第14話 ふたつの恋心
夏樹とは、陸上部の同じ短距離走ということもあり、毎日グランドで顔を合わせていた。
彼女は実力もさることながら、いつも明るく陸上部を盛り上げてくれた。
自分の方が先輩だったが、彼女に助けられた事も多くあった。中学の陸上部ーーーいまから振り返ると、自分の最後の陸上人生を、彼女のような後輩と歩むことが出来て、とても幸せだったと思う。
中学2年生の冬休み、夏樹に部室に呼び出された。
(部活の事で、相談かな?)
部室のドアを開けると、いつもと様子が違い、頬を赤くした夏樹がいた。
『せ、せんぱいっ!』
『おー、、、この部屋、寒っ!おまえ、風邪ひくぞ?』
日当たりのあまり良くない部室だった。俺は、ストーブのスイッチを押した。
なかなかスイッチが入らない。
カチカチと何度もスイッチをいじっていると、
『せんぱい、、、』
『ん?どうした?』
『私、せんぱいの事が、ずっと好きで・・!』
カチッ!!!
『入ったぁぁ!』
よし!と、ガッツポーズをして振り返ると、半泣きでびっくりしている夏樹がそこにいた。
『どうした!?悩み事か!?
ストーブも入ったし、ゆっくり話聞くぞ!』
夏樹の様子に、慌てて俺は言った。
そんな俺を見て彼女は、くすっと可愛らしい笑顔を見せ、言った。
『せんぱい、好きです。ずっと、好きでした。
つ、付き合ってもらえませんかっ、、?』
付き合うと言っても、俺はどうしたらいいか分からず、あまり2人の関係はいつもと変わらなかったと思う。
たまに一緒に帰ったり、夏祭りへ行ったり、デートと言えるのか、近所に遊びに行ったり、そんなものだった。
手なんて、数えるほどしかつないでないし、キスもしたことなんて無かった。
夏樹は、初めは一緒にいられるだけで良かったんだと思う。(自惚れかもしれないが)
けど、そんな煮え切らないような態度の俺に、段々と不満と不安が募っていったようだった。
部活ではいつも通りだったが、それ以外で会うことがあまり無くなり、少しずつ、夏樹の方から俺との距離を置いていった。
そんなときだった。アキレス腱断絶と、陸上人生終了を告げられたのは。目の前が真っ暗になった。心にも全く余裕が無く、あの頃は誰の言葉もオレには届かなかった。
夏樹が、心配して寄り添ってくれようとしたとき、言ってしまったのだ。
『頼むから、一人にして欲しい』
それ以来、彼女と話すこともなく、中学を卒業した。
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教室で呼ばれたとき、正直驚いた。
同じ高校に入ってきたことは知っていたが、もう話をする事はないと思っていたからだ。
彼女は、久しぶりです、と笑顔で挨拶した後、お願いがあると言った。
思うようにタイムが伸びないので、フォームを見て欲しいと俺に言った。
最初は断ろうかと思ったが、あまりに夏樹が一生懸命なので、じゃぁ一度だけ、という約束で、、半額クレープを断り、今、夏樹とグランドにいる。
彼女は風のように速かった。
彼女が辞めずに陸上を、短距離を続けていてくれた事が、とても嬉しかった。
俺は正直に、夏樹にそう伝えた。
教えられることも、無さそうだと。
夏樹は、しっかりと俺の目を捉え言った。
「先輩、、前に付き合ったとき、私のこと、後輩としてしか見てなかったですよね」
「あ、いや、、、。ごめん、、そうかもしれない。」
バカ正直に答える俺に、ふっと少し微笑み、
「私、今でも先輩が好きです。」
「夏樹・・・。」
「今、付き合ってる人、いますか?」
「いや、、」
「分かりました。じゃぁ、先輩にアタックすることにします!」
「えっ!!」
てっきり嫌われてると思ってたので、夏樹の宣言に俺は驚いた。
「前は・・・、付き合ってくれた先輩に、嫌われる事が怖かった。だから、自分をさらけ出せなかったし、遠慮して、素直になれなかった。でも、、」
あの向日葵のような笑顔を彼女は浮かべ、
「今度は、先輩に私のこと好きになってもらえるように、アタックするって決めたんです!私の事好きになったら、付き合ってください!」
夕日を浴びて、その可愛らしい向日葵は、にっこりと微笑んだのだ。
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「いいんじゃない?可愛い子じゃない。」
今度は私とまこちゃんが、吉永君にあの後どうなったと、詰め寄っていたところだ。
吉永君は最初渋っていたが、ぽつりぽつりとかいつまんで私達に話した。
今、吉永君は逃げ場が無いのだ。
半額クレープ、リベンジ中でちょうど注文したところである。
「自分の気持ちがよく分からないのに、簡単に付き合えないだろ。」
珍しく、むっとして吉永君がまこちゃんに反論した。
「まぁ、私は時間がもったいないから、男とは付き合わないけどね」
まこちゃんはいつもと同じセリフをいい、一番に運ばれてきたクレープを綺麗な仕草で口に運ぶ。
「ひっでぇ、まこ、おまえ傷物にした俺を、ちゃんと責任とって嫁にもらってくれよー」
にひひ、と吉永君がいたずらっぽく言って笑った。
カチャン!!
少し大きな音がして、まこちゃんがフォークとナイフを乱暴にお皿に置いた。
「帰る!!」
言うやいなや、お店のドアを開けて走り出した。
吉永君は最初驚いていたが、こりゃいかんと、慌ててまこちゃんを追いかけて行ってしまった。
お店の人が小さく、ありがとうございました、とその背に言った。
私は呆然とし、そしてその後すぐ、私と吉永君の注文したクレープがテーブルに置かれたのである。
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「ちょっ、、、待ってって!!おまえ速いな!陸上部入れよ!いい記録作れるぞ!」
吉永君はまこちゃんに追いつき、腕を捕まえて言った。こんなときまで冗談を言うところが、吉永君である。
「さわらないでよ!」
「なっ、、そんな、人をバイキンみたいにおまえ」
泣いていた。まこちゃんは、息を切らし、嗚咽を漏らして泣いた。
いつもの彼女からは、到底想像出来ない姿だった。
吉永君はびっくりして、ただただ、まこちゃんが落ち着くのを待っていた。
「大丈夫か?ごめん、俺、なんか変なこと言った?」
「そういうところよ。」
泣き顔を見られるのが恥ずかしいのか、まこちゃんは顔を合わせずに言った。
「ばか、、吉永のばか!!大嫌い!」
「なっ、何でだよ!?」
「話したくない!!」
吉永君の腕を振りほどくと、まこちゃんはまた走って行ってしまった。
「何なんだよ、、、」
取り残された吉永君は、ぽつりと呟いた。
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「おっ、クレープ!莉央さんきゅー!」
恭ちゃんは嬉しそうに言った。
そう、とてもじゃないけど食べきれなかったので、お店の人に頼んで、包んでもらったのだ。
うまい、うまい、と食べる恭ちゃんの横で、はぁ、、とため息をついた。
「どうした?」
「ちょっとね、、、美味しい?」
うん、というと、恭ちゃんは、少し考えて、
「莉央」
「ん?」
と、顔を上げた私の唇に、クリームのついた自分の唇を重ねた。
「!! 恭ちゃん!」
ここは私の家のリビングだ。母親が向こうを向いて台所に立っている。
「元気が出るおすそわけ」
涼しい顔で、またクレープを食べ始めた。
私は頬を染めながら、思った。
恭ちゃんには、勝てない。
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