第10話 恭一郎(きょういちろう)
それは、四歳くらいの時だった。
父から剣道を教わり始めて、すぐだったと思う。
毎晩、夢を見る。
思い出すということは、あの戦いに明け暮れる自分の人生を、夢の中でもう一度生きていくようで苦痛だった。
思い出したくない事がいっぱいあった。
朝起きて、元気な両親の姿を見て、大泣きしたことがある。両親は怖い夢を見たのだろうと、優しく抱きしめてくれた。父に、何度もごめんねと謝った。父は訳も分からず、恭一はあやまらなきゃいけないような事は、なにもしてないぞと、笑った。
思い出したい大切な人がいた。
朝日に照らされた美しい彼女の顔と、逃れられない自分の運命。
彼女に幸せになって欲しかった。
例え、その隣に自分がいられなくても。
平和な世の中になって欲しかった。
ずっと彼女が微笑んでいられるように。
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(きっと、莉央は何かみている)
ずっと眠り続ける莉央の隣で、俺はそう思った。
あの怒涛の時代の辛い思い出を、莉央には思い出して欲しくなかった。
だから、思い出すきっかけになるものから、なるべく遠ざけていたのに。
夏祭りも境内へは近づかせなかったし、剣道の事も初めは隠していた。
自分はおそらく、剣道がきっかけで記憶が戻っていったように思う。
皮肉な事に、自分が思い出すたび、剣道の太刀筋は飛躍的に上手くなっていった。
当然だ。
本物の刃を持ち、死闘を繰り返していたのだから。
あの新緑の季節、初めて会ったとき、信じられなかった。
まさか、同じ時代に、彼女とこうして巡り会えたとは。
けど、彼女は、全く自分のことを覚えてなかった。
ショックだった。
同時に、安堵した。
何も覚えていないということは、"あのこと"も思い出してないだろうーーー。
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ゆっくりと、境内へ近づく。
花火に照らされた彼女の顔は、あの日、朝日に照らされた彼女の顔と同じだった。
しばらく境内に座って花火を見た後、
「・・・恭ちゃん」
何か意を決したように、静かに、でも、はっきりと彼女は言った。
「・・・恭一郎」
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