第5話 輪廻〈序〉

わぁっと大歓声が響いた。


決まった。


恭ちゃんは強い。こんなに強かったんだ。

まだ、最高学年でもないのに、その強さは圧倒的だった。


相手の六年生が怯んでいるのが、私にも分かった。


恭ちゃんの小学校は、団体戦三位、

そしてーーー、

「個人優勝、高峯恭一!!」


恭ちゃんが笑ってる。周りに、同じ部活の仲間と、先生に囲まれて、本当に嬉しそうだった。少し離れたところに、恭ちゃんのお父さんと由貴君も見に来ていて、お父さんは優しい笑顔を浮かべながら、何度もうん、うん、と頷いていた。


恭ちゃんと視線が合った。ガッツポーズをする恭ちゃんに、私は万歳をしてみせると、恭ちゃんが満面の笑顔で応えてくれた。



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私は試合前、恭ちゃんに御守りを渡したかった。この間、夏のお祭りに行った神社は、必勝祈願で有名で、受験生や、恭ちゃんのように部活の試合がある人なんかも御守りを買い求めて、よく行くところだった。


秘密に買ってきて、恭ちゃんの喜ぶ顔を見るのを、楽しみにしていた。初めて見に行く試合、楽しみだったし、あんなに毎日練習してる恭ちゃんに、勝って欲しかった。


・・だけど、御守りを渡したとき、恭ちゃんの顔から一瞬、血の気が引いたのが分かった。


どうしたの?と声をかけるより早く、視界から恭ちゃんが消えた。



ーーーーー抱きしめられていた。


何が起こったのか分からず、私が固まっていると、


「一人であの神社に行ったの?」

と耳元で恭ちゃんの声がした。


私はあまりの展開について行けず、うん、と応えるのがやっとだった。耳まで真っ赤だったと思う。顔が火照っているのが自分でも分かった。


そんな私に気づいたのか、恭ちゃんは、ごめん、と慌てて私から離れ、

「あそこには、一人で行かないで欲しいんだ」

と、視線を合わせずに言った。日中も薄暗いし、物騒だから、心配だからと。


私はまだ心臓が落ち着かなかったが、恭ちゃんは少し落ち着いたのか、御守りは嬉しい、本当にありがとうと、いつもの笑顔で言った。



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「急だったから、そのドキドキだよ!」

自分を納得させるように、まこちゃんに話す。まこちゃんは、ニヤニヤしながら私の話を聞いている。


今日は終了式。私達は行きつけのクレープ屋さんで、お疲れさま会をしていた。

それと、吉永君との、もしかしたらお別れ会。

「俺は、一組に残る!!」

えへんと根拠のない自信をのぞかせ、クレープを頬張る吉永君を横目で見ながら、まこちゃんと私は別の話で盛り上がっていた。


「そぉっかぁ、、まぁ、5つ差なんてさ、大人になったら大したことないよ!それくらいの年の差カップル、珍しくないし。」

「なっ、、なんの話!?」

私は真っ赤になって口に運びかけていたクレープを落とした。


吉永君は、まだ自分のクレープに夢中だ。お腹が減っているらしい。幸せな性格だ。


「莉央はさぁ、自分の気持ちに正直になったら?」

それはもう、嬉しそうにまこちゃんが言う。

「私のは、、姉心!!恋とか愛とか、そういうのではないから!」

「ふーーーん?」

ウーロン茶を一口飲んだまこちゃんが、思い出したように、

「でもさ、あれよ。恭一君格好良くなったよねぇ。背も伸びたし。しかも剣道二連覇なんて、女子がほうっておかないでしょ。」

うっ、、それは、思ってる。大会のあと、女子達に囲まれてた恭ちゃん。本人は、ちょっと困ってたけど、、。


それと、今年のバレンタインがすごかった。家までくる女の子多数。恭ちゃんは、うちに避難してたのだけど。


ついに、彼女できるのかな、今の小学生はおませだなぁ、と寂しく思っていると、まこちゃんがずいっと顔を寄せて、

「いいの?」

「なっ、何が?」

「恭一君はさ、莉央のこと、好きでしょ」

まこちゃんは当然のごとく、そう言った。

「ちっ、、恭ちゃんは、私のことお姉ちゃんと思ってる、、」

「告白されてないの?」

「・・・されてない。だから、そういうんじゃないんだって。」


私はふうっと、一息つき、

「そういうのじゃなくて、、恭ちゃんは、何だか時々知らない恭ちゃんに見えるの。そして、何か私のことで、心配してることがあるみたいで、、」

上手く言えないけど、と言葉を足して、またため息をついた。


食べ終わった吉永君が、

「男は、好きな人は守りたいと思うもんだよ。」

全く会話を聞いてないと思っていたので、思わず私もまこちゃんも吹き出しそうになった。

「吉永・・・聞いてたのか。」

「ちゃんと、聞いてらぁ!」

吉永君はえっへんと威張り、

「そういえば、神崎、恭一君に最初に会ったときって、どんな感じだったの?」


単なる、興味本位だったのだろう、吉永君のその言葉は。だけど、私にはたいせつな一言だった。


ーーーーああ、そうだった。

彼は、私のことを『りおな』と言った。

その言葉が、今感じている違和感全てを、物語っているような気がした。



  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


自宅の門を開けると、庭から香ばしい匂いがした。バーベキューだ。



「おはえり!!」


恭ちゃんが、口をもごもごしながら、迎えに出てきた。


変わってない。

そんな、可愛い恭ちゃんの姿に、思わずふふっと笑い、すぐ行くからと、着替えに二階に上がった。


今日は、恭ちゃんの優勝記念に、うちでバーベキューの予定だったのだ。


階段を降りていくと、玄関まで恭ちゃんが来ていた。

「早くしないと肉なくなるよー!」

意地悪そうな笑みを浮かべて恭ちゃんが言う。

「えーーっ、待って待って」

私も笑いながら靴を履き、はっと気づいた。

「・・・恭ちゃん?」

「ん?」

「風邪引いた?」

「いや?全然元気!」

ほれ、とすごい勢いで屈伸し始めた。

「声が、、」

低いのだ。風邪をひいているときみたいに。それと、その声は、、。頭が割れるように痛い。


「ああ、、」

と、喉に手を当てた恭ちゃんが、

「声変わり、みたいで。」

ちょっと恥ずかしそうに言った。


「りお?」


パリン、と、頭の中で音が鳴った。

何か壁が一枚砕けたようで、ずっと靄のかかっていた何かが、鮮明になったようだった。


恭ちゃんと、声が、姿が重なる。

竹刀を持つ恭ちゃんと、よく似た誰か。


「りお!?りお!!」

カーテンを引くように暗くなっていく視界の端で、恭ちゃんの焦る顔が見えた。


遠くから声が聞こえる。


『りおな』


思い出したい、

思い出したくない何か。


私の大切な人を奪っていったあの時代。

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