第9話 2回目の夏祭り 当日
夏祭りの前夜、久しぶりに夢を見た。
古いお屋敷に小さな女の子が一人、綺麗な着物を身につけ、なぜか犬と対峙していた。その子は、私によく似ていた。
対峙していたというより、あまりの恐怖から、私ーーその女の子は、逃げるに逃げられない様子だった。
犬は見たこともない犬種であり、凶暴そうで、今にも襲いかからんとしていた。そしてその犬は、自我を失っているかのように見えた。
神社で見た、あれに似ている。
そう思ったとき、
ーーーーーー危ないっ!!
狂犬はまっすぐ小さな私を目指し、牙を向いて向かってきた。
ガキキーーーーン!!!
刹那、ものすごい音がして、そこには。
刀を持った、幼い恭ちゃんが立っていた。
犬は、遥か後方に吹っ飛ばされ、立ちあがれずにいた。
「恭ちゃん!!!」
「莉央菜殿!怪我は!?」
女の子は、恭ちゃんにしがみつき、わんわん泣いた。恭ちゃんは、ほっとした様子で、女の子の頭を撫でていた。
恭ちゃんの方が女の子より背も高く、少し年上に見えた。今の私達とは逆だな、そう思った。
ーーー『久しぶりに、そう呼ばれたな。』
いつしか、夢の中で私が恭ちゃんと呼んだとき、恭一郎が言った言葉。2人は、幼い頃からこうして、ずっと側に居たのだろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えっと、、恭一君?」
さすがのまこちゃんも少し困って、恭ちゃんに話しかける。
「んっ?」
恭ちゃんはすっとぼけて、でも、ガッチリ繋いだその手は離さない。私は真っ赤だった。
家からずっと、恭ちゃんが手を離してくれないのだ。
同じクラスの男子達も、気まずそうにしている。なんだ、彼氏いるんじゃん、ていう雰囲気だ。
「えっとーーー、そっか!そういうことね!」
まこちゃんは勝手に納得し、
「ごめん!男子達、そういうことだって!これは邪魔しちゃいけないよね!私も吉永とまわる約束してたんだった!じゃぁ、いい夏休みを~」
まこちゃんは美しい笑顔を振りまきながら、無責任な事を言い放ち、私にウインクすると、レインボーかき氷の列にキラキラした目で並ぶ吉永君のところに一目散に駆けていった。
高嶺の花が去ると、男子達もあっさり、じゃぁ、と離れて行き、私と恭ちゃん2人になった。
「・・・」
「ねぇ、りお。お腹すいたなぁ、あれ食べたい!」
恭ちゃんは男子達が去っていく後ろ姿を見て、満足そうな笑みを浮かべると、去年も食べたたこ焼き屋を指差す。
私はずっとドキドキしっぱなしで、頷くことしか出来なかった。
「えっと、、、、きょうちゃん。。」
「んっ?やっぱ、食べたいの?」
ベンチに腰掛け、恭ちゃんはたこ焼きを食べ始めたところだった。私は繋いでる手のせいで、胸がいっぱいで、さっきいらないとたこ焼きを断ったばかりだった。
(私だけが、ドキドキしてるのかな。恭ちゃんは、どういうつもりなんだろ?)
私の右手は、恭ちゃんの左手に繋がれていて、利き手が使えないので、どっちにしてもたこ焼きは食べられそうになかった。
ずいっと、目の前にたこ焼きが現れた。
恭ちゃんが食べさせてやるから、と意地悪そうな笑みを浮かべて、串に差したたこ焼きを差し出してきた。
びっくりして私は、とっさに動いてしまい、そんな私に当たったたこ焼きが、私の浴衣にコロコロと転がってしまった。
今年は白地の浴衣を着ていた。思った以上に、ソースの痕が目立つ。
ああ、お母さんに怒られるかなぁ、と考えてたとき、
「ごめんっ!ちょっと待ってて!!」
青ざめた恭ちゃんが、慌てて近くのお店に何か落とせるものを借りに走っていった。
しばらくすると、その右手には布巾が握られていて、私の浴衣の染みを、トントンと落とし始めた。
恭ちゃんのその不器用にも一生懸命な姿に、くすっと笑い、ありがとう、大丈夫。自分でするねといい、借りた布巾でしばらくすると、だいだいの汚れは落ち、それと同時に私の気持ちも少し落ち着いていた。
「本当、、ごめん。調子乗ってた。」
恭ちゃんはがっくりと肩を落とし、さっきの勢いはまるで陰を潜めていた。
「じゃぁ、お詫びとして、私の為に一肌脱いでもらおうか!」
「えっ!」
突然立ち上がった私にびっくりする恭ちゃん。私は、射的を指差し、
「私、あれが欲しいな!」
一番上段に置いてある、大きなぬいぐるみを指差した。
なかなか、射的は難しかった。
剣道全国優勝の恭ちゃんも、射的はかなり苦戦し、人形以外のものはたくさん取れたのだが、やはり上段の"ボス"は難しいようであった。
「あーーっ、もう、悔しいなぁ!」
本当にくやしそうに言う恭ちゃんを微笑ましく見ながら、
「今年は、この辺で許してあげる!」
「えっ?」
言葉の意味がよく分かっていない恭ちゃんに、
「来年、取ってね。」
私は微笑みかけながら言った。
恭ちゃんは、その言葉をかみしめていたみたいで、私の右肩に自分のおでこをこつん、と当て、
「うん、、、来年も、その先も、ずっと取るよ」
表情は見えなかったが、嬉しそうな声でそう言った。
(自分の気持ちを、ちゃんと伝えよう。)
そう思って口を開こうとしたとき、ドンドン!と、大きな音と、まぶしい光に包まれた。
お祭り最後の花火が始まったのだ。
「わぁ、、、!」
私が見とれていると、恭ちゃんは私の手を優しくつかみ、
「莉央、一緒にきて欲しい。」
そう真剣に言うと、恭ちゃんは、あの境内に向かって歩き始めのだ。
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