第9話 冷たい雨と

 


 サガンとホノカは防具の修理でマーケットに来ていた。


 そこそこの小金が貯まったところで、パーティは装備の充実を図ることにしていた。


 この前のように背中から一撃、だなんて事のないようにとホノカは言って聞かなかった。


「私のヒーリングに頼ってばっかじゃいけないわ!あなたたち二人は無茶が過ぎるんだから。


 特にサガン!あなた死にたいの?」


 サガンは姿勢を正した。


 ホノカには逆らえない。


「さっきのあれは何?なんで一人で突っ込むの?


 少しは強くなったからって、サーベルファング2匹同時は無理があるでしょ!?


 私の魔力だって無限じゃないのよ?回復できなくなったらどうするの?死ぬわよ?」




 ホノカの説教を黙って聞いていると、通りすがりに噂話が聞こえた。




「酒場のトマさんが?」


「ああ、今朝、店の裏で見つかったらしいんだ......」


「なんでまたトマさんが......」


「さわからねえ、誰かから恨みを買うような奴じゃなかったぜ?」


「信じらんねえ、店はどうなるんだ。」




 サガンが駆け寄って聞いた。


「トマさんがどうかしたのか?」









「ねえ、何かの間違いだよね?」


「当たり前だ、あの人が簡単にやられるわけがない!


 あの人は、酒場の店主である以前に、ランクBの元冒険者だぞ!」


 二人は急いで『しっぽ亭』へ向かった。



 冷たい雨が降り始めた。








 サガン達三人は、既に『しっぽ亭』の常連になっていた。


 旨い料理と酒、それよりもトマの人柄に惹かれていた。


 彼は、よく三人を気にかけてくれた。







「お前ら、冒険者か?」


 初めて『しっぽ亭』に訪れた時、不愛想な接客に驚いたが、店が暇なときやトマの気分がいいときは、同席して酌み交わした。


 トマは酔っぱらうと、息子の話をよくした。


 トマの息子サムは戦士職の冒険者だった。



 サムは強かった。


「息子は、人の世話を焼くのが好きでよ、困ってる人がいるとすぐに首を突っ込んじまう。たとえ金にならなくても関係ねえ。


 喜んでるやつの顔を見るのが何より好きなんだとよ。お人好しってやつだ。まったく誰に似たんだか。


 損をする性格だ。だけどよ、それでいいんじゃねえかと思ってたんだ。


 毎日ボロボロになるまで働いて、ただいまって帰ってきたら直ぐに麦酒飲んで大声で笑ってよ。


 仲間たちと大騒ぎしてた。


 幸せそうな息子を見てるとこっちまで嬉しくてよ。





 だけどよ、幸せってのは続かねえもんだ。




 ある日から急に息子たちは帰って来なくなっちまった。



 パーティの奴らも一人残らず帰って来ねえ。



 生きてるかもしれねえし、死んでるかもしれねえ。



 冒険者ってのはそういうもんなんだ。



 どっかで人助けでもしてるんだと俺は信じてるがな。」



 そう言うとトマは寂しそうな顔をするのだった。





 俺を待ってる家族はいない、だがリールやホノカの家族も同じ気持ちなのかもしれない。



 もし帰って来なかったら、もし我が子の死を突き付けられたら......。






 トマさんの悲しそうな顔を見るのが俺は嫌いだった。










『しっぽ亭』にトマの姿はなかった。


 入り口には臨時休業の張り紙があった。


 泣きじゃくる猫耳娘達を落ち着かせ、話を聞いた。




 珍しく店主がいなかったこと。


 裏で血まみれの「何か」を見つけたこと。


 怖かったこと。


 その「何か」がトマさんだったこと。


 首に大きな噛み跡があったこと。







 トマさんが殺されていたこと。






 冷たい雨は止むことはなく、3日間降り続いた。



















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