第9話 酒宴
子墨達はきっかり3日後に帰ってきた。長官を相手にかなりゴネたらしく、村1つ焼いたにしてはやや多すぎる量の金と米を台車に乗せていた。
「タルチネ殿のお陰じゃ、当分は食い扶持に困らんで良い」
そう言って子墨は、張家の細君と共に街の門まで出てきた逢春の額に自身の額を当て、彼女の頭をワシャワシャと撫で回した。まるで犬か猫のような扱いだと思いつつも、逢春は抗いもせず撫で続けられた。
その夜、子墨の提案により街の中心にある広場で酒宴が行われた。
広場には男衆の手によって円を描くように篝火と茣蓙が設置され、その中心に女衆が炊事場を設け酒と飯を拵える。
逢春は女衆に混じり、子墨が乾杯の音頭を取る声を背後に聞きながら肉を焼いていたが、間もなく酔っ払った若い青年達に囲まれ酒を勧められた。陽気に笑いながら盃を持たせ徳利を差し出してくる彼等に、逢春は苦笑いを浮かべて酒を受け取りながら、ふと故郷の村で行われた酒宴を思い出した。
逢春がタルチネに選ばれる数年前、稲の豊作を祝って行われた酒宴の最中、逢春は村の悪ガキ共による悪戯で酒を飲まされた。グラグラと回る視界に身体の均衡を保てずにいたところを、逢春より遥かに大きな悪ガキ共の手が伸びあちこちをくすぐられたのを逢春は覚えている。くすぐられ続けた挙句に、それと知らず絶頂を迎えてしまったことも。
もしかすると、あの頃から自分は女として見られていたんじゃないだろうか。逢春の中でそんな考えが浮かぶなり目の前の青年達が村の悪ガキ共の姿と重なり、盃を持つ手が震え出した。注がれた酒が溢れ出す。
「お姉さん大丈夫?」
青年達が心配そうに問いかけるのに逢春が応えようとした時、突如として逢春の手から盃がひったくられた。盃のさらわれた方に目を向ければ、子墨が盃の中身を勢いよく煽っている。
「子墨!ソレこのお姉さんの酒じゃ!」
「お姉さん飲んどらんけん俺が貰う」
「これから飲むんじゃろー!」
「はよ返してやー!」
青年達が笑いながら盃を取り返そうとするのを、子墨がヒラリヒラリと躱しながら酒を飲み続ける。
やがて酒を飲み干してしまった子墨は盃を青年達に返すと「俺の隣に来い」と逢春の手を取った。青年達が一斉にオォと歓声を上げ、うち1人から「やるわぁ」という言葉が漏れた。
青年達を撒いて子墨の茣蓙に辿り着いた後、逢春は子墨に促されて彼の隣に腰掛けた。手は相変わらず繋がれており、肉を配りに来た張家の細君や酒を注ぎに来た老爺達が「おやまあ」とニヤニヤしていた。
子墨のもとには大勢の人間が訪れ酒を注いでいった。彼等は逢春にも酒を勧め、逢春が戸惑うと子墨が「せっかくやし飲んどけ」と言うので、逢春は少しだけ酒を飲んだ。
酒宴が進むにつれて逢春の身に少しずつ酒が入り、視界がぐらついてきた。身体の均衡を保てなくなった逢春は子墨の肩に寄りかかった。脳裏に村での記憶が過り不安に駆られたが、身体が思うように動かずどうすることもできなかった。
対して子墨は逢春の肩を撫でながら、回らぬ舌で何やら囁き始めた。
「タルチネ殿には話しちゃろう…長官殿は俺の親父じゃ」
それから子墨は自身の出自を延々と話した。
元々は都の生まれであること。顔の痣は生まれつきであること。顔に痣のある子供を人前には出せないという長官の意向で官吏の道を絶たれたこと。代わりに同じ母親から生まれたハズの眉目秀麗な弟が官吏として長官の補佐を務めていること。
盗賊になったきっかけは父親から幽閉されそうになり、反抗して都を出ていったこと。その為に都のならず者を懐柔して連れて行ったこと。この街は別の盗賊団が占拠していたのを奪い取って得たものであること。
長官と対立していたのが弟の仲介により、報酬と引き換えに汚れ仕事を請け負うという関係に落ち着いたこと。
張家の細君は都にいた時代の世話係であること。
次々と繰り出される嘘か本当かわからない話を聞き流しながら、逢春は子墨が自分を「タルチネ殿」と呼ぶことに言及し、気分が悪くなるからと名前で呼ぶよう促した。『逢春』の名で呼んでくれと。
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