第03話 今はまだ何も……

「敦、起きなさ~い。彼女来てるわよ」

「後、5ふ――」

 寝返りする瞬間、敦は飛び起きてしまう。先日、安眞木とは放課後デートはしたが別に付き合っているつもりはなく、もし付き合っている事になっており、それを母親にバレたとすれば……考えるだけで背筋が凍ってしまう。

 敦は、急いで着替え身支度をし階段を駆け下りてリビングの方に顔を出す。

「おはよ――」

 と、リビングに顔を出した瞬間だった。先程まで料理で使っていたであろう包丁が敦の首元に構えられている。

「あら、おはよう敦。ナニ、この娘が彼女なら大切になさいね。もし、別れたり浮気したら喉元切るわよ」

「はあ、母さん何か早とちりしてるようだけど……」

 敦は安眞木を見ながら顎でサインをだす。

「あ、あの、私、あ、あの」

 デート時の威勢はどうしたのやら、安眞木は完全に敦の母親に怯えている。

「母さん、この娘は彼女じゃないよ。クラスメイト」

「あら、そうなの?」

 敦の母親は、安眞木を見る。

 安眞木はビクッっと体をブルつかせながらも首を縦に振る。

「な~んだ、まあ敦にこんなに可愛い彼女が出来る訳ないわよね」

 ごもっとも話で言い返せない自分が悔しい。

「安眞木もおはよう、今日はどうしたんだ」

「一緒に……登校したくて」

 顔を耳まで真っ赤にする安眞木に俺はフリーズしてしまい、母さんはと言うと昇天した。



「二人とも気を付けてね」

『いってきます』

 二人になると唐突に会話が激減する。

 敦が先に歩き、その斜め後ろを安眞木が歩く。

「ねえ、アンタのお母さんってさ、今までに何人ヤってきたの」

「誰もヤってねーよ、人の母親を何だと思てるんだ」

「いやだって、あの顔完全に何人かヤってるって」

「おまえなあ」

「よーっすお二人さん」

 声を掛けてきたのは敦の小学校以来腐れ縁で親友の黒河蓮だった。

「おっす、黒河」

「おはよう、柴田くん」

 その次に声を掛けてきたのは、初恋の相手だった黒崎だ。

「朝から自慢しますね、黒カップルさん」

「おうよ、今じゃ新一年生の中ではアイドル級の可愛さだもんな、優衣」

「そ、そんな事ないよぉ」

 黒崎は顔を赤くし照れながら、黒河をこずいている。

「お、そうだ。恋華もはよっす」

「おはよ」

 安眞木は黒河と一言だけ挨拶を交わすと小走りに学園へと向かった。

「なんだ、あいつどうかしたのか」

 親友に向かって、お前の所為だよとは言えず、俺は小さくなっていく安眞木の背中を見ている事しかできなかった。

「さあな、日直だったんじゃねーの」

「そうか」

(俺も今の気持ちでは、二人と登校は無理だな)

「悪い、俺担任に頼まれ事してたから先に行くわ」

「お、おう。気をつけてな」

 全く、俺はまだ黒崎を諦めきれてないのに無性に安眞木の事がきになってしまう。



 敦は、登校して直ぐ職員室へとは向かわず屋上へと足を向かわせた。

(やっぱり、ここに居た)

 屋上の隅に居たのは安眞木だった。

 フェンスにもたれかかりながら体育座りしている。

「おい、パンツ見えてんぞ」

 安眞木はそっと、座り方を直しスカートで膝まで隠す。

「まあ、気にするよな。俺だって少しだけだけど辛かった。お前が黒河を簡単に諦めきれないように俺も黒崎の事を諦めきれないしな」

「分かってる、努力仕様がないのも。けど、やっぱり無理」

「こればっかりは難しいよな、俺は、頑張れって虫のいいセリフは言わないし、かといって諦めろとも言わない、けど、安眞木が後悔しないくらいは俺が手伝ってやる」

「うん、ありがとう」

「さ、教室戻ろうぜホームルーム始まる」

 敦は、安眞木の安心した顔を見るや否や教室へと足を運ぶ。

『……好き……かも』

「何か言ったか?」

「何でもないよ、ほら行こう」

 全く、喜怒哀楽が激しいお嬢様だことで。

 敦は、自分の中に新しい感情が芽生え始めてるとをまだこの時は知る由もなかった。

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