第20話 そして、全ての始まりへ
あの後、恭ちゃんからは私にあまり会いに来なくなった。
中学から更に本格的になった、剣道部が忙しいということもあったのだろう。前にも増して、恭ちゃんは部活に打ち込むようになった。
あの日から彼との間に、見えない大きな溝が出来たようだった。
週末、ご飯でもと、うちの親が恭ちゃん達兄弟を誘っても、前みたいに長居する事もなく、あっさりと帰って行ってしまうのだ。
恭ちゃんは、一見普通に振る舞っていたが、私と目線を合わせなかった。
母に、喧嘩でもしたの?と心配された。
まぁ、、今までが、一緒に居すぎではあったのだが。
寂しかった。不安だった。
このまま、距離がどんどん離れてしまうような気がした。
「莉央、元気無いね。」
大学の学食で、まこちゃんが心配そうに言った。
吉永君は、隣でカレーライスをかき込みながら、ぶつぶつ何か言っている。次は、小テストがあると言っていた。
「・・・まこちゃ、、」
私がまこちゃんに話しかけようとしたとき、
「あっ、莉央ちゃん!」
加賀さんが、笑顔で近づいてきた。
「加賀さん、、」
「ちょうど良かった!この間の論文の事だけどね。」
加賀さんとは、研究室が一緒の事もあり、よく顔を会わせていた。
「今日は、この後予定あるかな?良かったら、ちょっと話したいこともあって。」
私が、ちょっと、、と断ろうとしたとき、
「加賀先輩、莉央には彼氏いるの、知ってます?」
まこちゃんが少しきつめの口調で言った。
「彼氏って、、お祭りで一緒にいた、彼のこと?」
「えっ、、?」
加賀さんは、じっと私の顔を見て言った。
あのお祭りに、いた?
あの時感じた視線はーーーー。
「そうなんだ。僕も、もっと早く莉央ちゃんに会いたかったな。まぁ、諦める気持ちはないけどね。」
「・・・加賀さん!私は、、」
「今日は、帰るよ。また明日、研究室でね!」
加賀さんは笑顔になると、じゃぁ、と言って立ち去った。
「莉央、、、あれは、完全に莉央ねらいだね。恭一君とは、最近どうなの?」
まこちゃんに言われ、、私は机に突っ伏して泣いてしまった。
まこちゃんがびっくりして、私の肩を優しくさすっている。
教科書を持っている吉永君が、ぶつぶつと喋るのを止めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
校門に、吉永がいた。
最近、部活が終わるのは19時過ぎだ。まさかずっと待ってたのか?
剣道に集中していると、時間があっという間に過ぎた。余計な事を考えなくて良かった。
「おまえらしくない、精細を欠いてる」
部活の顧問の先生は、がむしゃらに竹刀を振る俺に、怪訝な顔をして言った。
いいんだ、それでーー。
莉央に会いたい気持ちは、どうすることも出来なかったけど、そうやって疲れ果てて家に帰ると、それでも少し眠れる気がした。
怪訝な顔で、吉永の横を黙って通り過ぎようとすると、
「おいおいおい!!!」
慌てて吉永が俺を呼び止めた。
「ーーーどうした?何か用?」
「だから、待ってたんだろ!ちょっと、話がある。」
珍しく、ふざけた事を言わず、真面目な顔で言う吉永がいた。
いつか、莉央と吉永が座っていた、公園のベンチに、今日は俺と吉永が座った。
「何で、神崎を避けるんだ?」
いきなり、本題を切り出すと、
「神崎、、、言い寄られてるぞ。加賀、とか言ったかな。まぁ、好青年だが。誠実そうだし。
それで、お前が知らないとピンチだと思って、伝えに来た!」
加賀を誉めているのか、俺を心配しているのか、よく分からないセリフを吐いた。
聞きたくなかったーーーー。
やはり、運命なのだろうか。
彼女の近くには、、、
「そうか。」
俺は一言そう言うと、立ち上がった。
「なっ、、おまえ、それだけ!?神崎取られてもいいのかよ!?」
静かな公園に、吉永の声が響きわたる。
「莉央が、選んだんなら、仕方ないだろ。」
そう言う俺を、信じられない、という目で見つめ、
「お前らしくない。俺に言っただろ、人生は、一度きりだって。神崎にちゃんと、直接気持ちを聞いたのか?神崎は、、今日、泣いてたぞ。」
莉央の泣き顔が浮かんで、胸が締めつけられた。
莉央はもう、思い出したのだろうか。
思い出さなくても、運命通り、彼を好きになるのかもしれない。
「!!!」
吉永が、俺の胸ぐらを掴んで睨んでいる。
「いいのか!?何に遠慮してんだよ!?神崎は、、、神崎は、きっと、おまえを待ってる。」
言うと、掴んだ手を緩め、じゃあな、と吉永は、とぼとぼと帰って行った。
俺はしばらく、その場を動けなかった。
彼女も、俺の帰りを待っていてくれたのだろうか。
最後に莉央菜を見たときは、俺はもう彼女に会えるような姿かたちをしていなかった。
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異形が少しずつ力と寿命を得ていく中ーーー領主や藩主といったその土地をまとめるもの達には、その昔から異形と戦ってきた家の子孫達が、守るお役目を命ぜられていた。
俺は、莉央菜を守る役目だった。
幼い頃から、陰ながら彼女を守っていた。
莉央菜は、可愛い妹のような存在で、兄弟がいないこともあり、彼女も俺に懐いてくれていた。
成長するにつれ、彼女は武家の娘として、凛としたたくましさと美しさを兼ね備え、俺は、抱いてはいけない感情を抱くようになっていた。莉央菜を、愛してしまっていた。
この感情は、身分の違いから許されるものではなかった。だから、彼女が幸せでいてくれるなら、俺は十分幸せだった。
彼女が14歳の時、莉央菜に結婚の話が持ち上がった。相手はーーー藩主の加賀の一人息子だった。
人望も厚く、財力もある藩主加賀家は、これ以上ない相手だったが、莉央菜は拒んだ。周りも皆、こんないい話を断るなんてと、驚いていた。
そんなある日、莉央菜の父親に俺は呼び出された。
よく晴れた春の日。神崎家の庭で、
『忙しいところ、すまないね。』
莉央菜の父親が、穏やかな声で言った。
『とんでもございません、何か火急の御用事でしょうか?』
膝をついて聞くと、
『恭一郎、顔を、上げてくれるか。』
『はっ』
ゆっくりと顔を上げると、後ろに莉央菜がいた。頬を紅く染めていた。
『、、莉央菜殿?』
『恭一郎、そなたは莉央菜をどう思う?』
『?それは、、どういった意味でしょうか?』
『幼い頃より一緒だったゆえ、おなごとしてはみていないだろうか?』
『それは、、、』
莉央菜の父親は何が言いたいのだろうか、そんなこと、自分が一番よく知っている。彼女が、愛おしくて仕方がない。
訳が分からずに言葉を発せずにいると、
『いや、回りくどい言い方をしてしまったの。つまり、莉央菜が、そなたの妻にというのは、考えにくいだろうか。』
『え、、、』
莉央菜は真っ赤になって、両手で顔を覆っている。
『神崎家は、莉央菜が一人娘ゆえ、そなたが莉央菜を望んでくれるのならば、できれば婿に来て欲しいのだが。』
俺は信じられない気持ちで、しばらく返事が出来ずにいた。
『私は、、、高峯家とは身分があまりに違いますが、、そのようなこと、許されるのでしょうか?』
『莉央菜がのう、そなた以外とは絶対に夫婦にならないと駄々をこねて』
『お父様!!!』
莉央菜が悲鳴に近い声をあげた。
『どうかな、恭一郎。今すぐに返事が出来なくとも、少し考えてみてはくれぬか。私も、そなたが息子になってくれるのなら、この上なく心強い。』
こんなーーー。
こんな、夢みたいな事があるだろうか。
ずっと見つめるだけだった彼女。
その彼女の一番近くで、人生を共にできるなんて、考えたこともなかった。
『、、、良いのでしょうか。私は、、』
莉央菜が、固唾を飲んで俺の言葉を待っている。
『私は、罪深き人間です。自分の立場をわきまえず、、、莉央菜様を、以前からずっと、、、愛しております。今日、このお話が無ければ、墓場までこの気持ちを持ってゆくつもりでした。』
莉央菜の父親の方へ真っ直ぐと向き直り、
『神崎様が、本当によろしいのであれば。私は、莉央菜様と夫婦として、共にありたいと、思います。』
莉央菜が、泣いていた。俺の方を見て、微笑んでいる。
『そうか!いや、めでたい!早速、高峯家に使いの者をやろう。では、恭一郎、話を進めさせてもらうぞ。』
莉央菜をよろしく頼む、と言うと、莉央菜と俺を庭に残し、莉央菜の父親は嬉しそうに屋敷の中に入っていった。
『恭一郎様、、、』
莉央菜の少し震える、その小さな手を、自分の両手で優しく包んだ。
『莉央菜殿、、自分で本当にいいのでしょうか。』
莉央菜はにっこりと笑い、
『私は、恭一郎様でなければ嫌なのです。ずっと、お慕いしておりました。』
春の柔らかな日差しが、俺達を優しく包んでいた。
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