第3話 魔族へ転生
森だ。
見渡す限りの木、木、木。
鬱蒼とした森の中、立ち尽くす1匹の魔族。
暗い夜の森の中で一対の赤い眼光が浮かび上がる。
その赤い目が森と自分の肢体を認識する。
「ああ、ついに転生したんだな俺」
まじまじと見つめる自分の体、暗くて色はよくわからないがそのビジュアルは人間のそれとは大きく異なっているのがよくわかる。
筋肉の塊にしか思えない太い腕、大きな手のひらに5本の指、その指の半分から先は曲がった円錐形の太い凶暴な爪。
腹部は腹筋のところだけプトテクターのような横線の入った体皮とは違う色の模様、よくドラゴンの腹部に描かれるようなデザイン。
足はこれまた太い筋肉に3本指の爪、爬虫類の足のようだった。
「はぁ~、まんま魔族というかイラストでよく見る悪魔みたいないでたちだなこりゃ」
そのまま手で視認ができない頭部に触れてみる、顔のフォルムは普通の人間と同じような造りだな。
口が若干大きいのと、コレは……牙か?口から下向きに2本の牙が生えている。
耳はというと、ああ、あったあった、普通にあったよ。
そしてその手をそのまま頭にもっていくと。
「髪が!髪がないだと!」
拝啓、父さん母さん、俺は25歳にしてツルッパゲになってしまったようです。
しかし髪はないけど角はあった、左右に1本ずつ少し曲線を描きながら20センチくらいの長さを持つ天にそびえる立派な角。
これで羽と尻尾でも生えてたら完全に悪魔だよな、と背中と臀部を確認するがそんなものは生えていなかった。
「あれ?生えていないといえば……」
恐る恐る大事な場所に手を伸ばす。
「ない、だと!?」
その場で膝から崩れ落ちる圭。
「ちょとまってよ、なんで生えてないの?てかツルツルだよっ!魔族に性別ってないの?
雌雄同体?カタツムリ?
竿がないってどういうことだよ!俺こっちの世界でも童貞確定じゃん!
いや、ちょっとは期待したよ、異世界でハーレムフラグとかさ、だって男だもん。
でもコレはないだろ、理不尽にも程があるだろ!
なんでだよ、シエルのバカーーー!」
男として生まれた以上、叶えたい野望がある、童貞のまま30歳を迎え魔法使いになるわけにはいかない。
だがそんなことは叶わないとこの体がものがたっている。
地面についた両手をぐっと握り締める、手の中につかまれた草と土の感触がこれはリアルな現実だと圭に認識させる。
「いや、まて、まだあわてるような時間じゃない、まだこの世界に来たばかりだ。
まだ魔法使いになると決まったわけじゃない、なにか方法があるはずだ、あと5年のうちに……」
そうつぶやきながら力強く立ち上がる圭。
「それに目的を履き違えるな、ここにきたのは魔族から人間を救うためだ。
間違っても脱童貞をするためじゃない。
……けど、やっぱコレはねーだろ!!」
それから数分後、圭は森の中をテクテクと歩いていた。
「とりあえずは人間のいる場所を探さないとな」
歩いていてふと思う、ナビや地図が見れるスマホがある日本は本当に便利だったんだなと。
ナビは別としてせめて地図くらいは欲しいものだが、ないものねだりをしても始まらない。
「そういえばちょっと視界が高いような……」
圭の前世での身長は172cmだった、ごくごく平均的な日本人男性の身長だ。
だが今違和感を感じる視線の高さは慣れ親しんだ172cmの身長の視点よりも若干高い。
どうやらこの魔族の体は2mとまではいかなくとも190cmぐらいはありそうだ。
誰に聞かせるわけでもなく独りごちる。
「やっぱり身長が伸びてるなコレ」
体格にあわせて身長もそれなりに大きくなってるってことか、当然普通の人間がこの姿をみたら化け物と思うだろうな。
そんな条件で果たして俺はうまくやっていけるんだろうか。目下のところ不安しかない。
そんな感じで色々と戸惑いながらも現状の自分を確認しながら森の中を進む圭。
木々の切れ目から見える星空と、わずかな光がさす地面。
だが圭はまだ気づいていなかった、人間の視力では歩くことすら困難な夜の森を、なんの迷いもなく平然と歩いてるその視力に。
いや、視力というよりは夜行性動物が持つ夜目と言ったほうが正確だろうか。
大きく赤い瞳、その瞳に縦長にひかれた猫のような黒目。
夜行性動物特有のその目は他の魔族が同じように夜目が利くという事実にほかならなかった。
だが圭にそれがわかるのはまだだいぶ先の話になる。
今はただあてもなくただひたすらに歩くのみ。
なるべくまっすぐ歩く、この森の大きさがどれくらいかはわからないが、まっすぐ歩けばそのうち森から出られるだろう。多分。
ガサッ。
風もなく自分が踏みしめる草の音しか響かないこの森で、少し遠くから葉のすれる音が聞こえた。
「ん?何かいるのか……、ってそりゃそうか、夜の森で何か居ないっていったらそれは嘘になるよな。
何かしらの動物がいるのは当たり前だよな~、てか普通に怖いんですけど」
歩みを止め、音がした先をじっと見つめる圭。
ガサッ。
「気のせいならいいんだけど段々近づいてきてない?どうするか、逃げるか?
いや、逃げるってどこに逃げるんだよ」
転生して初めての出来事に対峙する覚悟を決めることすら間に合わないまま、その音の主は圭の前に姿を現した。
木の陰から躍り出たのは1匹の……狼?
いや、でもこれ、俺の知ってる狼とはちょっと大きさが違うというか、なんかデカくない?
「グルルルルルルル」
怖えよ!なんなの、あのうなり声は、完全にコッチがロックオンされてますよ、って良く見ると頭に角生えてらしゃるわよ奥さん!
牛くらいの大きさの狼、そして刺さったら確実にあの世行きの角、どうみても死亡フラグです、大変にありがとうございました。
「怖いけど、この状況なんとかしないとな、てかどうするよ、武器もないし」
じりじりと一歩一歩こちらに近づいてくる角付きの狼、ある程度の距離まできたところでいったん止まるとうなり声と止めた。
そして咆哮、「ワオーーーーーン」と天高く響く咆哮に森全体が震える。
咆哮から視線を前方へと移した狼は、それまでのゆっくりな動きとは一転してその巨体から想像もつかないスピードで圭に向かって突進してきた。
「え、ちょっ、まっ、構えとか無理っつーか俺格闘技の経験とかないし無理無理無理!ひっ!」
たじろぎ呆然と立ち尽くすことしかできない圭、かろうじて顔の前で両腕をクロスさせての防御体制を取るが、ガラ空きの腹部に狼の角が突き立てられる。
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