第4話 痛くないのです

 圭の腹部に衝撃が走る、牛ほどの質量をもった巨体の突進、その体重を乗せた角による一点の衝撃だ。

 無意識に足に力を入れ後ろに吹き飛ばされないように踏ん張る圭、その踏ん張りはかるく両足を地面に食い込ませたが倒れるまでには至らなかった。

 怖くて閉じていた両目を開ける……。



「え? なんで」


 目の前の狼と自分の腹部を凝視する、そこには本来なら腹部を突き破っていたはずの大きな角が1ミリも食い込むことなく腹部で止まっていた。

 普通の人間なら即死レベルの攻撃だったはずだ、それが痛くもないし刺さってもいない、どゆこと? 


 再び圭からいったん離れた狼は次に口を大きく開け圭の左腕に噛み付いた。


「うおっ、今度は腕かよ、ってなにコレ、全然痛くないんだけど」


 圭の腕におもいっきり噛み付いてる狼は引きずり倒そうと頭を激しく振るが、足を踏ん張る圭はびくともしなかった。

 それどころか噛み付いた牙は腕にこそ取り付いているものの、皮膚に刺さることは無かった。


「んーとつまりこれは、この魔族の体が強いってことなのか、これが不死の体ってことなのか、どっちなのかよくわからないな」


 痛みが無いという事実に圭はだいぶ平静を取り戻していた、左腕に噛み付いたままの狼を観察する。

  

「うーん、考えてもさっぱりわからない、けど痛くないなら倒すしかないよな」


 おもむろにあいてる右手で狼の角を掴む圭、今度は体をよじり逃げようともがくが握られた角がびくとも動かない狼。

 そのままの膠着状態が続く。


「で、倒すっていっても、どーすりゃいいの、スプラッターなのは勘弁してほしいんだけど」


 おそらく今の自分にある武器のようなものといったら両手にある少し長い合計10本の爪だろう。

 しかしこれを使って倒すということは、どう考えても飛び散る肉片と血しぶきの楽しい楽しいワルツになることうけいあいだ。


「いやだなぁこれ、転生一日目にしてグロシーンを見なきゃいけないとか、どーなんですかこれ」


 しばし考えた圭はなるべく楽に血肉を見ずに倒す方法を思いつく。


「できるかどうかは未知だけど、試してみるか」


 そう言うと圭は掴んでいた角の根元に全力で爪を立て始めた、ミシミシと音をたてながら角の根元に爪が食い込みヒビが入っていく。

 そしてパリーンという音とともに狼の角はその根元から割れその頭部から分離した。

 圭の手の中には60cmはあろうかというまっすぐの円錐形の角が握られていた。


「とりあえずこれで心臓のあたりをぶっ刺せば……」


 死ぬだろう、と言葉を紡ぐ前に狼はドシーンという音を立てて地面に倒れた。


「え、なんで倒れたの」


 ぴくりとも動かない倒れた狼を見下ろし圭は呆然とする。

 これは角が折れたショックで気絶でもしたのだろうか。

 それなら殺さなくても済むが先のことを考えると不安がよぎる。


 気絶から回復したとして角を折られた恨みでコイツがまた襲ってこないとも限らない。

 襲われても平気なことには変わりないけどずっと付きまとわれたらそれはそれで困る、というかウザい。

 たとえ遠くに離れたとしてもイヌ科?だろうから鼻が利くだろうし、すぐ追いかけられるよな。


 あーダメだ、結局はトドメを刺さないといけないってことになるのか。


「いや、これもしかして気絶じゃなくて死んでるんじゃないか?」


 さっきからずっとみつめていた圭は気づいた。呼吸による胸部の動きがまったく見られないということに。

 試しに口元に手をかざしてみるも空気が口から出てる気配はない。

 次に心臓のあたりに手を押し付けてみる、やはり鼓動は感じられなかった。


「うん、こりゃ死んでるな、あくまでも地球と同じ生体構成ならの話しだけど。

しかし角を折ったら死ぬとか、この世界の生き物はよくわかんねーな」


 などと言っていると手の中にあった狼の角が突然光り出した。


「あれ、なんだこれ、急に光り出したぞ」


 光は段々と強くなるが、直視できないほど眩しいというわけでもない。

 しばらくみつめてみる、夜中だからなのかもしれないがとても綺麗な光にみえた。

 そして時間にして1分もかからないうちにその光は収まった。


 手の中には元と同じ角が納まってるように見えるけど、ん、なんかちょっと色が違うような。

 でも暗くてはっきりとはわからない。

 暗がりの中で元は白く見えた角が、今はすこし青みがかっているように見える。

 今の光は一体なんだんだろうか。

 ま、考えてもわからないし忘れよう、うん忘れよう。


「ふう、とりあえず、なんとか危機は回避できたみたいだな」


 安堵の息をもらし倒れた狼の前から立ち上がる圭。

 しかし圭の目に映ったのはその安堵を裏切る光景だった。


「一難去ってまた一難かよ」


 そう、圭はいつのまにか囲まれていた。

 さっきと同じ角付きの狼7匹に。

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