第10話 純白の魔術師
この国の司法、立法、行政すべてを執り行うのが中央議会である。
他国の多くが三権分立としているのに対し、偏った政治を行使し大きく発展したのがここアルガリア公国であった。
よって、アルデウス議長を中心とする中央議会が絶対的な権力を持ち、その上層にある王族さえもそのその能力により支配されつつあった。
その傲慢さで辛くもバランスを保ってきた議会もその体制は破綻しつつあった。
警察力も乏しく、一市民の死など書類一枚で簡素に処理された。
適切な捜査など行われるはずもなく、『魔物被害』という事故名が付き、トマの死は片づけられるのだった。
「納得がいかないわ! 人が一人殺されたのに、あんなに親切にしてくれた人が、こんな最後を迎えるだなんて酷すぎるじゃない!
どうして捜査は打ち切られるの?何も努力が見られないわ!」
こんなに憤慨したホノカは初めてだ。
だが無理もない。記憶を失った彼女にとって俺たちを含め知り合いはみんな同様に、
繋がりの深さに優劣をつけるとしても、みな家族同然なのではないだろうか。
ギルドのロビーに集合した俺たちは、どうすることもできずにいた。
『魔物被害』。
魔物には知性がなく,
町の外では様々な魔物に遭遇する事ができるが、議会直属の衛兵によって町への侵入は防がれている。
上空からの監視も四六時中行われており、並みの魔物では周辺を飛行することすら困難、魔術衛兵による攻撃魔法によって標的になる。
しかし、
知性を持った魔人なら?
魔人の中には、我々と同じ言語を話し、姿を変える者もいると聞く。
その侵入を許したという可能性は十分にあるだろう。だがそれらの可能性が公にされることはない。
責任の所在を追及されるのを避け、市民からの不信感を潔癖に嫌うのが中央議会のやり方らしい。
「おい、あんたら。」
振り返るとそこには頬に傷を持つ女が一人。
「どうりで臭えと思ったらよ、竜族のガキじゃねえか。
ちょっと面貸せよ。」
「いきなり誰ですかあなた、失礼ですよ!」
ホノカが女を睨む。
女は頬の傷を半分覆っているフードをとってホノカを睨み返した。
女は猫耳族でその毛は逆立っていた。
「へー、やんのかお嬢さん。人族の分際で獣人に勝てると思ってんのか?」
『獣人』
猫耳族、猪鼻族、犬牙族などの獣人の身体能力は人族よりも高いと言われる。
はるか大昔、この世界の創造主が人と獣を配合し、より強い種を作りだした。
それぞれの種は独自の進化を続け今に至る。
その進化の旅から外れたものは魔人と呼ばれている。
創造主に唾を吐いた悪魔の力で強大な能力を持つものも少なくない。
ホノカを制止しリールが前に出た。
「あんさん、えらい差別主義みたいやけど、うちら今それどころや無いねん。
わいは、男も女もかまへんで。相手したるわ、かかってき。」
「落ち着けリール!」
「止めんといてくれ、わいは仲間が傷つけられるのは我慢ならんねん。」
ロビーを出た俺たちの周りにはすぐに人だかりができた。
そこにはAランクの『武神ヨウメイ』、同じくAランクの『純白の魔術師アリステラ』の姿もあった。
「おやおや若人や、いきりなさって。」
武神ヨウメイは微笑んで眺めた。
最強の人族と謳われるヨウメイは至極会の師範。至極流の使い手である。
幼少より傭兵としてアルガイア公国に尽くし、齢50にして至極流を立ち上げた。
数多くの門下生を戦地へ送り出したこの国の英雄の一人として数えられている。
リタイアしてからは冒険者として世界を放浪し、数年でAランクまで登り詰めた。
「あらヨウメイ様。随分楽しそうだこと。」
純白の魔術師アリステラは武神ヨウメイの姿を見つけると、美しい口元を覆って控え目に笑った。
周辺の男たちは唾を飲んだ。
耳長族のアリステラは齢にして357才。
しかしながらその風貌は乙女のようで、行き交う男たちの羨望の的となった。
その実力も折り紙付きで、各系統の上級魔術をマスターし、驚異的な魔力量で、先の大戦では7日間不休で敵地に火炎魔法と水氷魔法を交互に打ち放った。
『純白』とはその容姿の美しさの事ではなく、火炎と水氷の相互攻撃により水蒸気爆発で辺りを白く覆ったことから由来している。
そして彼女は性格が悪かった。
特に美しい女性に対しては。
「......あの小娘、男から守られて......生意気だわ。」
アリステラは小声で呟いた。
「でもあの猫耳も鬱陶しいわね。邪魔してあげる。
......妖艶なる森の精、業魔の綻びを彼の地に......ブースト」
静かに唱えるとリールに対して強力な身体能力向上のバフをかけた。
リールの攻撃、防御、俊敏のパラメータが大幅に上昇した。
当のリール本人はそんなことは気づくはずもなく、
「猫耳おんな!あんさんが誰だか知らへんけど、あんまり舐めへん方がええで。」
リールは手の関節を鳴らし、構えた。
「お前らがトマと揉めてたことは割れてんだよ。正直に白状しな!
トマを殺ったのはお前らなんだろ!」
そう吐き捨てると、女は鋭い爪を尖らせリールに飛び掛かった。
「いまなんて!?」
「殺してやる!!」
「やめろ!俺たちじゃない!!」
サガンはそう叫んだが、興奮した猫耳女の耳には届かなかった。
リールは攻撃を躱し、女をなだめようとしたが、女は執拗にリールを狙って攻撃を仕掛けた。
鋭い爪がリールの左腕をえぐった。
ホノカはヒーリングを唱え止血したがリールは痛みに眉をひそめた。
「ちょっと黙らせんといかんみたいやなー!」
リールは拳を大きく振りかぶると、女の腹をめがけて打撃を放った。
その瞬間、リールは異変に気付く。
自分の意識よりも先に鋭い撃力が女の体を突き、想像以上に大きな衝撃を生んだこと。
リールの右腕は女の体を貫き、内臓を辺りにまき散らした。
口からは大量の吐血があり、目はグルんと真上を向いた。
「キャーーー!!!」
人だかりの中で誰かが叫んだ。
「殺しだ!!!」
一斉に騒ぎ出した人だかりは俺たち三人を取り囲んだ。
「......え......なんでや......」
リールは放心状態で女の顔を眺めていた。
「ヒーリング!!!」
何度も唱えられた治癒魔法も効果がなく、女の心臓は動きを辞めた。
「あらあら、ブーストの効果が強すぎたのかしら。にしても弱すぎるのがいけないんですわ。
知ーらないっ。」
アリステラは消えた。
「逃げるぞ!!!」
サガンは叫んだが、二人は動けずにいた。
「早く!!行くぞ!!!」
二人を無理やり引っ張ると城門の方へ駆けた。
「若人や、それは叶いませんて。」
リールは背後に何か驚異的な力を感じ、動きを止めた。
いや、空中に縛り付けられた。
ヨウメイの闘気がリールを捕らえたのだ。
「ほほう、
そう言うとリールを手放した。
ヨウメイはリールの身体能力の大幅な上昇を感知しすべてを悟った。
「可哀そうな子らよ。戦いの最中ゆえ罪を背負うべきとは思わぬ。
逃げなさいな。強くなり晴らしてみよ。」
多くの冒険者を背に三人は必死に走った。
二日ほど北に向かったころ、追手は来なくなっていた。
三人の会話はほとんどなく、ホノカとリールは罪の重さに潰されそうになっていた。
どうしてこうなった?
どこで俺たちは間違えたんだ?
相手から仕掛けられた戦闘だったが、間違いなく未熟な三人の罪だった。
ヨウメイが言ったことで、
一人を殺めたことに変わりはなく、逃亡犯として手配されるだろう。
あの時、ヨウメイが俺たちを離さなければ......ギルドの目の前だ、きっと誰かに捕まっていた。
アルガリア公国でのギルド登録は失効されているだろう。
一行は北の国、シベルを目指すことにした。
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