第2話 ちいさなやきもち

「行こうか、ごめん、待たせちゃったね!」


待ちくたびれたのか、玄関先に座って、足をバタバタしながら待っていた恭ちゃんが、顔を上げた。

「りおーー、、似合ってるね、、!」

暑さのせいだろうか、それとも普段と違う姿に、少し照れたのか、ほっぺを紅くして恭ちゃんは私の浴衣姿をほめてくれた。


私は、えへへっ、と照れ笑いし、

「恭ちゃんも、甚平着てくれてありがとうね、似合ってるよ。じゃぁ、お母さん、お祭り行ってくるねー!」

と、お互いをほめたところで、例のお祭りに向かった。


数百年続いてる神社のお祭りは、人々の熱気がすごく、毎年盛り上がる。なんでも、昔この地方に『悪しきもの』がいたとかで、長くに渡って人々の生活を脅かし続けたそれを、強き者達が討伐した後、この平和が長く続くよう、祈りを込めて毎年欠かさず行われているのだとか。


お祭りが初めてなので、そんなような説明を簡単に恭ちゃんにしてみたが、

「へーーー。」

と、あまり気のない返事。

当然か。小学生があんまり昔話とか、興味ないよね、と思って、この話はそこで終わった。


私はたぶん、『悪きもの』とは、その時代を象徴する何か、悪代官とか、そんなものかなって思う。まさか、妖怪やら怪物なんて、いないだろうし。


「りお、これ食べたい!!」

恭ちゃんに手を引っ張られ、連れられた先はたこ焼きだった。近海の、大だこ使用と書いてあり、なかなか食欲をそそる。

「うん、おなか減ったね。」

ひとパック買って、2人で近くのベンチに腰掛けて食べた。恭ちゃんはよく食べる。

「あれも買ってくる!りお、待ってて」

と、言うが早いか、最後のたこ焼きをほおばったかと思うと、屋台に向かって走っていった。


ああ、転ばないといいけど。

思わず笑みがこぼれる。弟がいたら、こんな感じだろうなぁ。


私の家は、父と母、私の3人家族である。父と母は、昔、製薬会社の同じ研究室にいて、いわゆる職場・恋愛結婚だ。普通の、幸せな家庭に育って、何も不満は無いけど、兄弟が欲しいなって思ったことは一度ではなかった。父、母は薬剤師で、私も自然とその道を選び、高校は理系を選択していた。


恭ちゃんちは、お父さん、お母さん、恭ちゃんと、弟の由貴君の4人家族で、何とお父さんは外科医、お母さんは産婦人科医だ。バリバリ働く美しいお母さんに惚れて、お父さんが猛アタックしたのだとか。仕事柄、恭ちゃんちは両親が留守のことが多く、そういった事情もあって、恭ちゃんはよくうちに出入りしていた。

それに、うちも恭ちゃんちも、医療関係に勤めていることもあって、お互いの両親も話が合うようで、今や家族ぐるみの付き合いといった感じだ。


「あれーー?神崎?」

ふいに声がしてそちらを見ると、今日のお祭の半被を着た、クラスメイトの吉永君達がいた。よく日焼けしたその手には、笛を持っている。祭のクライマックスで吹くためのものだ。


「あ、こんばんわ。」

「お、いいねぇ、浴衣!」

ニッと笑うと、健康そうな白い歯が見える。高校が理系のため、男女比は圧倒的に女子が少ない。そんな中で吉永君は、私にとってよく話す方の男子だった。


「クライマックス、吹くんだね!」

「おうよ!見ていけよ!」

そういうと、吉永君はガッツポーズをしてみせた。


クライマックスは、夜遅いしなぁ、と少し返事に困っていると、

「りお!!」

両手いっぱいに、食べ物をもった恭ちゃんがそこにいた。なぜか、笑顔が消えている。

「あーー、弟君と一緒だったか!そしたら最後まではいられないよな。また学校でな!」

と言うと、吉永君は恭ちゃんの頭をぽんっと触り、その場を去っていった。


「わぁ、いっぱい買ってきてくれたんだね、ありがとう。」

「・・・いまの、だれ?」

思ってた返事と違う言葉が返ってきて、私は少し戸惑いつつも、

「ん?ああ、クラスメイトだよ。毎年お祭りに出てるらしくて、最後に笛を吹くんだって。」

「おれ、最後までいられるよ!!」

びっくりする位大きな声で恭ちゃんは言った。目は真剣そのものだ。

「恭ちゃん、最後って0時過ぎちゃう、それは皆心配するから、ちゃんと帰ろうね。」

「だって、、」

「ちゃんとお約束守れないと、私、恭ちゃんとお祭り来れないよ?」

少しキツい言い方かなと思ったが、あまりにも恭ちゃんが真剣なので、私もつられてしまった。

「じゃぁ、、今年、ちゃんと帰ったら、これからもおれとお祭り行ってくれる?」

「うん、いいよ!」

すっかりしおらしくなった恭ちゃんに、あまり深く考えずに私は返事をした。


恭ちゃんの顔がぱっと明るくなり、

「約束だよ!指切りげんまん!!」

可愛いなぁ、と思いながら、私より一回り小さなその小指に、自分の小指を絡ませ約束をした。

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