第11話 走り出す
「さて村長さん、今後の方針をまとめよう。
と、その前にこの角をどうしようか、なるべく人の目に触れさせたくないし、どこか隠して置く場所があればいいんだけど」
「そうですね、しかし私の家に置いておくにも物が物だけに落ちつかないといいますか」
「この村に使ってない倉庫とか家はある?」
「うーむ、家は全て使ってるし食料庫は人の出入りが多い、……あ!
空き家になったばかりの家が1軒あります」
「空き家になったばかりってまさか」
「ええ、独り暮らしの若い男の家が、その、なんと言いますか今回狼に……」
「ああ、やっぱりそうか、しかしいいのか?偲ぶ間もなく使い回すって」
「勇敢な若者でした、歳は25くらいで、働き者だったのですがなぜかモテなくて。
嫁はおろか付き合う娘も居ない。本人は早く結婚したいと度々ぼやいておりましたが」
「ああ、なんか他人事と思えないなそれ」
「あそこに見えるのがそのグラスの家です」
村長が指を指したのは、井戸の広場から少し離れた村長の家と丁度中間にあるこじんまりとした家だった。
「あの家か、グラスと言う名前だったのか」
「はい」
「なあ村長さん、あの家しばらく使わせてもらえないか?」
「ええ、かまいませんが」
「とりあえずこの村が落ち着くまでここに滞在しようと思う、また狼が出ないとも限らないし」
「おお、是非そうしてもらえると助かります」
「じゃ、決定だな、用心棒代わりってことで。
ちょっと待っててくれ」
圭はそういうと8本の角を抱えてグラスの家に入った。
家の中は、どっ散らかっていた。
「あー、そうだよね、男の独り暮らしってこんなもんだよな、でもちょっとは片付けようよ、これじゃモテないのもわかるわ~」
仕事は出来ても私生活がダメなパターンの典型。
その見本たるこの部屋の惨状、台所に食器の山、そこはかとなく漂う腐臭。
床に散らばった衣類とゴミと日用品。
茶色く黄ばんだベッドシーツとかけ布団。
「やっと手に入れた異世界生活のスタートがコレですか、ハーレムなんてクソ喰らえって環境だなこりゃ」
うなだれても始まらない、床に散らばった適当な布を掴んでその布に角をまとめて包み込んだ。
どこか隠す場所がないかと考えた末、定番中の定番、ベッドの下に隠すことにした。
再び広場に戻った圭は村長と話しを進める。
「おまたせ、それにしても凄い家だった」
「いやはや、申し訳ないです、村の女衆が帰ってきたら掃除させますので」
「そうしてもらえると助かるよ。
それで、村人を戻す前にまずやることなんだけど。
領主に出した討伐の要請って今どうなってるんだ?」
「あ、そうでした、どうしましょう、一角狼は倒してしまったんですよね。
時間的にはまだ領主様の街に着いてはないと思うのですが」
「狼が出たのが3日前だっけ?」
「はい、この村唯一の馬を使いに出してるはずなので、おそらく明日くらいには街に着くのではないかと」
「なら追いかけて止めるしかないか、討伐の兵がこられたら色々と厄介なことになりそうだしな。
魔族が居るってバレたら碌なことにしかならない」
「し、しかし追いかけるといっても馬に追いつくのは無理ですよ」
「それなら大丈夫、俺、フェラーリだから」
「フェラーリ?」
森と村を全速で走り回ってたわかったことは、馬なんて敵じやないってことだ。
この魔族の体にどのぐらいのスタミナがあるかは未知数だがおそらく大丈夫だろう。
「あ、あの、本当に行くのですか?」
圭に語りかける村長の声は少し震えていた。
それは本当に馬に追いつけるのかという不安ではなく、これから自分の身にふりかかるアトラクションに対する恐怖からだ。
「モチのロンだよ村長さん」
圭が用意したのは頑丈そうな1脚の椅子とロープ、それに先ほど旅人のフリをした時に使ったシーツ。
ここまで話しを進めたらもうバレても平気だろう。
全身にシーツを羽織ると村長に向き直る。
「こんには、さっきぶりの旅人です」
「ああああああ! なるほど、そういうことだったのですね」
村長は圭の姿を見て全てを察した。
伊達に70年生きてはいない、驚きこそすれ変装に対して非難するほど野暮ではなかった。
圭が村長に話した内容は至極単純。
圭が村長を椅子ごと背中に担ぐ。
領主の街まで全速力で走り村の使いを止める。
道案内と使いを止める説明は村長の役目。
ただそのままの姿で疾走するわけにはいかない、だから旅人に変装するのがベストだと圭は判断した。
圭の勘では馬で3日なら自分の全速力だと半日、そのぐらいの距離ではないかと。
日没まで時間がない、もし使いの者が夜に宿に入り込んだり、道から離れたところで野営をした場合、
遭遇できなくなる可能性が高くなる、あくまで馬で駆けている状態でないと発見しにくいのだ。
これは時間との勝負だ。
まずは村長が椅子から落ちないようにロープで固定する。
村長の膝には一応念のためわずかな食料と水の入った袋。
そして椅子の後ろに背負うためのロープを結ぶ。
丁度ランドセルを背負うような格好になる。
見方を変えれば姥捨て山に捨てられにいくお爺さんそのものだった。
「それじゃ行くよ、あ、間違っても漏らさないでね、催した時はちゃんと降ろすから」
「善処します」
「まずは隣村に向かって、よーいドン!」
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
隣村とエッサシ村をつなぐ街道に可哀想な老人の絶叫がドップラー効果よろしくこだました。
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