午前9時55分。泉佐野駅から南へ徒歩二分の距離に在るパチンコ屋【DERUDE】にて、ゲンちゃんと開店を待つ。


 昨夜は結局、ゲンちゃんに付き合わされて、朝まで呑んでいた。何故か其の勢いでゲンちゃんの提案で、パチンコを打つ事と相成った。そんな俺のバースデー。今日で三十路を迎える俺を知る由も無く、ゲンちゃんは煙草に火を着けた。


「付き合わせて悪いなぁ、いっちゃん。偶には、連れパチも良ぇやろ!!」


 満面の笑顔のゲンちゃんには悪いが正直な処、寝ておきたかった。出来る事なら寝不足の顔で、雫に逢いたくはなかった。……でも、まぁ。ゲンちゃんが楽しそうなので、仕方ないか。親友(ダチ)の誘いは、そう簡単に無碍(むげ)には出来ない。


「ところで、いっちゃん?」


「……ん?」


 パーラメントに火を灯しながら、目線だけを向ける。


「女に惚れたやろ?」


 不意打ちを受けて、俺は激しく咳き込んだ。器官一杯に、ニコチンが沁み込むのが解った。何故、解ったのだ。心が揺れ動いていた。動揺しているのが、自分でも滑稽な程に感じ取れた。生まれて初めて抱く恋心に、戸惑い捲っていた。


「やっぱりな。解り易い奴っちゃなぁ!!」


 ゲンちゃんはポケットから、缶コーヒーを取り出すと差し出してきた。其れを受け取りながら、俺は心を落ち着ける事に務めた。尚も言葉を続けるゲンちゃんの表情(かお)は、愉悦に満ちている。恐らく……と謂うか、絶対に楽しんでいる。


「硬派ないっちゃんが、女に惚れるとはなぁ……。俺は嬉しいねんで?」


 缶コーヒーのプルタブを開けるゲンちゃん。


「ガキの頃から、そんな素振り一切、無かったから……こいつホモとちゃうやろかって、皆で心配してたんやで!!」


 10時を迎えて、人の流れが動き出す。皆、逸る様な足取りで、お目当ての台に向かっていた。列の後方に居た俺達は、ゆっくりと歩いていた。


「……で、初恋の気分は、どんな感じや?」


「おかしく成りそうや……」


 急に真顔で問い掛けられて、俺は思わず反射的に答えていた。と謂う依りも、おかしく成っている。本気で自分が自分じゃなくなりつつ在った。雫を想うだけで、心が騒(ざわ)ついて落ち着かない。どうする事も出来ないのに、居ても立っても居られなく成るのだ。其れが歯痒くて、心が儘為(ままな)らない。こんな事は初めてで、情けない事に不安に成っていた。気を緩めると、雫の事ばかり考えてしまう自分が居る。


 人気の最新台は既に人で埋まっていたので、人の疎らなシマでじっくりと台を選んでいた。


「漸(ようや)く、ミントちゃんに夢中な俺の気持ちが解ったか。惚れたら、周りが見えんく成るやろ?」


 少し翳(かげ)りの在る笑顔で、ゲンちゃんは釘を読んでいた。其の表情が何処か寂しい。男は皆、恋をすると寂しさを内に秘めるのだろうか。俺もそうだった。心の何処かに、穴が穿たれたかの様な気持ちに成って、埋め様の無い寂しさを感じていた。


「いっちゃん、此の台が良さげや。ちょっと、打ってみ?」


 ゲンちゃんのパチンコの腕前は、折紙付きだった。迷わず俺は台に着いた。其の右隣りに座ると、ゲンちゃんは一万円札を投入していた。俺も其れに倣う様にして、紙幣を投入する。玉貸しボタンを押すと、上皿に125の玉が流れ出す。ゆっくりとハンドルを握り込み、右に廻す。打ち出された玉達が、ヘソに吸い込まれていく。最初の抽選で液晶画面の中央に、桜色の図柄が止まり、擬似連が発生する。赤文字で『熱い!!』の文字が浮かび上がる。派手な演出が続いて、思わせ振りにギミックが派手に揺れ動く。再び桜図柄が中央に止まる。


「オスイチ、濃厚やな。多分、来るよ」


 表情を輝かせて、ゲンちゃんが声を弾ませる。見ると、ゲンちゃんの台には『おめでとう!』の文字が浮かんでいた。大当たり確定予告だった。パチンコで人生を破綻させている人間が居ると謂うのに、何と謂う引きとセンスだろうか。ゲンちゃんには、天性の才覚が在る様に思われた。


 三度目の擬似連を経て、ギミックの蝶が降りて、SP(スペシャル)リーチへと発展した。益々、演出は派手に成っていって、画面中央にチャンスボタンのマークが浮かび上がる。迷わず押すと、ボタンがブルブルと震えて再度、ギミックの蝶が降りて来た。


「ほら、来たっ!!」


 画面に並ぶスリ―セブン。二人揃って、お座り一発と相成った。

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