第7話 確信

信じられない事だが、私は5 日程眠っていたらしい。


CTもMRIも、血液検査も何も異常なく、医者はなすすべが無いと言ったと、後で聞いた。


恭ちゃんは、私にずっと付き添い、泊まり込んでいたそうだ。幸い、私の高校も、小学校も、もう春休みに入っていた。


「分からないって、どういうことだよ!?」

初め、恭ちゃんは主治医の先生に食ってかかったらしい。恭ちゃんのお父さんが慌ててなだめて、それはかなり大変だったそうで。


もう、身長もそれなりに伸びて、声変わりしつつあるあの声で迫られたら、結構先生は怖い思いをしたんじゃないかって思う。


恭ちゃんのお父さんによると、何も出来ない代わりに私の命に関わるような事もなく、眠っているだけという状態で、ただ、脳波だけがずっと、夢を見ている波形を示していたそうだ。

「普通、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すんだが、今の莉央ちゃんはレム睡眠をずっと続けている。脳はずっと起きているんだ。」


納得いかない恭ちゃんに、出来る限りの説明をして、恭ちゃんのお父さんも毎日顔を出してくれていた。


「恭一くん、大丈夫?」

うちの両親が恭ちゃんの方を心配するほど、恭ちゃんは憔悴しきっていた。


「おれがいけなかったのかな。」

眠り続けて3日目の日、ぽつりと恭ちゃんが言ったそうだ。

「剣道なんか、、見せるんじゃなかった。」

どうして?とうちの母が聞いても、黙って首を横に振るだけだったらしく、一度家で休んだらと進めても、絶対に首を縦に振らなかった。


5日目の朝、ついに恭ちゃんのお父さんが、いい加減、家で休んでこいと怒り出し、いつもは素直な恭ちゃんが、絶対にここを離れないと譲らず、病室で結構な親子喧嘩になったそうだ。


父親に引きずられながら恭ちゃんは、

「りおは、、俺が守るんだ!前からそう決まってるんだ!離して!これは、りおと俺の問題なんだ!」

と、ものすごい剣幕でまくし立て、お父さんがちょっとひるんだ隙に、病室から父親を追い出し、鍵をかけてしまった。


恭ちゃんのあまりのいつもとの違いに、お父さんはため息をつき、夕方には連れて帰るからなと釘をさして、病室を去っていった。


そのあと、静まり返った病室で、恭ちゃんは私の側の椅子に腰を落とし、ベットに顔をうずめ、今までの疲労から少し眠ってしまったようだ。

「りお、、、お願い、戻ってきて、、」



  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私が "戻ってきて" 最初に視界に入ったのは、ベットに顔をうずめてすやすやと眠る、さらさらの恭ちゃんの髪の毛だった。


よく寝た。寝過ぎた。


5日も眠っていた人間にしては、あっさりした感想で私は目覚めた。


まだ、ぼーっとした頭で、恭ちゃんの髪の毛を見る。

(戻ってこれた、、、)


何から、戻ってきたのか。

ものすごく、色々な夢を見たような、もうひとつの人生を生きてきたような気持ちだったが、自分でも驚くほどにその内容を覚えておらず、覚えているのは神社でのあの出来事だった。頬は、相変わらず自分の涙で濡れていた。


初めて恭ちゃんに会ったとき、「りおな」と呼ばれたこと。


剣道の試合前、御守りを渡したときに、青ざめた恭ちゃん。独りで神社に行かないでと、そう言った。


何かが、繋がった気がした。


あれは、夢ではなく、現実だったのだろうか。過去のこと?、、こことは別の世界のこと?


恭ちゃんは、初めから知っていたーーーー


それは、確信に近かった。初めて会ったあの日、私の反応をみて一瞬寂しそうにした彼は、私が何も覚えてないことを、寂しいと思ったのではないだろうか。


しかし、その後は? なぜ、私に思い出させようとしなかったのか。むしろ、剣道から遠ざけ、まるで私が『思い出さないように』立ち回っていたのではないかと、そう思える。


私が思い出すと、困るのだろうか。


神社で恭一郎は、莉央菜の気持ちに応えなかった。いや、応えられなかったのだろうか。それとも、莉央菜が恭一郎に想いを寄せているようには、恭一郎の方は彼女を想っていなかったのだろうか。


私が恭ちゃんを起こさないように、もぞもぞとベットから出ようと上半身を少し起こしたとき、恭ちゃんが目を覚ました。


視線が合った。夢で会った恭一郎を彷彿とさせる、少し大人になってきた彼の瞳。


「ーー起こしちゃったね、おはよう。」


言い終わる前に、恭ちゃんは掛け布団ごと、私をきつく抱きしめた。初めて出会ったあの日と同じ、彼は少し震えていた。でも、その背丈は今は私を越え、鍛えた身体と回した腕の力強さは、夢の中での恭一郎そのものだった。声も。


「りお・・・・!!!!よかっ、、」


恭ちゃんの、言葉は最後は声にならなかった。彼は泣いていた。

泣きながら、私を決して離さないと抱きしめ、頭上のナースコールを押した。血相を変えた恭ちゃんのお父さん達が、病室の鍵を強引に開け、バタバタと入ってくるのが見えた。



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「いやーー、恭一君が私達の分まで心配してくれたもんだから、、」

あははと、うちの母親は呑気に笑う。


うちの両親は、研究職のためか、いつもマイペースで、今回の一件もどちらかというと高峯家の方が深刻に心配してくれた。


私の快気祝いで、春休み最後の今日、みんなでお花見に来ていた。お互いの父親は仕事のため来れなかったが、珍しく、恭ちゃんのお母さんが仕事の合間をぬって参加してくれている。


恭ちゃんは弟の由貴君と、少し離れたところでキャッチボールをしている。


満開の桜の下で私は、お寿司をほおばりながら、春を満喫していた。


そろそろ、恭ちゃんと出会って一年かぁーーーー。


目を覚ましてから、恭ちゃんはいつも通りで、私は夢のことを話すタイミングを失っていた。


話すのが怖かったのもある。


恭ちゃんは、義務感から私の側にいるのではないか、ということ。神社でああなった経緯は分からないが、どうやら莉央菜は恭一郎に渡す御守りのために狙われたらしく、正義感の強い恭ちゃんは、ずっと後悔していたのではないか、、、。


そして今の私は、、恭ちゃんのこと、どう思ってるんだろう。


莉央菜の恭一郎に対するあまりに一途な想いに、今の自分のこの気持ちが恋なのか、それとも可愛い弟に対する気持ちなのか、私は、完全に自分を見失っていた。


「りおーー!ボールとってー!!」


そんな、うじうじした悩みを吹き飛ばす爽やかな声で、恭ちゃんはこちらに話しかけた。


「待ってね!、、、って、きゃぁ!」


恭ちゃんがいたずらな笑顔を浮かべて、私が取ろうとしたボールを横からすごいスピードで奪う。ものすごい反射神経だ。

「もう!」

大袈裟に両手を腰に当てて怒ってみせると、あははと大きな声で恭ちゃんは笑い、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「!!」

「莉央も、一緒にやろう!」

私の左手首を掴んで、ぐいぐい引っ張ると、恭ちゃんは由貴君のところに走り出した。


心臓の鼓動が、止まらない。

走っているからではなく、彼が私に触れる時、笑いかけるとき、たまらなく愛おしいのだ。


これを恋と呼ばなければ、何だというのか。


出会って一年目、桜が咲き新緑の芽吹くこの日、私は恭ちゃんの事が好きなんだと、おそらく前から好きだったと、気づかされた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ところで、莉央ちゃんは彼氏いるのかしら?」

ぶっ!! 恭ちゃんの母親にそんな事を尋ねられ、うちの母親は、豪快に吹き出した。

「あら、大丈夫?お酢にむせたのかしら。ごめんなさいね、久しぶりに作ったものだから。」

「ごほっ、、いや、大丈夫。お寿司は美味しいわ!そうじゃなくて、急に変なこと聞くもんだから」

あらあらと、恭ちゃんの母親が慣れた手つきでハンカチを差し出し、それをうちの母親が受け取りながら、

「彼氏とか、全然いないと思うわよ。あの子、勉強か、恭一君と一緒にいるか、どっちかだものねぇ。」


我ながら、ひどい言われようである。でも、その通りだった。


「そう、、じゃぁ、うちの子にもチャンスはあるのかしら。」

ふふっと、笑い、なぜか恭ちゃんの母親ーー恭子さんは、寂しそうな表情を浮かべた。

「あの子達には、幸せになって欲しいのよ。」


風が、辺りを駆け抜けた。暖かな風だった。


「? 恭子さん?」

風の音で、よく聞き取れなかったうちの母親は、恭子さんの横顔を見たとき、寂しそうなその横顔にそれ以上なにも言えなくなった。



明日から、新しい一年が始まる。私は高校二年、恭ちゃんは小学校最後の年、六年生になる。


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