第6話 第一村民発見
なだらかな傾斜の草原を少し降りるとそこは一面の麦畑だった。
いくつかの区画に区切られた麦畑と区画にそって数本走る畦道。
その畦道の先にある集落に向けてゆっくりと歩みを進める圭。
「麦畑か、田んぼの稲ならいくらでも見たことあるけど 麦は初めてだな」
8本の角を左腕の中に抱え直し、右手で麦の穂をすくってみる。
サラサラと手の中をすべる穂は軽くもあり、そしてしっかりと麦の重みも感じ取れる不思議な感覚だった。
もう少しで陽が昇る、陽に照らされた麦畑は写真で見たことのあるそれとは違う綺麗なものなのだろう。
だいぶ育っているようにも見えるこの麦が、収穫時期なのかそれともまだまだ先の収穫なのか圭にはわからない。
だが風に揺れる穂を見る圭には、稲と同じ感覚ならもう収穫して良さそうな実り具合のように思えた。
ここに四季があるなら秋といったところか。
薄暗かった空が段々と青みがかっていく、両足が踏みしめる畦道もはっきりと見えるようになってきた。
地球と同じ感覚ならあと30分もしないうちに太陽が地平線から顔を出すだろう。
そうこうしているうちに圭は民家が不規則かつまばらに立ち並ぶ集落にたどり着いた。
村と呼んでいいのかどうかは疑問に残るが、村を囲う柵とかそういったものはなく、どの方向からでも村に入れる。
ただ、村の中心部には井戸を中心とした広場があった。
圭は井戸の周りに無造作に置かれている木製のベンチに腰をかけ一息つくことにした。
「農家の朝は早いって聞くけど、さすがにこの時間に出歩く人はいないよな」
そう言いながらベンチの脇に抱えていた狼の角を置く。
見渡してみても、当たり前だが人の気配は全く無い。
「さて、第一村民が起きるまで、ぼーっとしますかね」
それからしばらくして太陽が地平線から顔を出した、しかしまだ民家から人が出てくる気配はない。
「完全に明るくなったな、しかし暇だ、スマホが欲しいでござる」
独りごちてもその台詞を聞く者はここにはいない。手持ち無沙汰に困ったところで住人が起きているかもわからない民家に押しかけるのは、日本人の圭としては非常識に思えたし、ドアをあけたら魔族の姿でオハヨウゴザイマスってのも阿鼻叫喚の未来しか見えない。
やはりここは動かぬのが吉だろう。
思えば転生する前はかなりの修羅場だった、あの地獄の2週間のを乗り切る前に死んでしまったが、寝不足の疲れというのは言葉では言い表せないストレスだと思う。
残された会社の同僚には悪いが降って沸いたのんびりできる時間だ、このまま丸一日ベンチでぼーっとしててもいいと思えるほどこの幸せな時間をかみしめたいと、圭は昇った陽の光の温かみを全身に感じながら思ったのだった。
そして数刻。
「うっがーーーーー!
おそい! 誰も家から出てこないっておかしくね? 多分だけどこれ、もうお昼の時間だよね!
なんか俺、デートですっぽかしくらった寂しい男みたいじゃん!
うん、デートなんかしたことないけどね、ああ~デートしたかったなぁ」
退屈は人を殺す、とまではいかなくとも、圭の「ハイパーのんびりタイム」も半日もたずしてその均衡を破った。
「よし、なんか人がいなさそうな予感しかしないんだけど、かたっぱしから民家に突撃すっか」
言うや否や、パシンと両膝に手を打ち付けて立ち上がった圭は適当に民家のドアの前まで来た。
まずは1軒目。
「こんにちはー、宅急便でーす、アマゾンからのお届け物でーす、誰かいませんかー」
ドンドンドンと扉を叩きながら、声を張り上げるも、無反応。
「うーん、時間指定しておきながら不在とかどういう教育受けてんだよ、しかたない、ここは不在票を……ってチガーーウ! そーじゃねーんだよ!
やはりアマゾン作戦はダメだったか。
しかし誰も居ないみたいだな」
一応確認ということで、扉に手をかける圭。
「誰もいませんねー、鍵はかかって……ないな、あっさり開いたよ。
ちょっとおじゃましますねー、魔族っぽいけど怪しい者じゃありませんよー」
身長が高いうえに角が生えている圭は、扉の三方枠に頭をぶつける心配から身を少しかがめて家の中に入った。
中は土足で床板も無くむき出しの土、みすぼらしい民家の外見通りの簡素な間取りに、使い古された生活用品がその空間に収まっていた。
無人であることには変わりないが、長くの間この家が放置されていたようには見えない。
その証拠に台所にあった野菜などの食材が腐ることなく置いてあった、早朝から誰も見てないとすると昨日から無人なのか、
それともここ数日で住人が居なくなったのか、考えても始まらないと思い圭は居間から奥の部屋へと続く扉に手をかける。
「んー、ここは寝室か、ベッドに収納と日用品……、そして誰も居ない」
情報といえる情報は特に得られなかった、気を取り直して2軒目の民家へ向かうことにする。
2軒目。
「すいませーん、国税局の者ですけど昨年度の確定申告についてお聞きしたいことがー」
3軒目。
「すいませーん、カレーを作りすぎちゃってー」
4軒目。
「奥さん、大変です! ベランダからお布団が風でおっこちてますよー」
5軒目。
「やべっ、5軒目でもうネタがない、すいませーん、なんかよくわかんないけどアレがアレでアレだから誰かいますかー」
もうなげやりである。
誰も出てこないだろうとタカをくくってふざけていたが、ツッコむ人がいないとそれはそれで虚しいものがある。
そんなこんなで22軒回ったが全て空振りに終わった。
「ここが最後の家か」
集落の広場から少し離れ奥ばった所にある少し大きめの家、立地条件といい大きさといい集落の長が住むと思われる家の前に圭は立った。
これが村ならきっと村長的な人物の家になるのかもしれない、それかただの小金持ちか。
「よし、23軒目、今日こそは新聞を取ってもらうぞ!
すいませーん、奥田新聞ですが誰かいませんかー、今なら洗剤付けますよー」
ドンドンドンと扉を叩くのも何回目か、これでダメならもうお手上げである。
「3ヶ月でいいんです、契約取らないと帰れないんですよ、助けると思ってお話だけでもお願いしますー」
どうせ誰も出てきやしないと一人コントを続ける圭。
「やはり誰もいなそうだな」
踵を返し扉の前から立ち去ろうとしたとき中から声がした。
「誰じゃ、助けか! 助けが来たのか!」
「ん? 声?」
圭の耳に聞こえた声はある程度歳のいった男性と思われる声だった。
人がいる! やった、異世界に来てはじめての人類に遭遇ですよ!
いやーもうホントにダメかと思ったけど最後の最後で人に会えたよ!
「やっと助けが来たか、以外に早かったのう、どれ今開けるからの」
扉が開くと中から覗いたのは一人の老人だった。
「どうも、こんにちはー」
気さくに片手を挙げ挨拶する圭だったがその姿を見た老人はすぐさま驚愕した。
「ひっ、ま、魔物!!!!!」
老人はそのまま白目をむいて倒れた。
「あーーー、うん、そうだよねそうだよね、気絶するよね普通は。
俺も玄関開けてライオンが立ってたら『ここはサバンナかよっ!』って叫んで気絶する自信あるわ。
でもわかってたけど、わかってはいたけど実際に気絶されると凹むよな」
さてこの状況、どうしたものか。
ここに来るまでの間、考えなかったわけではない。
1・攻撃される。
2・気絶される。
3・逃げられる。
4・てふてふ、てふてふが飛んでるよ。
5・ペロペロペロクンカクンカスーハースーハーペロペロペロ。
うん、5番目は無い、ってのはわかってる、でも候補に一応入れておきたいんだ、だって男の子だもん。
「しかし2番目の気絶か、至近距離でいきなり見たらそりゃ気絶しかないよな、老人だし」
とりあえず倒れたままの老人をそのままにしておくのは気が引けたので、抱きかかえ適当なソファーに寝かせた圭。
手ごろな椅子を引き、それにドカっと腰を下ろすと、横たわる老人を眺める。
「これが第一村民発見か、居ないよりはマシだけど、できれば老人より美少女がよかったな」
本音ダダ漏れのなか、圭は老人が目が覚めるまでしばらく待つことにするのであった。
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