第4章

目を覚ますと昼の12時過ぎだった。


思えば昨日の昼から何も食べていないせいでお腹がすいており、ニコチンを摂取しようにも昨晩最後の1本を吸ってしまったため家に煙草がなかった。


孝樹は重たい体を引きずるように家を出て、いつものコンビニへと向かった。




店に入って無意識にレジのほうを見ると、健介と初めて見る女性店員が喋っているのが見えた。


さすが健介。バイト先の人とも上手くやってるんだな。それに引き換え俺なんて。


孝樹は大学1年生の5月頃からずっと同じ場所でアルバイトをしているが、身を置いている環境も世代もそれぞれ全く異なる人達と上手く関係を築くことができず、結局仕事関係の業務連絡以外でバイト先の人と会話をすることはなくなった。


いつも通り冷凍パスタとカップラーメン、そしてエナジードリンクをカゴに入れると、煙草を何箱買うか考えながらレジへと歩く。


偶然並んだレジには、先程健介と話していた女性店員が立っていた。


胸元には名札が付いており、名前の横に『研修中』と書かれたシールが貼ってある。なるほど、新人か。どうりで今まで見かけたことがないはずだ。


孝樹の前に並んでいた客に対応する彼女の横には健介が立っており、時々小声で何かを言っていた。聞き耳を立ててみたところ、どうやら仕事を教えているようだった。


コンビニは人手不足だとよく耳にするが、まさか学生バイトの健介が新人研修まで任されているなんて。


健介とちゃんと知り合ったのは昨日なのに、もう何度自分との格の違いを見せつけられたことか。



「お次でお待ちのお客様、どうぞ!」



女性店員の声でハッとする。


孝樹は一歩前に進み、カゴをレジの横に置く。



「38番を3箱お願いします」


「あ、ハイ…!少々お待ちください!」



彼女は膨大な数の煙草を前にたじろいでいる。


すると、健介がサッとセブンスターを3箱取り出し、笑顔で孝樹に差し出した。



「38番って聞こえてきてすぐ孝樹ってわかったぜ。いつもこれぐらいの時間に来るもんな、お前」


「あ、ああ。ありがとな」


「おうよ。あ、エナジードリンクは飲みすぎんなよ!1日1本までにしとけな」



健介はレジ打ちをしている新人女性店員の方にも注意を向けつつ、孝樹に対してお得意の優しさを振りまいた。


それに応えるようにさっと左手を上げて、会計を済ませた孝樹は逃げるように店を出た。




・・・・・・・・・・




『あ、○○さんスパチャあざっす。えーっと、お前最近就活の話題多くね?クズの自覚足りてねえぞ。というコメントをいただきましたけれども…。えー、そうっすね。…まあ俺ももう2・3年ぐらいぼっち大学生YouTuberなんて肩書きでやってきましたけど、気づけばもう大学4年生の5月半ばな訳ですよ。なんか、時間ってあっという間に過ぎるし、限られたものなんだなってふいに思っちゃってさ。そしたら、途端にクズみたいな生活してる自分が馬鹿らしくなって、それで最近はちゃんと生活するようになったんだよね。え?面白くない?それはスマン。まあとりあえず早寝早起きして、3食食事をとって、授業受けて、就活して。こんな普通の生活めちゃくちゃつまんねえし、今更まともになろうとしたってもう遅いかもしれないけど、当たり前のことを当たり前にやるのが、大人になるための第一歩なのかなって思って…』



思わずパソコンの電源を落としてしまった。


数日前に両親から仕送りの生活費が振り込まれたため、偶然生放送をしていた例のぼっち大学生YouTuberにスーパーチャットを送ってみたのだ。


ただの気まぐれだった。


こいつのことだから、いつもみたいに腐り切った性根を曝け出してくれるんだろうと期待していたのだ。


こいつは俺の“不幸仲間”だから。


社会不適合者のクズだから。


当たり前のことができない怠け者だから。




でも、こいつの不幸度合いもたかが知れていて、俺には到底及ばない。


こいつを見ていると安心できた。


こいつみたいな適当なやつでも生きていけるんだから、俺も生きていたって大丈夫だ。


むしろ、こいつよりも不幸なのにも関わらずそれを公に晒さず、今もなお生き続けている俺はえらい。


少々だらしないところがあったって仕方がない。


だって俺は不幸だから。


健介みたいな幸福なやつとは違う。


俺は不幸だ。


俺だけが。


不幸。


………。




………健介が羨ましい。


孝樹は純粋にそう思った。


まだ彼と知り合って日は浅いが、この僅かな期間で孝樹の中の健介はかなり好印象な人物になっていた。


これは健介がもつある種の才能だし、孝樹がもっていないものだ。


人と関わることが苦手で、寧ろ距離をとろうとしてしまう孝樹には、短期間で人を引き付けることは不可能だった。


あんな人間になれたらどんなに幸せだろう。


孝樹は心にぽっかり空いた穴を埋めるように、煙草の煙を肺に取り入れた。


きっと健介は、こんなぼっち系YouTuberなんて見てないんだろうな。


自分と同類だと思っていたこいつが急に真面目になっても、自身との差を感じて虚しくなったりしないんだろうな。


こいつと自分のどちらが不幸かだなんて考えたことも…。




……待てよ?




……俺はなんで、自分が不幸であることにこんなに固執しているんだ?


俺は、自分が不幸であることを嘆いているんじゃないのか?




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