第21話 記憶の全て
しかし、莉央菜と結納を済ませた後、状況が一変した。
異形達の勢力が、一気に加速し始めたのである。戦いに明け暮れる日が続いた。死闘をかいくぐる毎日の中で、それでも、帰って莉央菜の、愛おしい人の笑顔を見ると、生きている事を実感できた。
莉央菜はいつも、俺を待っていてくれた。
そんな彼女を早く、誰よりも幸せにしたいと思っていた。
その矢先、異形の巣窟で、あの戦いが起こった。父を手にかけた俺は、しばらく何もかも手につかず、戦意を完全に喪失していた。
今のままでは勝てない。
そして俺は、持ち帰った薬草を、いつも懐に忍ばせるようになっていた。
『なんだと?一体、どういうことだ?』
莉央菜の父親は、怒りを含んだ声で尋ねた。
当然だ。俺が、莉央菜との婚約を、、結婚の話を白紙に戻して欲しいと言ったからだ。
『お前が、戦うべき立場だというのは、莉央菜も理解している。それを分かった上で夫婦になりたいと、お互いに望んだのではないのか。にも関わらず、それを理由に結婚を取り消すとは、どういう了見だ!?』
『神崎様、、、』
俺は、言葉を選びながら言った。
『私は、じきに、人でいられなくなります。』
『・・!!』
莉央菜の父親は、怒りに満ちた目を驚きの表情に変え、俺を見つめている。
『私の父は、異形と化して戦いました。あと一歩のところまで追いつめましたが、自我が保てなかったーーー最後は私が、父を手にかけました。』
『恭一郎、、、』
俺は、莉央菜の父親を見上げ、
『次は、私がそのようにして、戦うつもりです。そして、この戦いを終わりにしたい。』
『恭一郎!!』
『莉央菜殿が、、、彼女が、幸せに笑っていられる世界にしたいのです。お側には、いられそうにありません。』
すみません、と俺は小さく呟いた。
『おまえ、、、それしか、方法はないのか?莉央菜は、誰よりもお前の事を想って、、』
苦しそうに、莉央菜の父親が言う。
『ありません。』
きっぱりと、俺は言った。
『最後に、お願いがあります。』
翌日、莉央菜に結婚を白紙に戻すことが告げられた。彼女は泣き叫び、慌てて高峯家へ駆けつけたが、俺は旅立った後で、そこに俺の姿はなかった。
(俺は、高峯の中でも能力が高い。)
なぜか、確信があった。異形を少しの期間なら、コントロール出来るのではないかと。
それでも、しばらくは異形の力を借りずとも、仲間と戦うことで勝利を収めることができた。しかし、あの夜は、、、莉央菜が境内で異形に襲われたあの時、彼女を助けるために、初めて異形の力を使った。そうしなければ、彼女はどうなってしまっていたか分からない。後悔はなかった。
彼女と会うのは久しぶりだった。
半年ぶりだったろうか。
変わらない、真っ直ぐ見つめる瞳。
朝日に美しく照らし出され、その時の俺には、彼女が眩しすぎるくらいだった。
俺は、知っていた。
加賀家と縁談が決まったことを。
あの日、莉央菜の父親に、良い人を彼女に勧めて欲しいと頼んだ。
そして、異形との戦いが終わったとき、俺は死んだと伝えて欲しいと。
この戦いが終わった後、例え自分が生き残れたとしても、変わり果てた姿で、彼女のいない場所で、生き続けるつもりも自分には毛頭無かった。
境内での戦いが終わり、遠くから迎えの声が聞こえた。
俺は、御守りを受け取ると、
『莉央菜殿、必ず、俺が平和な世にしてみせます。』
『恭一郎様っっ!!!』
莉央菜を残し、境内を後にした。
仲間とも別れた。誰にも、もう死んで欲しくなかった。
『そんな、独りで!!俺もついて行きます!』
一番、歳が近くて、気の合う仲間が、言ってくれた。
『吉永。お前は、郷に嫁がいるだろう。早く帰ってやれ。今まで、、ありがとう。お前がいて良かった。感謝する。』
『高峯様!あなただって、、、!』
大切な人が、いるではありませんかーーー、
そう吉永が言う声を背に、俺はその場を後にした。
全てを捨て、戦いに身を投じ、一年くらいたっただろか、最後の異形を倒した。そいつは、こときれる前に言った。
『おまえも、、、異形だが、我らとは全く違う、、、おまえは自分が倒してきたものと、同じその姿で、、生き続けるのは屈辱だろう、、!?後悔するが、、いい、』
俺の身体は、すでにボロボロだった。
人の、形を保ってはいなかった。
すぐに、命を絶つつもりだった。
だけど、最後にーーーーーー。
最後に、どうしても一目だけ、彼女の姿を見たかった。
懐かしい神崎家の庭は、手入れが行き届いていて、平和になったこの世界を象徴的しているようだった。
あの庭で、彼女の手を包み込んだあの日が、懐かしい。
木陰から目を凝らし、俺は莉央菜を探した。
(、、彼女は、、、、)
目が霞む。
身体に力が入らない。
ふと、笑い声が聞こえた。
座敷の障子が明いているようで、
そこには。
莉央菜と、加賀藩主の息子がいた。
目を細めると、自分が以前行った結納を、加賀家と行っている様子だった。
もう、視界がよく見えない。
だけど、彼女は笑っているように見えた。
(良かった、、、莉央菜、どうか、、、、どうか、幸せに。)
俺はそっとその場を離れ、最後の力を振り絞り、山の奥へと向かった。
そこは、川の源流が始まる場所のようだった。
季節は、春だったようだ。
周りの新緑に、木々の優しいざわめきに、生き物達の息づかいに、穏やかな気持ちになる。
そこに水が流れているとは分からないくらい、透き通った濁りのない水が、静かにその流れを形作っていた。
自分は、守るべきものを守れた。
そう、思った。
父上、今、ゆきます。
俺は、己の剣を握りしめ、自らの命を絶った。
俺の記憶は、そこまでだ。
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