにまとめられる者などいなかった。

 一瞬とも長時間とも感じられる沈黙。


 その沈黙を破り、最初に手を挙げたのは村長だった。

 そして次に手を挙げたのは狼に家族を殺された人達。

 頼りにならない領主より、この村を救ってくれたこの魔族、それがどれだけの存在か。

 いうまでもなかった。

 やがてそれにつられ、疑っていた者も手を挙げ始め、最終的には全員が手を挙げた。


「ありがとう、これで心おきなく村長さんの手助けができる」


 すると30代くらいの女性が声をあげた。


「お礼を言うのは私たちのほうです。この村を救っていただきありがとうございます」


 お辞儀をする女性の目には涙が溜まっていた、おそらく夫を狼に殺されたのだろう。

 そう圭は思った。


「お礼を言うのはまだ早い。

ここにいる全員でこの村をどうしていくか、まだ考えないといけなそうなんだ。

そうだよね、村長さん」


「ええ、ブルーレットさんのおっしゃる通りです。

まだ全ての問題が解決したわけではありません」


「というわけで、これから村民会議をはじめまーす。

といっても昨日村長さんとほとんど決めたから。

今からその内容を伝えていくね。


まず狼の死体はすぐにでも解体して肉と皮に分けます。

解体できる人いる?」


 圭の問いに6名の女性が手を挙げた。

 村での農作業とは別に、男衆が狩ってきた獲物は、普段から女性が捌いていたのだ。

 狼ともなるとめったにお目にかかれない、でも経験者がいないわけではなかった。


「よし、それじゃ6人は解体をお願い、その中で毛皮のなめしができる人いる?」


 6名の内3名が手を挙げた。

 毛皮は剥いだだけでは商品にならない、きちんとなめし処理をしないと腐るのである。


「それじゃ解体したらなめしもお願い。

肉はこの冬を越すための食料にします。保存食にできる人いる?」


 これには女性のほとんどが手を挙げた、さほど難しいことでもないらしい。

 解体組の6名のうち、なめし組を除いた3名も手を挙げたので、その3名を指名した。


「よし、狼はこの6人で全部やってもらう。

次に麦の収穫。

刈り取り。脱穀。製粉。これを大急ぎでやらないと領主の徴税に間に合わない。

村長さん、いつぐらいに納めることになるの?」


「例年通りだとあと5日ほどです」


「というわけで日がない、これは残りの全員でやらないとダメ。

ちなみに村長さん、収穫のうちどのくらい納めるの?」


「5割です」


「え?5割りも納めるの?それかなりエグくない?

納得してるの?」


「納得はしていませんが……。

領主様の街から一番遠いので、徴税にかかる運搬費も込みなのです」


「毎年それで生活はできてるの?」


「なんとか細々と切り詰めてやっております、厳しいですが口減らしをする程ではないです」


「うーん、なんか酷い話だな、それについてはおいおい考えよう、まずは納税だ。

まず、刈り取りに必要な男手は望めない、だから刈り取りは俺だけでやる」


「「「ええーーーーーーーーっ!!!」」」


 全員が絶句した。


「やればできる、だって魔族だもの」


「ブルーレットさんがいいと言うのであれば全てお任せします」


 村長だけが素直に圭の提案を受け入れた。

 もう大抵の事では驚かない。

 だが残りの者は目を見開いたままだ。 

 驚きを無視し圭はサクサク続ける。


「次に脱穀と製粉だけど、これはもう全員でとりかかってもらう。

ただ全員でかかってしまうと、食事を含めた家事をする人がいなくなる。

だからこの収穫の間だけ、食事は全員でまとめて取ることにする。

交代で食事係りを決めてくれ。

そしてこっからが大事な話だ。

脱穀と製粉は二交代でやってもらう、これは使う道具の数に限りがあるからだ。

昼と夜にわかれて2班作って、交代でやってもらう。

きちんと数が半々になるように話し合って決めてくれ」


 もう無茶苦茶である、でもそうでもしないと間に合わない。

 それは狼によって避難していた分のタイムロス、それに加えて男の数が減った事実。

 それを埋め合わせるには、24時間体制で事にあたるしかなかったのだ。

 それは毎年麦の収穫を行っている村民なら、だれでもわかる事である。

 この窮地において反対する者など1人もいなかった。


「あとこれは俺からのお願い、1人でいいんだけど、だれか掃除の得意な人。

グラスの家に住んでいいと、村長さんから許可をもらったんだけど。

中が、なんというか、デンジャラスで、エキサイティングで……」


 村民全員が察した、ああ、あのグラスの家か、と。

 なんてものをこの魔族に押し付けたんだ。

 皆が村長をジト目で見る。


「しかたないだろ! 空いてる家がそれしかなかったんだから! 私は悪くないぞ!」


「昨日、Gが、出た、俺、寝るの、諦めた、頼む、誰か、掃除、お願い」


 これにはさすがに全員が同情した。

 魔族でも怖いものはあるらしい。

 いや、村のために勇敢に死んだ者を悪く言いたくはない。

 でもそれはそれ、これはこれ、負の遺産を村人として圭に押し付けるわけにはいかない。


 ここで1人の若い女性が手を挙げた。


「わたし、それ、やります」


「おお、やってくれるかリーゼ」


「はい」


 村長にリーゼと呼ばれた女の子は、迷うことなくその役を買って出た。

 リーゼ。15歳。歳の離れた兄が今回命を落とした、狼の被害者の家族だった。

 村娘なりに地味ではあるが肩まであるストレートのブラウンの髪に、瞳も同じ色。

 顔立ちはどこか幼さが残るが整っている、美人ではないが可愛い部類に入るだろう。

 まだまだ発育途上で華奢な肢体は、これから修羅場と化す農作業に投入するには酷にも思えた。

 だから村長は掃除のほうが適役だと思い、売り手に買い手で即決した。



「そしてもうひとつ大事な事があります。

この村の女性すべて。

これからこのパンツを下着として履いてもらいます。

というか履いてください。

お願いします!

理由は聞かないでください!」


 土下座だった。


 それはそれは見事な土下座だった。


 圭の頭にある謎の物体が、実は女性用の下着である。

 その事実にドン引きする村民だった。

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