第19話 輪廻〈転〉

目を覚ますと、心配そうな加賀さんの顔が目に入った。


ゆっくり周りを見渡す。


駅の救護室のようだった。


「あっ、大丈夫?貧血だったみたいだね。」

優しく加賀さんが笑う。


(知ってる)

私は、この人を知ってるーーー。


「すみません、あの、講義大丈夫ですか?私に気にせず行ってください。」

私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ああ、大丈夫だよ。一時間目は講義入れてないから。先輩の研究室に顔出そうと思ってたんだ。」

気にしないで、と加賀さんは言った。


その後、加賀さんがタクシーを呼んでくれて、一緒に大学まで乗せていってくれた。


加賀さんは、薬学部の二年生で、大学院を目指しており、たびたび先輩の研究室で論文の手伝いをしているらしい。


私が、自分の名前を名乗ったとき、加賀さんの周りの空気が、一瞬止まった感じがした。

莉央ちゃん、ね、と加賀さんは噛みしめるように私の名前を呼んだ。


私の頭痛は相変わらず続いていた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「莉央、大丈夫なの?倒れたって、、」

恭ちゃんが心配して、私の顔を覗き込む。


距離が近かったので、恥ずかしくなった私は少し離れて、

「だ、大丈夫。何か同じ学科の先輩がちょうどいてね。助けてもらったから。」

と言うと、

「ふーーん。男?」

恭ちゃんが聞いた。

相変わらず、鋭い。


別にやましい事は無かったが、なぜだか少し申し訳ない気持ちになった。


「そう。同じ大学の、加賀さんていう人だった。でも、別に、、」



「、、、え?、、、、、」


私が言い終わる前に、恭ちゃんの顔が引きつった。

無言で私の顔を見つめ、何かを確認しているようだった。


「、、、どうしたの?」

「・・・」


恭ちゃんは、私をゆっくり抱きしめ、

「そうか、、、、。」

泣きそうな声で絞り出してそう言うと、私をきつく抱きしめた。


私は訳が分からず、恭ちゃん?、と聞いた。

「莉央、、、。」


どれくらい、時間がたっただろう。恭ちゃんは、ゆっくりと話し始めた。


「莉央。俺は、莉央が好きだ。


前の人生は、莉央菜が幸せなら、自分は、、、自分の気持ちは押し殺すこともできたんだ。


俺では、、、俺では、きみに相応しくないと思ったんだ。


、、、皆が安心して暮らせるようになって、、莉央菜が笑って幸せになってくれるなら。それでいいと思った。


でも、今は。」


そこで、一旦言葉を切ると、


「今は、莉央を誰にも渡したくないっ、、、俺が、側にいて、俺が、莉央を、幸せにしたい。莉央の笑う顔を見ていたいんだ。そう思ったんだ。でも、、、」


私の頬を涙が伝う。恭ちゃんの言葉が、嬉しいはずなのに、なぜか胸が苦しくて苦しくて、涙が溢れた。


「俺は卑怯だ。」

恭ちゃんが苦しそうな笑顔を浮かべ、かすれた声で言った。

「ずるかった。莉央が思い出さなければいいと、願ってた。」

何のこと?恭ちゃんは、何を言っているの?加賀さんに関係があるの?

聞きたいことがいっぱいあったけど、聞くことがものすごく怖かった。


「莉央。きっと、これから、莉央は思い出す。俺にそれを止める権利は無い。」

寂しそうに笑った。

「莉央が、誰を選ぶかは、、莉央が決めることだから。ただ、、」

「恭ちゃん、、?」

「ただ、俺はずっと、莉央の事を想ってるよ。」


怖かった。

背筋が冷たくなるのを感じた。

私は、苦しい思いに押しつぶされそうだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


祭りで彼女を見たときは、時が止まったようだった。


浴衣姿の彼女。


変わらない。


着物を身につけ、いつも凜としていたあの彼女と。


ずっと、想っていた、また出会いたいと。


思わず、後を追った。


そこには、、、

恭一郎がいた。


驚いた。


彼と視線が合った。


お互い、息を飲むのが分かった。


恭一郎と彼女は、手を繋いでいた。

彼らは、親しそうだった。


彼女がこちらを振り向こうとしたとき、恭一郎は慌てて彼女を、俺といる所とは反対側に連れて行った。


俺は呆然として、追いかけることが出来なかった。


でも、その彼女と、また出会うことが出来た。


彼女は覚えていなさそうだったが、それでもいいと思った。


(また、会えるだろう。いや、探してでも会う。)


「おい、加賀、聞いてるかー?」


研究室で、上の空だった俺に、先輩が声をかけた。


「あっ、すみません!すぐやります。」

「何だ何だ、恋でもしたか!彼女か!?」

ははは、と先輩は笑い、背中をばんばん!と叩いてよろしくな!と言った。


(彼女か、、、というより、莉央菜とは、、、)


脳裏にあの日の、白無垢姿の美しい莉央菜の姿が浮かんだ。

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