第42話 そして、綻び

 

 ここ『シベル共和国王都』で、不可思議な男『ヨシダ』に遭遇した聖女ホノカたち一行は、ヨシダとの邂逅後『大賢者アイリッシュ』の居場所を探していた。


 アイリッシュさんは人族の魔法使いだったが、なんと年齢は130才だという。

 一体どんなご老人なのか、期待半分、不安半分、いや不安八割の私たちだった。

 なにせリリアス師匠でさえも『少々変わった人物だ』と言っていたし、高齢の魔法使いに常識人が居るはずがない!

 私はそんな風な偏見を持ってアイリッシュさんを探した。


 やはり変人であるという評判は伊達ではなく、すぐにアイリッシュさんの情報は掴めた。


 なんとアイリッシュさんは『国家魔術師』だったのだ。


 シベル共和国の国家魔術師団、通称『シベル魔術団』。その団長こそがジャック・アイリッシュその人だったのだ。


 ギルドの受付嬢はもう一つアイリッシュさんの情報を教えてくれた。

 ___約100年ほど前、この世界には凶悪な魔族の王アルスが君臨していた。

 魔王アルスは、その強大な魔力を使い、世界中のありとあらゆる種族とその領土を我が物にしようとしていた。つまりは魔王アルスこそが悪の権化だったのだ。


 そんな中、人族に光の勇者が生まれる。名をタリウス・オブライエンといった。

 タリウスは不思議な能力を持つ。それはあらゆる闇を浄化する能力だった。

 次第に彼のことを人々は勇者と崇めることとなる。

 なぜそのような能力を持っていたのか、それの理由を知る者はいない。

 しかし、それは何者かに与えらえたものだったという。

 

 勇者タリウスとその一行は討伐隊を編成し、魔王軍に進軍。

 見事、魔王アルスを討ち取ることに至ったのだ。

 そして世界は平和を取り戻したというわけ。めでたしめでたし。

 

 そのタリウスの故郷がここシベル共和国なのだった。

 そして、なんとその勇者の仲間の一人が何を隠そうアイリッシュさんだというのだ。


 受付嬢は鼻高々に語って見せた。


 他にもアイリッシュさんは、この王都の冒険者ギルドの最高責任者だという。

 受付嬢のやけに扇情的なユニホームは、どうやらアイリッシュさんのプロデュースのようだ。

 なんか嫌な予感がしてきた。私はリンファちゃんの手をぎゅっと握る。

「おろろ?」

 受付嬢の対応を見るにそれほど評判の悪い人物ではないようだった。

 リリアス師匠のご友人だもの、いい人に決まっているわ! 私は私に言い聞かせた。


「ところで、アイリッシュさんにはどちらでお会いできるんですか?」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 私とサガンの二人は、受付嬢から聞いた町はずれのお屋敷を目指し、日が翳る道を歩いていた。


 他のみんなは先に宿で休んでもらうことにした。

 リールはお子様二人のお守としてお留守番。

「オイラも変なじいさん見たかったぞー!」

「我はホノカと一心同体じゃ。いつでも呼ぶのじゃよ! ところでリール。その固いパンを我に寄越すのじゃ!」


 騒がしい三人が居ないとどこか寂しかったりするのだけれど、こうしてサガンと二人で歩くのも久しぶりで何だか楽しい。

「パーティも賑やかになったな」

「そうね。始めは私とリールの二人だったのよ? サガンと初めて会った時のこと、今でも忘れられないわ」

 私は思い出し笑いを浮かべていた。それこそそのの時は笑い事じゃなかったけれど。

「あの時、ホノカたちが居なかったら、俺は死んでいた」

「血だらけで倒れていたんだもの。驚いたわよ」

「あの時、俺は不思議な夢を見たんだ。ある魔物がグレイシードのことを教えてくれた。ずっとただの夢だと思っていた。だけど、ヨシダがその名を出したんだ。そこですべてが夢じゃなかったんだと知らされたんだ。ビッグバード。その魔物はそう名乗った」

「ビッグバード・・・・・・」

「どうした? ホノカ」

「私、その名前、知ってる・・・・・・」

「知ってる!? どこで聞いたんだ!? 思い出してくれ!!」

 サガンは力任せにホノカの肩を揺らした。

「痛いわ・・・・・・ごめんなさい、思い出せない」

「そうか・・・・・・すまなかった」


 私たちの間に暫くの沈黙が流れた。

 その足は町の喧騒を抜け、大きな葉を付けた並木道へと歩みを進める。

 その整備された並木道の前を数人の通行人とすれ違った。

 子供の手を引く母親。

 仕事帰りの男性。

 学校帰りの男女。

 私たちとすれ違うたびに、それぞれがそれぞれを意識せぬよう、干渉せぬよう絶妙な距離感を保って歩く。



 私はなぜだか急に、サガンの手を握りたくなった。



 そう思っていた時、サガンの固く骨ばった左手が、私の右手を優しく臆病に包み込んだ。


「えっ」

 私は驚いた。驚いてサガンの左手を握り返した。

 お互いがお互いの手を握り返す。強すぎず、優しすぎず。

 心臓の音が大きく聞こえる。

 激しく。


 サガンは私の大切な人。

 いつでも側に居てくれる。

 握った手は温かい。


 大切・・・・・・。


「あ・・・・・・」

 私は私の記憶の綻びを見つけた。

 お母さん、お父さん、ミキ。


 サガンの顔を見上げた。

 そこには照れた表情を隠すように前を向いている少年が居た。


「私、記憶が戻ったのかもしれない・・・・・・」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そこからは、洪水のように記憶の波が押し寄せてきた。


 日本という島国で生まれ、父、母の二人に温かく育てられた。

 何不自由なく大きくなり・・・・・・小学生の頃にある事件に巻き込まれた。

 誘拐された私を救ってくれたのは『ビッグバード』。

 サガンの夢に出てきた魔物だった。

 幼い私は『ビッグバード』から「特別な存在」だと聞かされる。


 その時は理解できなかった。

 けれど、その事件の後、私にはが芽生えていた。


 親友のミキにも話せない、人知を超えた回復能力。

 今となっては分かる。それこそが聖女の力だったんだ!


 そして17歳のある日、私はある男から殺された。

 そして、天使ちゃん! あの可愛らしい天使ちゃんに使命を与えられ、転生した。

 そう、グレイシードの抹殺! それが私の使命。


 どうしてこんなに大切なことを忘れていたんだろうか!

 私は本来の自分を取り戻した。

 それは忘れ物を取りに来たのにも、探しものを見つけたのにも似ていない。


 まったく新しい人生の始まりと呼べるような、そんな大袈裟な感情に似ていた。


「ミキ・・・・・・。あなたに会いたいよ・・・・・・」

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