第17話 パンツって何?


 約1時間の疾走に耐えたガロンを背負った圭はエッサシ村の広場にたどり着いた。

 椅子ごと降ろされたガロンはなぜか圭にお礼をしていた。


「なかなか面白かったぜ、お前すげーな!

俺は馬が一番速いって思ってたけど、馬なんて比じゃねースピードだっだぞ。

ウォルトの奴が御者よりも面白いって、言ってた意味がわがったぜ」


 満足顔のガロンはキラキラした目で見つめながら、圭を褒めちぎった。

 それはまるで初めて遊園地を経験した子供の顔のようだった。

 走り始めこそ絶叫したものの、やがて悲鳴は驚きに変わり、最後には爆笑さえしていた。


 これは持って生まれた性格の違いなのだろうか。

 『顔は人を現す』ガロンの内面に備わる肝の据わりっぷりは、強面の面構えにしっかりと現れている。

 そう感じた圭はなんとも言えぬ感覚をおぼえた、そういう意味ではこの人は村長と正反対なんだなと。


 てっきり大宇宙と繋がってしまうものだとばかり、思っていたのだが。

 こういう反応もまた、面白いし、どちらかというと、圭も楽しんでもらえたほうが嬉しい。


「喜んでもらえて何よりだ。さて、そのロープを椅子から解く前に、言っておくことがある」


「おう、なんだ?」


「今から俺の姿を見てもらう、そうすれば俺がなぜ一角狼を倒せたのか理解できるはずだ。

最初、俺の姿を見た村長さんは命乞いをした、だが今は受け入れてくれてる。

さて、ガロンさんはどうだろうか」


 身体ごとすっぽり被ってるシーツを勢いよくはがす圭。


「……」

 

「あれ、以外と驚かないんだね」


「知ってるか? 人間ってのは本気で驚くと声も出ないし、顔にも出ないんだぜ」


「それはガロンさんだけでは?」


「いや、これでも本気で驚いてるんだぜ、今まで生きてきた中でダントツに驚いた。

てか怖えよ、ぶっちゃけ今も必死に恐怖を抑えてる。

なあ、お前、俺を、……殺すか?」


「殺さないよ」


 さらりと当たり前のように殺さない、と言った圭をガロンはじっと見つめる。

 やがて「ふう」と息を漏らし肩の力を抜いた。


「俺も初めて見るが、お前、魔族なんだよな? あの魔族なんだよな?」


「ああ、魔族だよ、ただちょっと風変わりな魔族だけど」


「俺の聞いてた魔族の印象とだいぶ違うんだが」


「違うというより正反対だよ俺は、奪わないし殺さない、血を見るのも怖がる臆病な魔族さ」


 そう言いながら圭は椅子からガロンを開放させた。


「なるほどな、だいたいわかった。それでこの村に居つくってのはホントなのか?」


「ああ、この村が落ち着くまでは様子をみようなかって思ってる。

また狼が出ないともかぎらないし。

ガロンさん、後ろを振り向いてくれるか」


 ガロンの目の前にあったのは一角狼の死体。


「お! おいおい、これが例の狼か、123……8!? 8匹ってこれ全部お前がやったのか?」


「やっちゃったんだなこれが」


「はぁ~、こんなもん俺に見せてどうしようってんだ」


「一緒に考えてもらいたい、今回の件の結末をどうしたらいいか」


「考えるって、荒唐無稽すぎて笑いしか出てこねーよ」


「実際のところ、狼の群れがこの村に出たって話は、ガロンさんの村に広がっちゃってるよね。

でも倒しちゃったわけだ、だれが? どうやって? と話に尾ひれがつくのをなんとかしたい」


「んー、いや別に難しく考える必要はなくねーか?

お前とウォルトが説明した筋書きの通りにするんだよ。

流れの謎の旅人が倒して、そのまま去っていった。めでたしめでたし」


「そんな単純でいのか?」


「人の噂なんてそんなもんだ、その程度でいいんだよ。しばらくすりゃ噂にもならなくなるさ」


「そうか、そんなんで良かったのか」


「俺の村のほうには、今のまんまで噂を広める、それでオーケーだ」


「それともうひとつ聞きたいのが、この狼の死体って利用価値あるかな、食べれたりする?」


「肉は食えなくないが、豚や牛に比べると筋肉質だからな。

味はまあまあだが固いって評判だ。贅沢言わなきゃ普通に食べれるもんだ」


「そうか」


「これだけありゃ、塩漬けや干し肉にしてこの冬越す分くらいの食料にできる」


「ならそうしようかな。あと毛皮とかはどうだろうか? 狼って需要ある?」


 圭にそう訊かれたガロンは狼の死体を品定めする、毛並みを見定め、8匹の死体をグルグル回る。


「なあ、ひとつ聞いていいか?」


「ん?」


「お前、コイツをどうやって殺した?」


「あー、えーっと、じゃんけんしたら勝った。とかじゃダメかな」


「ダメにきまってんだろーが! 傷ひとつない死体ってどーいうことだよっ!」


「うーん、それは企業秘密というか、門外不出の魔族の秘儀? みたいなノリで」


「まあ、話したくないってんなら無理にきかねーけどよ。しかしこいつは高値がつくぞ」


「え? 売れるの?」


「一角狼ってのは死闘に次ぐ死闘でようやっと倒せるもんなんだよ。

基本的にはボロボロの毛皮しか手に入らねーんだ。

それでも1匹あたり金貨5枚は値がつく。

普通の狼と違って皮も厚くて丈夫だし毛並みも違うからな。

だけどこれだけ完全な状態ってのは、今まで一度も出回ったこと無いはずだ。

普通に考えて金貨20枚はくだらんぞ」


「金貨の価値がどのくらいか知らないけど、売れるってのは嬉しい情報だ」


「あーそうか、お前魔族だもんな、金貨は人間の通貨だから馴染みがないか」


「それじゃコイツをどう利用するかは村長さんと相談してみるよ。

ちなみに毛皮を売るってなったら売買のルートとかある?」


「そうだなー、街までいけばそれなりの商会があるから買い取ってくれると思うが。

そこいらの行商が買える代物じゃないってことだけは確かだ」


「そうか、わかった、色々と情報ありがと。

情報料代わりに1匹持って帰る? 口止め料も込みで」


「なんだって? 最低でも金貨20枚の代物だぞ!

それを簡単にくれるってマジなのか!?」


「今回の件では村としてもお世話になったしね。

口止め料ってのは俺が魔族だって事、ここだけの話にしておいて欲しいんだ。

人を降ろしたら、ちょうど空荷で帰る荷車があるでしょ」


「そうか、そうだな、くれるってんなら遠慮なく貰うぞ。

あとで返せって言っても返さねーからな!」


「ははは、そんなことは言わないよ。

あ、そうだ、ついでにコレもあげるよ」


「これはなんだ?」


 圭から手渡されたイチモツを見つめるガロン。


「何ってパンツだよ」


「はぁ? パンツ? パンツってなんだ、聞いたことも見たこともねーぞ。

これは何に使うんだ?」


「え? パンツ知らないの?」


「だから知らねーって言ってんだろうが」


「女性用の下着だよ、下に穿くやつ」


「下着ってのは、あの下着だよな こんな下着見たことねーぞ。

下に穿くやつっていったら四角いやつだろーが、こんな丸っこくて小さいのどーやって使うんだ」


「四角い下着???」


 圭は知らなかった、この世界にはパンツが無かったのだ。


 平民の間で使用される下着は四角い短パンのようなもので、もちろん布にゴム紐を仕込むなんて高度な技術もなく、

紐で留める短パンタイプがこの世界の『パンツ』だった。

 この世界にパンツ、所謂ショーツと呼ばれる形状のものはない。

 貴族ですらカボチャパンツのような形状のものを使用している。


 肌にフィットするタイプ、しかも三角形の形状。

 これが下着だと言われてもガロンの常識、いや、この世界の常識からあまりにも逸脱していた。


「魔族の女はコレを下着に使うのか、ほうほう、布なのに良く伸びるな」


 ガロンはパンツを広げ色々な角度から凝視する。


「いや、だからこれは魔族用じゃなくて人間用だってば」


「人間用だって!? それはマジで言ってるのか?」


「嘘ついてどーするよ、マジだってば」


 さすがに圭もここまでのガロンの反応を見て、どうやらこの世界にはパンツがない、という事実に気づいた。

 だったらもう広めるしかない、穿いてもらわないと今後色々と困るからだ。

 圭は開き直った。


「あ、そうそう、知らなくても無理はない。

この『パンツ』と呼ばれる下着は、新しく人間の世界に広めようと思った物なんだ。

すっかり忘れてた」


「おお、おう、そうだったのか」


「というわけで、コレをあげるから、広めてくれないか?」


「だが断る!」


「えーなんでだよ」


「なんでもなにも、見たことも無いこんな怪しい形した下着を着けろだなんて、女に言えるかよっ!

俺はバカでは有名だが、変態ジジイと呼ばれるような事だけはしたくねーよ」


 はい、変態認定されました。

 うん、わかってた、男からみても変態だって思われるって。


「しかたない、この件は忘れてくれ、村長さんとがんばってみる」


「おおーおう、ウォルトも苦労するな、まあがんばれよ」


 一番苦労してるのは俺なんだよ、って言葉を圭は飲み込んだ。

 全てはあのアホ管理者シエルのせいである。

 ガロンに言ったところでそれは理解の外になる話だ。

 諦めよう。



 そうこうしているうちに、馬が曳く荷車組の姿が村の近くに見えてきた。

 圭は再びシーツで全身を隠し、ガロンにむけて話をする。


「ガロンさん、とりあえずこの村の人達には頃合みて俺の正体を明かすつもりだ。

それまでは知らないふりをしててほしい」


「おう、わかった、上手くやれよ、まあ、ウォルトの奴もいるからなんとかなるだろ」



 そして村に帰還した老人と子供達は各々の家に戻った。

 村長に軽く経緯を話した圭は、狼1匹を荷車に乗せた。

 もう一台にはガロンが乗り、村長が御者に礼を言い、2頭の馬を見送る。


「どうでした、ガロンの反応は」


「なんというか、変わった人だね、村長さんの言うとおりだったよ」


「変わった人ですか、ブルーレットさんも変わってますけどね」


「まあ、確かに、否定はできないな。

今日はこのままみんな家に戻って終わりだよね。

明日の朝、みんなを広場に集めてくれないか?」


「ええ、わかりました、そうしましょう。

皆に姿を見せるのですか?」


「うん、そうするつもりだ」


「私も皆が混乱しないようにお手伝いしましょう」


「ありがと、助かるよ」


 徒歩組を待つ間村長と細かいすり合わせをする圭。

 主には狼の死体についてだが、肉は食料にし、毛皮は剥いで売るという方向で村長の合意を得た。


 やがて戻ってきた徒歩組も、各々の家へと戻り各家に明かりが灯りはじめる。


「あ、そうだ、村長さん、寝る前にちょっと大事な話があったんだ」


「はい、なんでしょうかブルーレットさん」


「村長さんの家に女性用の下着ってある? あったら見せてほしいんだけど」


「はぁ???」


 出会ってから一番間抜けな声を出した村長だった。


 それは、圭がこの世界で変態と呼ばれるための第一歩だった。

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