空ろに祈る
「あぁ、恐ろしい……。終末が近いんだ……」
死んでなお燃やされ続ける魔女を見て、男が言った。その隣で焦点のイカれた男が燃える魔女ーーいや、彼女で暖をとっている。赤黒い肌、呆けた口、きっとアヘン中毒者だろう。
空からちらり舞う白雪は炎に呑まれて蒸発し続けていた。
聖都クランベルの中央に位置する大聖教会。その前にある大広場はかつて母と共に礼賛しに来た時は人が行き交う賑やかな場所だったが、今は魔女の死体だらけだった。魔女を入れる墓はなく、骨すらも灰となるまで焼き尽くしてしまおうということらしい。
燃やされる魔女の前には、その者が犯した罪を記した立て札がある。内容は、地震、落雷、不作などなど、多岐にわたっている。
確かに、それらは全て魔女の死によって事態が終結している。
けれど、それは魔女に起因するという証明にはならなかった。
確実に魔女ではなかった母の死とそれによって終わった日照り、病の源だと言われていた魔女の最期の表情。
それらはきっと、ヴィトヒ・ハイマンの死に際の言葉が真実だということを示している。
つまり、災禍に原因は、終末が近い、という人々の不安そのものだ。アータ教はその不安を魔女という人柱を以って、一つ一つ解決してるに過ぎない。
人々が終末が来たと思えば、きっと終末は本当に来てしまう。教皇グスタフ・キリシュライト、きっとそれが彼の世界の救い方なのだ。
けれど。
けれど、俺の中にもまだ燃えている。母の断末魔が木霊している。
自分の手のひらを見遣る。白雪が二つ三つ乗って、ゆっくりと溶けていく。
「嫌だ! 嫌だ! まだ死にたくねぇ! やめてくれ! やめて!」
幻でも見ているのか、先ほどまで暖をとっていたアヘン中毒者の男が突如発狂して火に飛び込む。彼は嬉しそうな顔を浮かべて、炎を抱いている。
そして舞い散った火の粉が空に浮かび消える。
「忘れられるものか」
吐き出した言葉は、白い息と共に。
「お悩み事ですか?」
白い祭服に身を包んだ男が話しかけてきた。苦労とは無縁そうな、柔和な顔つきだ。俺は「えぇ、まぁ」と言って誤魔化す。そして後ろにやった手で短剣の柄に触れる。聖職だ。一挙手にも警戒する。
「人生に悩み事は尽きないものです。特に、こんな世であれば」
「えぇ、あなたの言う通りです。……ところで、どなたですか?」
「これは失礼いたしました。私はこの大聖教会で侍祭を務めているものです。まだ侍祭の身で洗礼名を頂いておりませんので」
アータ教で聖職になるには、まず親からもらった名を神に返し、侍祭という見習い期間を経てから助祭となり洗礼名を与えられる、という手順がある。
つまり彼は見習い。ならば魔女狩りの真実も知らないだろう。無論、俺のことも。
短剣の柄から手を放す。
「そうでしたか。お声掛け、ありがとうございます」
「酷い世ですから。魔女が跋扈し、世は荒れている」
「終末が近い、らしいですね」
「えぇ、教典にある終末の日付はまだ遠いはずですが……。魔女たちが何かしてるのかもしれません」
心が波立つ。しかし、俺はそれを落ち着かれることには慣れている。顔にも出さない。
「魔女が終末を早めている、ということですか?」
「えぇ。だから教皇キリシュライト様は寝る間も惜しんで神判を行い、魔女を神火で浄化しているのです」
その言葉に耐えられず顔をしかめてしまうが、気づかないまま侍祭は続けた。
「ご安心ください。明日はアヘンを流している魔女が粛清されます。そして、あの場所からキリシュライト様が直接お話しなさるそうです。御言葉を拝賜すれば、あなたの悩みも晴れるでしょう」
侍祭は大聖教会の二階に突き出すテラスを指さした。
俺はそっと腰の短剣を撫でる。
「へぇ……。それは楽しみ……ですね」
明日、全てを終わらせる。
そう、心に誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます