15

 一輝に用意させた白塗りのワゴンに、皆越たちを押し込めた。


 ガムテープで拘束された状態で、屈強な男達がトランクを埋めていく。まだ随分と、人が入るスペースがある。もうじき、ヤクザで一杯になるで在ろう空間を眺めて、今後の事を考えた。助手席には、幸江が乗っている。胸中を占める感情が、如何なる物かは解らないが必ず護り抜いてみせる。


 不意に背後に気配を感じて、振り返ると小柄な男がこちらを見ていた。ほっそりとしている。武装していたとしても死神の脅威には、為り得そうにない男だ。故に自分は油断していたのかもしれない。


「何や、お前は?」


 薄気味の悪い笑みを、浮かべている。


 禿げ上がった頭には、無数の小さな出来物ができていて気持ちが悪い。見ていて不快だった。無言で近づいて来る男から距離を置こうと一歩、後退(あとずさ)った其の瞬間で在った。


「————?」


 気付いた時には、天地がひっくり返っていた。突然、地面が柔らかくなったと思ったら、地面に叩き付けられていた。追い打ちはなかった。只、相手はこちらを見て、笑っている。


 この男がノックなのだろうか。解らなかった。


 只一つ解った事は、自分は投げられたのだと謂う事だけだ。恐らく、相手は合気道の使い手だと推察されるが、候補となる武術が幾つか在るので断定は出来ない。


 起き上がり様に攻められるのを警戒していたが、男は去っていった。


 周囲を沈黙だけが、包み込んでいた。


 視界の隅に停車した黒塗りのベンツに駆け込みながら、男に想いを馳せる。喧嘩師として、心が逸(はや)っていた。今はそんな状況ではないのは解っていたが、男と心ゆくまで喧嘩がしたかった。


 ベンツの窓越しに、斗神會のヤクザで在る事を確認した。男達を引き摺り降ろしては一人ずつ丁寧に、しばき倒してやった。幾許(いくばく)かの時も要さずに、四人のヤクザを沈めてガムテープで拘束する。溝攫(どぶさら)いで、この手の事は慣れてしまっている。人目を避ける為ではなく、警察に通報されて、駆け付けて来られるよりも早く作業を済ませなければ、他人を拉致するのは難しい。


 短時間で無力化して、手早く自由を奪う為に拘束しなければ為らない。


 ヤクザたちをトランクに詰めて、車を急発進させる。道中の山道で、ヤクザを捨てなければ為らない。


 煙草に火を付けながら、幸江に目をやる。無言で只、窓の外を眺めていた。


 ひたすら、車を走らせていく。何台か付いてきている車が在った。


 ノックの存在と、先程の男がどうにも結び付かないが、何処かで決着を付けなければ為らない。手頃な場所まで誘い込んで、纏めてぶっ叩いてしまおう。


 死神に喧嘩を売った事を、たっぷりと後悔させてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

卒業 81monster @todomaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ