第24話 新入生ガルボの恋 4

 休暇に入ると寮の人気は一気になくなった。


 寮母のパリスさんも休暇に入るらしい。




 僕は一人で寮に残ることになってしまった。


 僕の故郷であるベルランゴは先の戦争でなくなってしまった。


 厳密には人族の国『アルガリア公国』の支配下に置かれている。


 アルガリアは支配下のベルランゴに対して圧政を強いることはなかった。


 セトミア海に面していたベルランゴは、アルガリアの兵站の拠点として前よりももっと豊かになった。


 魔族や人族のみならずたくさんの移民が暮らすようになり、貿易の中枢としての機能は人々に多大な恩恵をもたらした。




 最も大きなのは『食』の流通である。


 元より魔族は食に対する執着が薄く、人族のように調理に時間を要するような習慣はなかった。

 腹が減ればそこら辺に生息する魔物を狩り、大雑把に煮るか焼く、もしくは血の滴るまま頂くのが魔族流。


 あくまでも調理とは、毒抜きや寄生虫を殺すために加熱する、その程度の手段でしかない。


 調味料を使ったとしても塩か胡椒をかけるだけ。甘いものを食す機会などは皆無と言っていいだろう。



 そこに人族の『食文化』が到来した。


 人族は何かにつけて食事を楽しもうとする習慣があるらしい。


 多くの国で様々な味付けがあり、食材も多種多様、見た目にもこだわる有様である。


 食事に見た目の良さが必要か?僕はそう思っていた。


 しかし、ベルランゴに住む魔族たちはそれを美しいと称し歓迎した。


 それが真意だったかは定かではないし、忖度したとも考えられるが、それは次第に根付いていくことになる。


 今やベルランゴは美食国家として世界中からの旅行者が訪れる美食の聖地となっている。




 ......違う。




 そんなのは僕の故郷ベルランゴではない。


 美しい海を守る、誇り高き海の一族の国ベルランゴ。


 海洋生物と共にある、魔族始祖の1人『英雄ベルランゴ』が建国した美しい国。



 人族は海を汚し貿易港を作った。


 水の精霊の加護を踏みにじった。


 ベルランゴの国民は忘れてしまったのか?


 戦によって失われたたくさんの命を。


 父さん、母さん......。



 変わってしまった故郷を取り戻すことはできない。



 ならば、せめて......。





「どうしたの?そんなに怖い顔をして。」


 振り返るとそこには天使...ではなくてテレサがいた。



「ガルボ君。人でも殺しそうな顔してたけれど、何かあったのかな?


 それに今日から休暇だよ。」



「テレサちゃんこそ休暇中にどうしたの?」



「私の実家はすぐ近くなんだ。今日は課題やらなきゃだから学校来ちゃった。」



「そうなんだ!僕は帰省しないことにしたから寮に居るんだ。テレサちゃんに会えるだなんて、帰省しなくてよかった。」



「な、なに言ってるのよ。ガルボ君ってなんだか軽薄に見える時があるなー。」


 テレサは照れつつも目を細めて言う。


「そうだ。ガルボ君ちょっと付き合ってくれないかな。」






 テレサと二人で校内を歩く。


 いつもの騒がしさとは打って変わって、実に静かな校内だった。


 茶々を入れてくる同級生も居なければ鬼のような教官の目も無い。



「こんなに静かなんだー。なんだか寂しいくらいだね。」


 テレサはそう言ったが僕のそばには君がいる。それだけで十分以上だと思った。



 僕たちは近づきすぎず離れすぎず、そんな距離感を保って歩き続ける。


 大きな中庭は良く晴れて眩しい。誰かが遊んだゴムボールが転がっている。



 ずっとこのまま、二人を乗せてこの星よ回っておくれ!




 校門の外に出る。



 これはもはやデートである!


 二人はそんな状況を意識しないように授業の事を話したり、友達の話をしたりした。



「そっか。ガルボ君の班も退学した子がいるんだね。私たち、入学してもう半年になるんだもんね。


 結構毎日大変だよね。『召喚術専攻』でも何人か辞めちゃったんだ。」



 テレサは友達の話を始めた。



 とても仲の良かった女の子が退学してしまったそうだ。


 苛烈な訓練と難解な術式の授業に精神的に不安定になってしまったその女の子は、「耐えられない」と涙を流した。


 何のために”ここ”にいるのか、それが分からないと言った。



 テレサは何も答えられなかった。


 理想と現実。期待と不安。それの乖離。



 僕たちは若くて、とても不安定だった。



「私ね、召喚術の才能が有るって言われてきたの。小さな頃から、なんとなく術式の原理みたいなのが少しわかってた。


 地元では、天才少女なんて呼ばれたりして...その言葉を鵜呑みにしちゃってたんだよね。笑っちゃう。」


 テレサはとても悲しそうな顔をした。


 いや違う、これは苦しそうな表情だ。




 テレサは僕に助けを求めている?





 商店街を抜けて少し歩くとテレサは笑って一軒のお店を指差した。


「やっぱり空いてる!」



 指差した先には『サリーズ・ジェラート』と書かれた看板を掲げたお店がある。


「普段は学生の行列がすごくって諦めてたんだけど、ずっと食べてみたかったんだ!」


 テレサの表情が晴れた。



 苦しい時は楽しいことをみつけて......。


 そうして自分を騙しながら生きてきたのかもしれない。



 そんな考えを振り払う。



「ジェラートって何だろう?」



「ジェラートっていうのは、人族が考えたお菓子の事だよ。甘くて冷たいんだって。


さ、いこいこ!」


 テレサは僕の袖を引っ張って駆けだした。




 僕とテレサはジェラートを一つずつ買ってベンチに腰かけた。


 こんなに甘い物はいままで生きてきて食べたことが無かった。



「......美味しい!」



「美味しいね!私、甘い物大好きかも。こんなに美味しいものを人族はたくさん考えてるのね。すごいことだわ。」


 テレサの中には人族に対する嫌悪感は無い。





 僕は......。





 ジェラートが溶けてしまわないうちに用心深く食べる。


 ベンチには僕たち二人だけ。


 テレサの美しい横顔をバレないように見つめた。






「ねえガルボ君。」



「ん?」


 驚いて前を向く。




「少し変なこと言ってもいいかな。」



「変なこと?ジェラートが美味しかった。それだけでも僕にとっては変なことだよ。」


 微笑むテレサ。



「私ね、休暇中はガルボ君に会えないんだろうなーって思ってたんだ。


 そう考えると、楽しくないなー、って。


 でも今日、ガルボ君の背中を見つけて、嬉しかった。」




 ???




 それは完全に僕のセリフだ。


 ひょっとしてテレサちゃんも僕と同じ気持ちで......?


 まさか、まさかそんなはずは無い。


 こんな何でもない男のことなんて......。




「前にガルボ君が私に言ってくれたこと覚えてるかな......?」


 前に......それは出し抜けに『好きだ』と伝えてしまったことだろうか?



「今でも、同じ気持ちでいてくれてるのかな......なんて......。


 いいの、いいの!今のは気にしないで!


 さ、そろそろ戻ろっか!


 課題が途中なのすっかり忘れてた!」


 立ち上がるテレサ。




「テレサちゃん!


 もちろん同じ気持ち...そう言いたいところだけど、実は違うんだ。」



 うつむいたテレサ。その表情は硬い。



「君を知って、僕はもっとテレサちゃんの事が......。


 堪らなく大好きだ!!」


 僕の大声は辺りに広がり、店員さんは拍手、通行人は驚いて口を覆った。




 耳まで真っ赤になるテレサ。


 テレサはうつむいたまま左手を、静かにゆっくりとガルボの右手に添えた。


 震えているのがガルボにも伝わる。


 ガルボは手汗をズボンで拭うと、差し出された左手を優しく取った。


 怖がらせないように細心の注意を払いながら。ガルボの大きな手はテレサの小さな手を包んでいった。





 二人は手を繋ぎ学校へと戻っていく。


 遮るものは何もなかった。





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