第10話 無かったことにした


 村長の家を後にし、人間と魔族が肩を並べて広場に向かい歩いていた。


「ウォルトさんて呼びたいけど、村長さんのイメージに慣れちゃったから村長さんて呼ぶよ」


「ええどうぞ、お好きなように呼んでください」


 雑談をしながらたどり着いた広場の井戸の前には8匹の一角狼の死体が並べられていた。


「こ、これは!!」


「たまたま遭遇したから、倒しておいたよ」


「なんと、あの一角狼がこんなにも、さすが魔族のブルーレットさんです、これから討伐をしてもらおうと考えていたのに」


「クライアントからの依頼には先回りして対処しておく、出来るビジネスマンの鉄則だよ」


「ビジネスマン?」


「ああーなんでもない、コッチの話しだ」


「こいつらが、こいつらが村の者を……」


 狼の死体を見つめる村長の手は硬く握られ震えていた。

 こいつらに村の仲間を殺されたかと思うと憤りを感じずにはいられない。

 できるものなら自分の手で仇を取りたかった、だがその仇をとってくれたのは隣に居るこの魔族だ。

 なんて人間は無力なのか、怒りと悲しみと、急展開した結末への戸惑いと安堵、いろんな感情が渦を巻き村長の心に現れる。


 村長の肩にそっと手を乗せる圭。


「俺に今の村長さんの気持ちがわかると言えばそれは嘘になる、でも嘆く前にしなきゃいけないのは、この村をできるだけ早く元の状態に戻すことだ」


「はっ、そうでしたね、悲しみに暮れる時間は何も生み出しません、村を元に戻すのが村長である私の仕事です」


「そうだね、避難してる村民をここに戻す段取りを考えようか」


「そうですね、ところでブルーレットさん、この死体、傷がまったく無いように見えるんですが」


「あ、忘れてた、村長さんに見てもらいたいものがあったんだ」


 ベンチの脇に無造作に置いていた8本の角を持ってくる圭。村長にそのうちの1本を渡す。


「折ったら取れた、狼の角」


「ええええええええええええええええええええええ!」


 出会ってから一番大きな声で驚いた村長、このままポックリ逝ってしまいそうな勢いだった。


「この角、一応倒した証拠として回収しておいたけど、何かに使えるかな」


「使えるも何も一角狼の角は国宝に匹敵する希少品ですよ! しかもそれが8本て!」


「え? そうなの? けっこう簡単に折れたよ」


「一角狼の角は魔力溜りですからそんなに簡単には折れない筈ですよ」


「魔力溜り? あ、村長さん、実は俺、ぶっちゃけるとそこらへんの知識はなんにも無いんだよね。

1から色々教えてくれるとありがたい」


 素直にぶっちゃけた、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥である、無知を素直に認めるのはビジネスマンとして可愛がられるコツである、

知識をひけらかす相手に「いやー知りませんでした、博識ですね」とおだてるとさらに高得点である。まあ、これは日本ならの話しだけど。


「そうですか、旅をされてると知らないままのことがあるかもしれませんね」


「そういえば一角狼のこと魔獣って呼んでたけど、動物と魔獣に違いはあるの?」


「魔力を持たない生き物が動物です、牛は豚などの家畜も動物ですね」


「ほうほう」


「逆に魔力を持っているものを魔獣と呼びます。

そして魔獣は体のどこかに『魔力溜り』をもっています。

普通は体の中にあるのですがこの一角狼は角に魔力を溜めるんです。

魔力が溜めてある角はとても硬いのですが、狼を殺すと魔力が体内に拡散し角はボロボロになって朽ちてしまいます」


「え、でもこの角はボロボロじゃないよ」


「はい、殺す前に角を折ることができれば、魔力は拡散せずに角の中に閉じ込められ結晶化します。

その角は元の角よりもはるかに硬くめったに手に入らないことから、商人の間でも値段が付けられないといわれています。

ちなみに生きたまま角を折られた狼は魔力溜りを失ったことになるのでその場で死ぬらしいです」


「あーそういうことだったのか、全て納得したよ」


「それにしてもこの角、完全品ですよね、この国にすら1本と無い希少品ですよ。

腕利きの冒険者が何人も手を組んで多大な犠牲を払い手に入れられるかどうかの品なんです。

それも硬すぎて根元から折るなんて不可能とされてます、せいぜい先っぽとか半分とかなんですよ」


「あー、つまりこれは、あれか、打楽器に使ったら怒られちゃうタイプのやつか」


「楽器に使うなど聞いたことないですよ!」


「ですよねー」


「おそらくこれ1本、国王様に献上したら領地付きの爵位がもらえますよ」


 異世界転生、しょっぱなからヤバイブツを手に入れてしまったようだ。

 こんなものが市場に流れたら経済を破壊しかねない。

 あまりいい未来が見えないからこいつの扱いは慎重にしよう。


 そう考えた圭は村長に向き直りその両肩をガシっと掴んで真っ直ぐと見つめこう言ったのだった。





「村長さん、この角は見なかったことにしよう、それがお互いのためだ、角は朽ちて無くなった、そういうことで」





 思いっきり無かったことにした圭だった。

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