第3話 違和感
実は、恭ちゃんは有名人だったのだと、夏休みが終わって登校したとき、吉永君から聞いた。
恭ちゃんちの朝は早い。恭ちゃんのお父さんは剣道が得意で、息子2人にも小さい頃から教えている。でも、弟の由貴君は、元来性格が優しいためか、そういった人と競いあうようなものは向かないようで、今は恭ちゃんだけが指導を受けているようだ。
最初は何をしてるのかなと思ったけど、そういえば、登校前に、朝早くから庭で何かを振っている恭ちゃんを何度か見たことがあった。あれは、竹刀だったのだ。
「おまえの弟、全国大会優勝してるだろ?すげぇな!」
登校して一番に、吉永君にそんな事を言われて、まだ休みボケも冷めない頭で考えが追いつかず、
「えっ、ん!?」
と間抜けな返事をしてしまった。
「どっかで見たことあると思ってさ、そしたら、あれだよ、新聞にのってたよなー」
そうなのか。知らなかった。そしてこの人は、あのお祭りの日からずっと誤解している。
「あのね、恭ちゃんは弟じゃなくて、お隣さんなの。春に越してきて、まだ知り合いも少ないし、だから、私がお祭り連れて行ったんだ。」
「あっ、そうなのか。どうりで似てないと思った!神崎は優しいんだなー。」
なんだそうかと、納得した顔をして、吉永君は去っていった。
「りおー、夏休み終わっちゃったねー」
「まこちゃん、久しぶり!」
久しぶりの友達と会えて、会話も弾んだが、なぜか吉永君の言葉が引っかかって、その日はずっともやもやしていた。
ーー全国大会、優勝。
恭ちゃんは、何でも私に報告してきた。今日あった、嬉しいこと、楽しかったこと、自分の好きなことや好きな食べ物、そして、私のことも何でも知りたがった。
そんな恭ちゃんが、なぜ剣道の事は一切口にしなかったんだろう。一番に、おれ剣道が得意なんだ!と言いそうなのに。
なぜだろう。
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「ただいまー」
「おかえり!!」
なぜか家の玄関を入ると、恭ちゃんがおかえりと出迎えてくれた。嬉しそうな笑顔がたまらなく可愛い。
「恭ちゃん!来てたの?」
「うん!今日、お母さんが急に仕事が入ったって、りおの家で待ってなさいって。ゆうきは、帰りにお母さんが迎えに行くからって」
恭ちゃんのお母さんは産婦人科医だ。急な出産や手術が入ることも多かった。
「莉央、おかえり。むこうのお母さんから頼まれてね、恭一くんに宿題教えてあげてねー」
奥から、夕飯の支度の手を止めずに、お母さんが話す声が聞こえた。
「うん!じゃぁ、恭ちゃん、私の部屋でやろっか。」
うん!!、と即答して、恭ちゃんは私より早く階段を駆け上がり、私の部屋へ入っていった。
やれやれ、誰の家だか。ふふっと私は笑い、部屋はきれいだったかな、と今さらだがちょっと心配になった。
恭ちゃんは、頭がいい。私の方が5つも上なので、もちろん宿題の面倒は見るのだが、見る必要もないと、いつも思う。
恭ちゃんと同い年だったら、どうだったのかな。
ふっと、そんな考えが頭をよぎったとき、なぜだか恭ちゃんの事を懐かしく思う自分がいることに気づいた。
ーーーなぜ?
懐かしく、切ない、この気持ちの訳が分からず、頭を抱えると、
「りお、分からないのか!」
恭ちゃんが私の宿題を覗き込んだ。おれが解いてやると、そんな勢いだ。
「あはっ、ちょっと休憩しよっか。おやつ持ってくるね。」
「ほんと?わーい!」
素直に恭ちゃんは喜び、大の字でそこに寝転がった。
いつもの恭ちゃんだ。
そういえば、と、私は今日1日もやもやした原因の元を、恭ちゃんに聞いてしまった。
「恭ちゃん、剣道で全国大会優勝したんだって?」
「!!」
ばっ!と恭ちゃんが起きあがったので、びっくりして、立ち上がろうとした私は少しよろけてしまった。
「ど、どうしたの?」
「りお、何で知ってるの?」
少し、恭ちゃんの顔色は青ざめていた。
「あっ、今日友達に聞いてね、、それに、毎朝、庭で練習してるよね?あれは、竹刀を振ってたのかなって、、、」
じっと、私の目を見つめて、一言一言をもらさまいと、聞くその姿は、恭ちゃんのその瞳は、初めて出会ったあの日恭ちゃんを思い出させた。
「えっ、、と。聞かない方が良かったのかな。ごめんね。」
「いや、、そうじゃない。」
ふーっと、溜め息をついた恭ちゃんは、少し大人びて見えた。
「ごめん、隠してたわけじゃないんだけど、、照れくさくて。」
「すごいよ!全国優勝なんて。自慢していいことだよ。」
私が興奮気味に言うと、恭ちゃんは少し寂しそうに笑い、
「だね。りお、、」
と、何か続けたそうだったが、何でもない、とうつむき、私もその場の雰囲気に耐えられなくなり、おやつを取りに行くねと言い残し一階に降りた。
そしてその日から、私は、夢を見ることが多くなった。
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