第16話 二人目の被験者


 セターナ村はエッサシ村とは違って中央の広場に井戸はなく、5つの井戸が広場を囲むように配置され、各井戸を中心に民家が集まるうな配置を取っていた。

 中央の広場を通る街道は南北に村を貫き、西側に井戸2つ、東側に井戸3つと分かれる。

 東側の真ん中の井戸はやや集落の外側に配置されており、そこから木樋が畜産エリアに向かって伸びていた。

 井戸から汲んだ水がそのまま各畜舎や放畜用の水飲み場へと木樋を伝い流れていくシステム。

 畜産は豚と鶏の2種類で、このあたりの村々への供給も行っている。

 村の西側は広大な麦畑、そして穀物と葉物を主とした野菜畑。

 これはどの村でも行っている農業でとりたてて珍しくもない。


 そして民家の数は100軒を少し超え、エッサシ村に比べると大きな村と言える。

 そんな村だからこそ大人数の避難も受け入れられた。

 空き家や穀物倉庫、畜産舎、そして住民民家への居候などが、その場凌ぎではあるが受け入れ先だ。



 街道上にある中央広場に今、顔面蒼白のお爺さんを背負った圭が到着した。


「よいしょ、着いたよ村長さん」


「ば……婆さん……もうそっちに行っていかの……」


 たった片道10分の間に奥さんに会えたらしい。

 村長は圭の背中から降ろされると、ロープを解かれプルプルと震えながら立ち上がった。


 その村長の姿を見たエッサシ村の人々が周りに集まってくる。

 遠くで村の手伝い作業をしている者達はまだ気づいていない。

 10人と少しがその場に集まった。


「村長! どうしたんですか、村で何かあったんですか」


 中年の女性が村長に話しかける。

 領主の応援はまだ先の話だし、村長は村で留守番のはず。

 それがなぜ今ここに来たのかだろうか、全員が不安な顔で村長をみつめる。

 耳に馴染んだ村民の声を聞いた村長が「はっ」と我に返り皆を見渡す。

 

「おお、皆元気か、この4日間不自由はなかったか?

突然だが皆に話しがある、村の者を全員ここに集めてくれ。

私はガロンに話しをしに行くから集まったら待っててくれ」


 村人に指示を出した村長は圭を引き連れガロンの家へと向かう。


「今から向かうのはこの村の村長、ガロンの家です。

ガロンとは昔からの腐れ縁と言いますか、悪友です。

変わった奴ですが悪い奴ではありませんよ」


「ガロンさんか、あまりやんちゃな人だったら椅子に乗っけて一日走ることも考えておくよ」


 冗談で言った圭の台詞にニヤリと悪い顔で返す村長。

 いや、これは冗談だからね。本気で捉えないでよ?

 この表情をみてもどんな腐れ縁か想像がつく、悪友の二字は伊達ではないらしい。



 広場から北西の位置にある井戸を横切り集落と野菜畑の境目にある2階建ての家。

 そこがガロンの家だった。


 勝手知ったる他人の家と言わんばかりに、村長がノックもせずに玄関に入っていく。


「ガロン、いるかー、居るんだったら棺桶の中からでも返事しろー」


「おお、その声はウォルトか! 久しぶりじゃねーか! 狼に食われたって聞いたぞ」


「バカ言え、お前より先にくたばってたまるか」


 歳を感じさせない太い大きな声で奥の部屋から応接間に入ってきたのは、村長よりも少し背が高くがっしりとした禿頭の老人だった。

 その顔つきは一癖も二癖もありそうな強面だが、笑うと愛嬌があり、顔に刻まれた皺は年齢相応にも見える。

 いつもの圭とのやりとりと違う口調の村長の言葉遣いに、これが気を許せる人間に対しての村長の素なのかと圭は思った。


「俺もいきなりで驚いたが、今回は大変みたいだな、大方の話は聞いたけどよ」


「ああ、できればすぐに顔を出したかったが、身動きが取れなかったからな。

突然の避難の受け入れ助かったよ」


 村長が右手を差し出し、その手をガロンが右手で握り返す。

 その握手は60年近くの信頼の証といえた。


「いいってことよ、俺とお前の仲じゃねーか。

それにコッチはタダで収穫手伝ってもらってんだ、迷惑だなんて思わねーよ。

むしろ避難民そのまま俺の村にくれよ、そうだ、そうしようぜ、それがいい」


「誰がやるか、寝言は棺桶の中で言え」


「がはははは、相変わらずだな、お互いまだまだくたばる気がないのは同じか。

で、今日はどうしたんだ。

立ち話もなんだ、座って話そうぜ」


 テーブルの上座にあたるソファーにガロンが座ると対面に村長も座る。


「ブルーレットさんもどうぞ」


 村長に促され圭も村長の隣に座る。


「まずは先に紹介しとくよ、ウチの村でしばらく居てもらうことになった用心棒のブルーレットさんだ」


「ブルーレットだ、よろしく、ガロンさん」


「おう、この村で村長やってるガロンだ、よろしくな、って用心棒?」


「ああ用心棒だ、今回の一角狼の件でお前の村に迷惑かけたから、一応説明しないとダメだと思ってな。

ただ、今から話すのは絶対に口外しないでくれ。

色々とワケ有りでよ、お前以外には知られたくない」


「わかった、約束する」


「こちらのブルーレットさんは旅人でな、たまたまウチの村に来てくれたんだが。

その、結論から言うとだな、……一角狼を退治してくれた」


「はあ? おいおいちょとまてよ、俺をからかってんのか!

あの一角狼だぞ? 凄腕の冒険者でも数人がかりで仕留めるって魔獣だぞ!

それを独りで退治しただって? しかも群れで出たって俺は聞いたぞ!

信じられるかそんな話!」


「信じるもなにも現実だ、俺がわざわざホラ吹くために、ここに来た訳じゃないことぐらいわかるだろ」


「だけどよ」


「証拠ならあとで見せから、今は無理やりにでも納得してくれ。

とりあえずのところ狼の脅威はなくなった。

取り急ぎの話、避難してるウチの村人を今日にでも移動させようと思ってな」


「今日か、それは急だな、まだまだ収穫を手伝って欲しかったんだが。

帰れるってんなら、引き止めるのは野暮ってもんだ。

よしわかった、村の者には俺から話をしておく。

で、出るのはいつだ?」


「全員での移動は準備もかかるだろうしな、昼飯を食ってから日没までに帰れればってところだ」


「そうだ、馬と荷車を貸そうか、屋根は無いが馬車代わりになるだろ。

全員乗せるのは無理だけどよ、年寄りや子供もいるだろうし」


「おお、それは助かる。でもいいのか? この収穫の時期に馬と荷車借りて」


「よくない、あとで怒られる。でもよ、お前だって俺が困ってたら同じことするだろ?」


「そうだな、ちがいない」


「荷車2台と馬2頭貸してやる、昼過ぎに出ても陽が沈むまでにはコッチに帰ってこれる筈だ。

乗れるのは20人ってところだな、上手く使ってくれ」


「恩に着る。一旦広場に戻って皆に伝える、もう集まってるだろうからな」


「ああ、俺は昼過ぎに馬と荷車用意しとく」


「ちなみになんだが、お前午後は暇か? 夜までの間だけど」


「なんだ? 御者でもさせるつもりか? 時間なら作ろうと思えば作れるが」


「御者じゃねーよ、もっと楽しいことだ。それじゃまたあとでな」


 悪どく笑う村長が圭を引き連れガロンの家を後にする。

 村長さん、そんなに大宇宙仲間を作りたいのだろうか。



 広場にはエッサシ村の避難民が全員集まっていた、その数87人。

 村長が顔を出すと雑談を止め皆が注目する。


「突然の狼の襲撃から皆よく生き残ってくれた。

10人の尊い犠牲もあったがその傷も癒えぬままの避難生活。

苦労をかけて申し訳ない。

だが悪いことばかりではない、本来ならもっと時間がかかるはずだったが、領主様の応援待たずして問題は解決した。

狼は倒された、ここにいる旅人のブルーレットさんが村を救ってくれたのだ。

これで村に帰れる」


 おおお、とざわめく村人達。

 喜び半分戸惑い半分のざわめき、その戸惑いは圭に対してのものだった、この旅人は何者なのかという疑念だ。


「急な話だが今から村に帰る準備をしてくれ。

ガロンに話はつけてある、作業の手伝いはこれで終わりだ。

あと馬と荷車を2つ借りることになった。

全員乗せるのは無理で申し訳ないが、年寄りと小さい子供優先で乗せる。

昼飯を食べたら出発だ、各自世話になった相手に挨拶しておくように。

以上だ」


 村長が指示を出し終わると、ざわめきがさらに大きくなり一部からは歓声が上がる。

 中には涙を流す者もいた。



 そして時間は流れ昼食のあとの広場。

 ガロンが用意した馬2頭にはセターナ村の男が跨る。

 その馬が曳く荷車には老人組が1台、もう1台には子供組に分かれて乗っていた。

 さらにその後ろには徒歩組が60数名。

 

 その隊列を囲むようにセターナ村の住人が見送りに来ていた。

 各々思い思いの声をかけあっている。


 その脇でガロンが村長に声をかける。


「なあ、なんで俺椅子に縛られてるんだ?

なんでそんなにお前は笑顔なんだ?」


 その椅子を黙って背中に担ぐ圭。


「なんでって、お前には狼の説明するって言ったろ、だからウチの村に来てもらう、それだけだ」


「それなら俺が馬に乗ればいいだろ」


「それもひっくるめての説明だから黙って逝ってこい。

それではブルーレットさんお願いします。

10分だと短いので、できれば北に向かってそれから折り返して1時間くらいの感じで。

そのあとはブルーレットさんからガロンに、諸々の説明をしてあげてください」


「おい、逝ってこいって表現おかしくね? てか10分とか1時間てなんだよ!」


「それじゃガロン、またあとで村で落ち合おう」


 そう言うと村長は老人組の荷車に乗った。

 荷車組、徒歩組の出発を見送った圭は、エッサシ村と反対方向の北に向けて走りだした。



「んぐがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 ガロン69歳、宇宙への扉がもうすぐ開く。

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