14

 フロアのロビーのソファーに、深く腰を落として足組みする男が居た。


 柄の悪い人相に、大きな古傷が付いていた。二人のお供を連れている。男の名は皆越良二(みなこしりょうじ)と言った。


「久し振りやな、旦那ぁッ!」


 其の声には、微塵の好意も感じ取れなかった。


 どうやら、皆越が監視役のようだった。組内でも皆越の評判は、余り良い物ではなかった。構成員をむやみやたらに、痛めつけては己の力を誇示していた。他人の手柄を横取りする所も度々、目撃していた。其の所為で、皆越は周囲に多くの恨みを買っていた。


「ウチを敵に回しても、何の得にもならへんで?」


 其の表情には、余裕が窺えた。


 詰まりは、舐められているのだ。


「今なら、指飛ばすだけで勘弁したる。其の女を、親父に差し出せや」


 要求に応じる気はない。


「何や、其の反抗的な目は?」


 瞳の奥に、怯えが生まれたのを見逃さなかった。


「こんな人の見てる前で、暴れる気とちゃうやろな?」


 焦りの色は、恐怖へと染まる。


「ヤクザが、警察を盾にする気か?」


 俺の問いかけに、皆越が黙り込む。


 ゆっくりと、歩を進めるとお供の二人が遮(さえぎ)ろうとしていた。二人共、筋肉質なごつい男である。恐らく、武道経験者だ。かなりの武闘派で在った。


 ——だが。死神の歩を、止めるまでには至らない。軽く拳を振るうだけで、大抵の男達は沈んでしまう。彼らも例外ではなかった。


 鳩尾(みぞおち)に拳を受けただけで、屈強な男が泡を吹いて気を失っていた。もう一人の男が反応するよりも早く、軽くコンパクトにジャブを放つ。顎(あご)をチップするだけで、脳が揺さぶられてダウンした。


「ま、待てッ!」


 皆越の制止の声も聞かずに、力一杯に拳を顔面に叩き込んだ。


 鼻骨が拉(ひしゃ)げ、歯が砕け散る感触が拳に伝わってくる。


 ——俺は死神だ。誰にも、止められやしない。


 唖然とする幸江の手を引いて、優しく声を掛けた。


「行こうか?」


 直ぐに我を取り戻した幸江が、微笑を返す。


「強いんですね?」


「強いよ」


 ぶっきらぼうに応えると、幸江は悪戯っぽく笑った。


 其の顔が、とても可愛らしかった。


「ビックリしちゃった」

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