第25話 新入生ガルボの恋 5
「それでそれで??」
『召喚術専攻第1班』のアスカ・ユキムラは椅子の背もたれに跨るように座ると、前のめりにテレサ聞いた。
アスカも今回の休暇は帰省することなく課題に励んでいた。いわゆる残留組だ。
「それでって、それだけだよ。」
テレサの返事にあきれた表情のアスカ。
「...交際初日だしね、まあそんなもんか!」
「これでも頑張った方なんだよ。」
「そうねー。テレサにしては大胆じゃん。どう?初めて彼氏ができた感想は?」
アスカは冊子を丸めてマイクを作るとテレサに向ける。
「手汗が気になって、それどころじゃなかったよ......。」
「ガル坊は汗っかきか~。」
「私の手汗だよ。てかそのガル坊っていうの辞めてくれるかな。」
「だっていっつも、ガルボ君の坊主頭がかわいいとか言ってんじゃん。だからガル坊。安直だがそこがいい。」
「よくない!絶対本人の前で言っちゃだめだからね!」
「それは、変なあだ名のこと?それとも、先に好きになったのがテレサの方だったってこと?」
「どっちも!!アスカの意地悪......。」
「照れちゃってかわいい!でも、不器用だよねー。テレサも彼も。」
......へっくしゅんっっ
あれ、風邪でも引いたかな。
「よし、もう少しで掴めそうだ。」
休暇中に少しでも技術を磨こう。
立派な軍人になるため、まずは得意分野からだ。
ガルボはもともと『特待生』として士官学校に招かれたエリートであった。
幼少期より水心流武術の達人であった父の影響で武術にのめり込み、地方大会では敵なしと言われていた。
水心流とは、『魔族3大武術』の一つとして古来より受け継がれる武術であり、その柔軟性と静かな挙動からその名がついたと言われている。
ガルボの父ロッテは水心流師範代としてちょっとした有名人だった。
父のつける稽古はとても厳しかったが、ここ士官学校では稽古以外の科目が多く、ガルボの自信はさんざん打ち砕かれる。
単に武術のみに特化していたとしても、他ができなければ軍人としての評価は低くなる。
様々な科目を習得することに重きを置いているのが士官学校の方針なのだ。
テレサとの交際。
それは夢のような出来事である。
あのあと、寮に戻って何度も自分の頬をつねってみたことは誰も知らない事実である。
テレサとの関係は二人にとって大いなる安らぎと能動的思考を涵養させた。
二人はお互いを高めあう、良好な環境を築いたのであった。
幸せを噛みしめると、やる気が沸き上がった。
稽古場に人気はなかった。
ちょうどいい。
1人で自由に使わせてもらおう。
今日の目標は『正拳突き』2000回。
一撃一撃に魔力を込め、敵を想定して打ち込む。
目の前には敵兵がいる。保有している武器は様々。
いかなる状況に対しても冷静で確実な一撃を。
一つずつ、一つずつ。
自分自身の癖を強制しながら、もっと強く。もっと無駄の無い動作を。
休暇明けの実技の試験では教官を驚かせてやる。
達人の突きには精霊が宿るという。その一撃は音をも置き去りにする。
「僕は、もっと強くなりたい!」
そんなことを思っていた矢先、ガルボの意識にある映像が浮かぶ。
それは暗闇の中の閃光のように一瞬にして意識を支配した。
これはまさか、
『転写魔術』!!?
予測できな物事は突然に襲い掛かるものだ。
戦術の授業で聞いたことがある。
特定の相手に対して意識を強要させる魔術。
術者は転写魔術によって対象に精神攻撃を仕掛けることができる。
『......ロス...。。ゼンイン......コロス......』
「殺す!!!??」
ガルボの脳内に大鎌を持った死神のイメージが浮かび上がり意識を支配していく。
ガルボは抗ったが対抗するすべを持たない。
授業の内容を思い出せ!!自分に言い聞かせる。
精神攻撃を無効化するには......?
そうだ!魔術のアルメダ教官が言っていた!
呪術に対して有効な手段は『痛み』であると!
正常な意識を保てないほどの痛みを自身に与える事、そうすれば術式は解除される!
万が一、回復術師のいない場合にはこれが唯一の手段。
そもそも回復術師なんてものは魔族には生まれにくいと言われている。
ガルボはグルグルと絡みつく思考の靄を振りほどき、筆箱にあるはずのカッターナイフを探す。
『......コロシテ...ヤル......』
指先の感覚も薄れている。
触れたものが
これがボールペンなのかカッターナイフなのか、はたまた消しゴムかもしれない。
『...ナニモカモ...ゼンブ......ゼンブ』
最低限鋭利なものでなければ自身を傷つける事などできない。
だが考えている余裕などなかった。
このまま
とにかく手に取った”長い物”をガルボは自分の大腿部に思いっきり突き刺した!
「!!!」
右足を発端に一瞬にして激痛が走る。
いつもの自分なら絶叫を上げていたに違いない。
それでもその痛みは柔らかく感じられる。どうやらこの精神攻撃は並みのレベルではないようだ。
それでも痛みによって視界は晴れていく。
ガルボは血まみれの手のひらを開き、そこにあったものを観察する。
それは尖った鉛筆であった。
前回の試験で忘れて以来、欠かさず常備しているそれであった。
こんな状況だが笑ってしまう。
段々と視界はひらけてきた!意識もはっきりとしていく!
「誰だ!!出てこい!!」
反応は無い。当然だ。
「テレサちゃん!!!」
ガルボは稽古場を飛び出した。
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