一輝との出逢いは恐らく五、六年前だ。記憶は曖昧だったが、其の当時の彼は今とは完全に別人で在った。


 大人しそうな印象で、十歳にも満たない内気な子供。喧嘩とは無縁で、人と関わるのも苦手。だから相手の目線を合わせる事を避けて、下を向きながら話す。声が小さいのも相まって、何を謂っているのかも聞き取りづらい。だから何度も聞き返すのだが、其の度に怯えた表情をする。其の当時も自分は溝(どぶ)を攫(さら)っている真っ最中で、一人の男を殴り倒した後だった。そんな折に、一輝は声を掛けてきた。


 ――僕を、弟子にして下さいッ……。


 か細い声で、精一杯の勇気を振り絞ったのだろう。怯えながら、しどろもどろに理由を説明していたのを憶えている。だが自分は、舎弟を持つ心算(つもり)は無い。死神に馴れ合いは、不要だ。平手で一輝の頬を、軽めに打った。其れでも其の衝撃は、小さな体を倒すには充分で在った。尚も起き上がり一輝は、取り縋る様に志願してきた。二度、三度と繰り返す内に、一輝の頬だけでなく、顔中が真っ赤に為る。血に塗れて倒れる一輝を放置して、其の場を後にした。


 ――俺に勝てたら、舎弟にしたる。


 慥(たし)か、そんな事を吐き捨てた気がする。


 二度目の出逢いは、半年前の事だ。其の時には一輝だとは、気付かなかった。夜道で突然、奇襲を掛けられた所為も在るが、完全に別人と化していたからだ。幾らか場数を熟(こな)して来たのだろう。其の表情には、怯えの色は一切と謂って無かった。驚くべきは其の体格だ。成長期で在るのも相まって、其の肉体は鍛練に依り鍛え上げられていた。強靭な肉体を得る為の代償は、計り知れない苦痛と忍耐だけでは無い。血の滲む様な努力など生温い程の肉体鍛練は、どんなマゾヒストも根を上げる程の苦境の中でのみ手に入る。


 其の年齢で一体、どれ程の修羅場を潜り抜けたのだろう。


 一度、一輝を試してやっても良いかもしれないな。そんな事を幸四郎は思い始めている。其の胸奥(きょうおう)に在る感情は、親心にも近いのかもしれない。そう思うと、滑稽に感じられた。


 ――死神が、舎弟を作る。


 余りにも馬鹿げている。


 況してや、女に密かに慕情の念すら抱いてる。此れではまるで、感情を持った人間ではないか。


 死神に感情は必要ない。


 雪江や一輝への情念を振り払う様に、ワゴンの速度を上げた。

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