第12話 大宇宙と交信するおじいちゃん


 大陸中央の東側にある中規模の国、フレデリック王国。

 そのフレデリック王国は王が治める王都とそれを取り囲む8つの領地に分かれていた。

 王都から見て南西に位置するフィッツ・フォン・ノイマン子爵が治めるノイマン領。

 領の中央よりやや北に領主が治めるジェラルドの街があり、その周りに大小含めた12の農村が存在し、主な産業は麦を主とした穀物と野菜、

村によっては牛は豚などの畜産も行っている。

 

 12の農村のうち領地の最南端に位置するエッサシ村、そこから北のジェラルドの街に向かう途中に隣村のセターナ村が徒歩半日の距離にあった。


 今、そのセターナ村の中央を絶叫お爺さん(72歳)が通過した。


「うああああああああああああああああ(クレッシェンド)」


「ひいいいいいいいいいいいいいいいい(デ・クレッシェンド+フェルマータ)」


 エッサシ村から避難していた村人はセターナ村のあちこちで手伝いをしていた。

 麦畑や野菜畑での収穫、井戸の周りでの水仕事など、避難先の居候とはいえ手を動かせる者は老若男女関係なく働き手なのでる。


 その絶叫を聞いた村人のほとんどが「村長?」と首をかしげた。

 ほんの一瞬の出来事だったが走り去る後姿に村長の残像を見たような気がするが、多分見間違えか何かだろうとまた作業に戻るのであった。


 街道をひたすら北に向かって進む圭、隣村を通過してしばらく進むと村長の絶叫が止んだ、おそらく声が枯れたのであろう。

 申し訳ないと思うも村長を慮る余裕などない。

 走りのフォームはスタートから常に安定していた。

 通常、走るという運動は歩幅に合わせて体が上下にリズムを刻むが、圭の走りは上半身を一定の高さに保ったまま足だけが回転するように地面を蹴る、体が上下に揺れる分のエネルギーロスを発生させないスプリンターモードだった。

 だから不幸中の幸いか、背中の椅子に座った村長は上下に揺れることなく、体にかかる負担は全くなかった。

 ただただ体験したことのないおぞましいスピードで流れていく景色にひたすら恐怖し絶叫こそするものの、やがて声が枯れるとそのスピードにも視覚が慣れてくる。

 それでも進行方向とは逆の景色しか見えないというのは、怖いものがある。

 だがもう叫んだところでどうにもならない、恐怖をこらえてただ自身の無事を祈る村長だった。もはや諦めの境地である。


 走る途中、徒歩の旅人、馬車、馬に乗った者、ランダムにすれ違ったが速度を緩め村長に村人かどうかの確認をしてもらうも全て違った。

 突然現れ「違う、次だ」と老人が言うと残像を残し走り去る。


 目撃した者達に「街道に姥捨て爺さんの幽霊が出た」と噂されるのはまた別の話しである。




 1時間走り。2時間走り。いくつかの村を通り過ぎて体感的に3時間を過ぎたくらいでようやく目的の馬にたどり着いた。


「おお、パット! 私だ、村長だ!」


「え! 村長! どうしてここに」


 村長が話しかけた馬を駆るパットと呼ばれた男は驚いた声を上げた、歳の頃は10代半ば。

 馬と併走する圭の背中から話しかける村長は傍から見たらわりとシュールである。


「とりあえず止まってくれ」


 村長にそう言われ手綱を手前に引き馬を止めるパット、それに合わせて止まる圭。


「街にたどり着く前で良かった、詳しい話はあとでするからそのまま村に戻ってくれ」


「え? でも討伐の依頼をしないと村が」


「その必要はなくなった、一角狼の問題は解決した、だから依頼は出さなくて良くなったのだ」


「本当ですか!」


「ああ、信じられないかもしれないが一角狼は退治された、私は一足先に村に戻って避難した皆を迎え入れる。

パットは安心して馬で村に戻ってくれ」


「はい! でも一足先にって村長、馬がないですよね」


「その件なんだが、ブルーレットさん降ろしてください」


「ブルーレット?」


 パットが首をかしげる間、圭は村長を椅子ごと降ろし固定のロープを解いた。

 その時、魔族の手元を見られるのを避けるため、椅子ごと村長をシーツで覆ってロープを解いた。


「ふう、なかなかにしんどかったわい」


 伸びをして拳で腰をポンポンとたたく村長が圭を紹介する。


「こちらがブルーレットさんだ、あーえーと、移動魔法が得意な運び屋さん? ということにしておいてくれ」


「トイレのお供にフローラルの香り、ブルーレットだヨロシク」


「トイレ? フローラル? あ、パットですはじめまして」


 ペコリと頭を下げるパット。何が何やらサッパリな様子。地球式の挨拶だ気にしないでくれ。


「そういえばパット、食料と水はあるか」


 振り返り馬の鞍にくくりつけたズタ袋を見つめるパット。


「急いで持ってきた分はもう食べました、残ってるのは水が少しだけです」


「そうか、ならこれをやろう」


 受け取った袋の中にはパンと干し肉、そして水の入った皮袋。


「で、でもこれは村長の食べ物じゃ!」


「食べようと持ってきたんだが、今食ったら確実に吐く! 村に帰るまで何も食べたくない」


 心中お察しします、と心の中でつぶやく圭。


「そうですか、それじゃ遠慮なく頂きます」


「ではこれで一旦別れるとしよう、と、その前に」


「村長さんどこへ?」


「厠ですよ、少しまっててください」


「なあ、カワヤってなんだ?」


 かわやがわからなくてパットに聞いてみる圭。


「厠は、えーっと、小便ですよ」


「ああ、ションベンのこと厠って言うのか」


「はい、大きいほうでも使いますけどね」


 草むらの中に入っていく村長、あまりガン見するのも失礼なので視線をそらす。




「おまたせしましたブルーレットさん、さあ村に戻りましょうか」


 用から戻ってきた村長の目はどこか虚ろだった。

 このあとまた3時間強のアトラクションが待っているのだ。

 それは覚悟というよりは全てを諦めた人間の目だった。

 諦めたとはいえそれでも恐怖からくる体の震えは抑えられない。

 虚ろな目で小刻みに震える村長を見なかったことにして、圭は村長を椅子に縛り付けて背中に担ぐ。


「それじゃ一足先に村に行ってるぞ、あとは帰るだけだから無理はするなよパット」


「はい、ブルーレットさんもお気をつけて」


「嗚呼……生きてるって……素晴らしい」


「どうしたんですか村長」


「ああ、偉大なる村長様は今、大宇宙と繋がっておられるのだ、気にするな」


「ダイウチュー?」


「それじゃーな」


 ?マークを頭に浮かべたパットを残して全力疾走する圭。

 来た道は覚えている、分岐のたびに村長に聞かなくてもいい、ノンストップで村へと向かう。



 3時間の疾走の末エッサシ村にたどり着いたころにはすっかり陽も落ちていた。

 途中避難先のセターナ村も通ったが、陽が暮れていたこともあり夜に住民を移動させるには危険だと判断し、報告もせず素通りして全てを明日に回すことにした。


「村長さん、お疲れ様、意識は大丈夫か?」


 広場に着いた圭は村長を降ろしロープを解いて声をかけてみるが「あ……う……」としか声を漏らさない村長。


「ダメだ、宇宙と交信中のようだ、しかたないな」


 圭は村長が座ってる椅子ごと抱え村長の家まで運び、そっとベッドに寝かしつけた。

 頼むから目を開けたまま唸らないでくれ、軽くホラーだよ村長さん。


「それじゃおやすみ、村長さん」


 そう言葉を残すと村長の家を後にした。


「そしてやってきたぜ元グラスの家、そして今は俺の家!

ただいまーーーーー!ってドア開けてみたけど、この惨状。

なんか俺、ここで寝たくないんだけど。

もういっそのこと広場のベンチで寝ようか?

なんかそのほうがいいように思えてきたよ」


 部屋の惨状は見なかったことしてドアを閉める。

 ドアを閉める時に一瞬カサカサと動く黒い物体を見た気がしたが、それも見なかったことにした。


 そのまま広場のベンチで横になる圭。「ふうー」っと息を吐き今日一日の出来事を反芻する。

 転生され狼とじゃれあい、変装して村長と仲良くなって、往復6時間の姥捨てスタイルでのマラソン。

 午前中こそゆっくりしたが初日からなかなかにエキサイティングだったと思う。


「はあー、これで人間の役に立ったと言えるのかな」


 長いようで短かった転生初日が終わろうとしている。

 明日はいよいよ村人の帰還になる。

 唯一の懸念は村人が魔族の自分を迎え入れてくれるかどうかだ。


 だがいくら不安に思っても明日は必ず来てしまう。

 下手な考え休むに似たり。

 明日は明日の風が吹く。

 そう思い圭は星空の下で目を閉じるのであった。

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