第23話 対峙
「いやぁ、、よがっだ!よがっ、、!ゴホッ、ゴホッ、、」
肉を頬張りながら、無理やりしゃべっているのは、もちろん吉永君だ。むせている。
まこちゃんが呆れ顔で、飲み物を差し出した。
「食べるか喋るか、どっちかにしろよ」
恭ちゃんが、笑って言う。
「俺に感謝しろよ!」
えへん!と吉永君が威張って言った。
「あんまり恭一がヘタレだと、俺はお前の目を覚ますために、往復ビンタしてたかもな!」
そんなヒーロー気取りの吉永君に、恭ちゃんは、
「そうか、、。吉永、あの時俺は、竹刀を持っていたからな。」
不適な笑みを浮かべて言った。
「やややめろよ!お前に竹刀は危険だ!」
吉永君が如何にも痛そうな表情で、両手を挙げて降参のポーズをした。
みんなで笑った。
今日は、久しぶりにうちの庭で、皆で集まってバーベキューをしている所だった。
「お兄ちゃん!ウインナー焼けたかな?」
キラキラした目で、由貴君が恭ちゃんを見上げている。
「そろそろ、いいかな?由貴、熱いから気をつけろよ。」
「うん!」
気をつけてと言われたのに、一口でウインナーを口に入れ、あちちと熱がっている由貴君に、恭ちゃんが慌てて冷たい飲み物を飲ませている。
笑い声が絶えない。
雲一つない、いいお天気の日だった。
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あの日から恭ちゃんは、今まで通り、私の側にいるようになった。お互い忙しくて、以前より会う時間は少なくなったが、気持ちが通じ合った今、一緒に過ごす時間は私にとって何より幸せで、満たされた時間だった。
一方、加賀さんは、、私の気持ちを伝えても、諦めないと言っていた。
「俺も、きみとの時間が欲しいな。」
研究室からの別れ際、決まって私に言うのだった。
困った私は、そのたびに、きっぱりと断っていたが、加賀さんの瞳は何かを考えているようで、、怖かった。
私は相変わらず、昔のことは思い出せずにいた。
でも、それでいいと思った。
秋になり、信大の学園祭の季節になった。
「俺、行ってもいいかな?」
恭ちゃんが言った。医学部を目指しているから見学したいと言ったが、たぶん恭ちゃんは加賀さんに会うつもりだと、そう思った。
「うん、、、私も、研究室で出展するんだけどね、、」
「加賀さん、がいるんだろ?」
恭ちゃんが言った。
「まったく!莉央とられないように、見せつけてやらないとなー!」
「恭ちゃんてば」
恭ちゃんは、ふざけて言ったが、その瞳の奥は、真剣そのものだった。
「おお!未来の後輩!」
吉永君がそれはもう、嬉しそうに言った。
「・・・やめろよ。補欠で入ったくせに。先輩面するな。」
「なんだとう!まぁ、いい!俺は先輩だからな。特別に、校内を案内してやろう!」
「莉央に案内してもらうから、いい。」
「・・・!!」
恭ちゃんに案内を断られて、吉永君はショックを受けていた。そんな吉永君を見て、恭ちゃんは面白そうに笑った。
学園祭当日、恭ちゃんは一人で信大に来ていた。まだ中2なので、大学のオープンキャンパスを兼ねたこの学園祭に、来る方が珍しいだろうが、大人っぽい恭ちゃんは、高校生くらいには十分見えた。
「受験生かな?寄っていかない?」
背の高く目立つ恭ちゃんは、かなり声をかけられたそうだ。(吉永君もかっこいいが、女子に声をかけられたのはもっぱら恭ちゃんだったらしい。・・・妬けてしまう。)
私の薬学部に、2人はなかなかたどり着けずにいた。その頃私は、同じ研究室だったので必要な話はしていたが、加賀さんとはなるべく距離を置くようにしていた。
だけど、この日加賀さんは、なかなか私の側を離れようとしなかった。
ちょうど、加賀さんが席を外していたとき、
「こんにちは!」
恭ちゃんが、ひょっこり顔を出した。
同じ研究室のリケジョ達が、色めき立っているのを感じた。誰あの子?かわいいと言っているのが聞こえる。
私は座って顕微鏡の準備をしており、プレパラートのピントを合わせているところだった。
女子達のそんな言葉に、ちょっとムッとしたが、恭ちゃんはそんな声を聞いてか聞かずか私に真っ直ぐ近づくと、
「莉央、おまたせ。吉永がおっそくてさ。」
と、座っている私を後ろから、包み込むような姿勢で机に手をついて、顕微鏡をのぞき込もうとした。
吉永君はどこかに置き去りにされたらしく、研究室に入ってきたのは恭ちゃん一人だった。
恭ちゃんの頬と、私の耳が触れそうな距離にあった。
「きょ、、」
「ん?何が見えるんだ?」
"きゃー、彼氏!?"
"加賀さんは、違ったんだー。なぁんだ。"
そんなヒソヒソ話す声が聞こえる。
加賀さんと、そういう風に、見えてたんだ。
恭ちゃんに聞かれたくなくて、慌ててしゃべろうとしたとき、
「ミトコンドリア」
入口の方で声がした。静かな、知的さを含む、いつもの彼の声だった。
「人類の始まりから、ずっと俺達の細胞で共存している生き物だよ。そのDNAは、ミトコンドリア・イブとも言われるかな。
、、君は、見学かな?」
見学ではない、と知っているはずの、加賀さんの声だった。加賀さんの目は、全てを射抜くように、鋭く恭ちゃんを見つめていた。
恭ちゃんは、そんな加賀さんを真っ直ぐ見据えた。
何かが始まるーーーーー
そんな、予感がした。
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「少し、話そうか。君も、僕と話したいことがありそうだし。」
そう加賀さんに言われ、カフェの外で、私と恭ちゃん、加賀さんが、テーブルを囲んで座っている。
長い沈黙が流れたあと、
「莉央は、俺と付き合ってる。だから、誘うような言葉は、かけるな。」
恭ちゃんが強い口調で言った。
静かにコーヒーを飲んでいた加賀さんは、
「それは、莉央ちゃんの気持ちだよね。じゃぁ」
恭ちゃんが息を飲むのが分かった。
「莉央菜の気持ちは、どうなのかな?」
「、、、え?」
先に、私が口を開いた。
何?なんて言ったの?
なぜ、この人は莉央菜を知っているの?
この人も、私の、昔の記憶の1人なの、、?
私は、動悸と頭痛が止まらなかった。
手先が冷たくなっていくのが分かる。
思い出したくない。
何かを、思い出してしまいそうで、怖い。
そんな私に気づき、恭ちゃんが私の手を握った。
「その分だと、彼女に何も話してないみたいだね。莉央ちゃん、君と僕はーーー」
「やめろ!!莉央が混乱してる!」
恭ちゃんが私を心配し、途中で遮ろうとしたが、構わず加賀さんは言葉を続けた。
「僕たちはね、
夫婦だったんだよ。
覚えてないかな?」
加賀さんの言葉が遠くで聞こえた。
何を言っているの?
分からない。
私はひどい頭痛とめまいで、頭を抱えた。
「やめろ!莉央が苦しんでるだろ、無理に思い出させようとするな!」
「ずるいよ。」
加賀さんが悔しそうに言った。
「恭一郎、君は僕に、悪いとは思わなかったの?何も知らない莉央菜を、まんまと手に入れて。」
「・・・!!」
恭ちゃんが、加賀さんを睨みつけた。
「いい加減にしろ!!
俺達は、、、俺達は、今の人生を生きているんだ!誰を選ぶかは、莉央が自分で選ぶべき事だろ!」
「それなら、、、」
加賀さんは意味ありげな微笑を浮かべ、
「莉央菜、思い出してよ。そして、僕を選んで欲しい。」
恭ちゃんは、加賀さんの胸ぐらをつかみ、言った。
「絶対に、渡さない!!」
何だ何だ、と周りに人が集まり始めた。
加賀さんは恭ちゃんの手を振りほどくと、
「騒ぎはごめんだからね。」
と言い、その場を立ち去っていった。
「莉央!!」
「恭ちゃ、、」
あとからあとから、頬を涙が伝って止まらなかった。
恭ちゃんは優しく、私の頬をその手で包んだ。
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