ディセプション

 まったく面倒な仕事を押しつけられたものだ。そもそも俺はガンマンで護衛向きの男ではない。それがわかっていてあの男は俺に護衛の仕事を押し付けたのだ。

 まあ、行く当てもないのでそのまま売春婦の宿舎に向かった。日は落ちて街灯や店の光が街を照らす。それは、道はずれの闇をも強く浮き上がらせる。その闇の奥深くに目的の場所がある。

 からり、と扉をあける。門番もいない。まったく不用心なことだと呆れたが、それが俺の仕事なんだと思い返した。

 奥からお年を召したお嬢さんが姿をみせた。

「なんだい、あんた。女を買いたければ店の方に行きな。」

「いやいや、スケアクロウの紹介で来たのさ。話は聞いてないのかい。マダム。」

「そんな話は聞いてないよ。」

 まあ、さっき決まった話だしな。当たり前だ。

「まあ、なんだ。護衛を頼まれたんだよ。名前は確かエリカ・グレイスだったかな。それでやってきた。こんな危ない時代さ。護衛の1人や2人は必要だろう。」

「だからって、あんたみたいな奴を誰の紹介もなく雇うほど馬鹿じゃないよ。」

「おいおい、そんなに信用できないのかい。」

「鏡で自分を見てみることだね、カーボーイ。」

 あきれ顔で言うマダムの顔もなかなか美しい。このまま見とれていても良かったのだが、それでは寝床にもありつけない。それは嫌だな、と思い直して話を続けることにした。

「そういうのなら確認をとってもらって構わない。この拳銃は預けておくよ。」

「まあ、確認が取れるまで適当に座ってまってなよ。もし本当だったらそれはそれで面倒だしね。」

「ありがとう。マダム。」

 俺はそう言って、その場に座り込む。ポンチョを毛布代わりに寝込むことにした。 物騒だが、まあ、とられて困るものは持っていないからいいか。

 

「起きな。カーボーイ。」

 俺は、マダムに叩き起こされる。日は登り、朝になっていた。

「おはよう。マダム。」

「おはよう。カーボーイ。確認はとれたよ。エリカの部屋に案内する。」

「それはありがたい。」

 俺はマダムの後に着いていった。階段を登りドアをノックする。

「なかなか紳士だね、お前さん。」

「カーボーイは誰でも紳士さ。ノックもせずに女性の部屋には入らない。」

 まあ、嘘なのだが。俺はカーボーイでもないし、ドアをノックするカーボーイの方が珍しいだろう。

 マダムが先に入る。部屋は日が射し込み彼女を隠す。逆光で影となった女を俺は見つめる。エリカ・グレイスは光の中で佇むのが似合う女だと思った。

「エリカ、お客さんだよ。あんたの護衛だってさ。スケアクロウも用心深いもんだよ。」

「ありがとう、マダム。後は私からこの人にお話するわ。」

「そいつは結構。厄介事は聞くのも穢らわしいからね。後は好きにおやりよ。」

 そう言ってマダムは部屋を後にした。

「ご機嫌よう、カーボーイ。スケアクロウからお話は伺っているのかしら。」

「いいや、何も聞いてない。ただ、あんたの護衛をしてくれと頼まれただけさ。それに難しい事は俺にはわからない。聞かされても3歩もすれば忘れちまう。」

「それなら自己紹介から始めましょうか。私の名前はエリカ・ウエスタン・グレイス。これからよろしくお願いします。」

「俺の名前は、そうだな、ジョン・ドゥとでも呼んでくれ。よろしく、お嬢さん。」

 俺は仰々しく礼をした。まさかとは思うが、落ちぶれたご令嬢かもしれん。

「こんなことを会ったばかりで聞くのは失礼かも知れんが、ウエスタン・グレイスということは西のご令嬢なのかい?」

「そうです。ご存知なんですね。それなら説明も簡潔にすみそうです。」

 グレイス家と言えば、西部の大鉱山主として名を上げた一族である。彼らは慈善事業に力を入れた。そして、それは信仰になった。そのため、グレイス家は滅ぼされた。異教徒の名のもとに弾圧を受け、鉱山の権利は剥奪された。

 在りし日の西部とは、グレイス家の復興を目論む一派が好んで使う名だ。端的にいって面倒意外の何物でもない。そもそも金になるような話でもないはずだが。

「それで、グレイス家のご令嬢がどうして売春宿に?」

「決まっているでしょ。春を売るためよ。」

「春は売り物ではないですよ、お嬢さん。」

「私の事を馬鹿にしているでしょ、カーボーイ。」

「そうですよ。何も知らなそうなお嬢さんに春を売れるはずがない。そもそも春とはどんな季節かご存知ですか?」

 エリカは光の中から抜け出してこちらへと近づいて来た。俺が寄りかかっている壁までは陽射しは届いて来ない。逆光から逃れたエリカの顔に思わず見とれる。

「春の始まりは、ライオンのように荒れて…」

 エリカの手が俺の喉に触れる。彼女の細い指が喉筋をなぞりながら下へと降りる。気がつくとチョッキベストとワイシャツのボタンが外され、上半身があらわになっている。

「春の終わりは子羊のように穏やか、何でしょう?」

 鎖骨をくすぐっていたエリカの指が宙を舞い、俺の唇に降り立ち、その指はゆっくりと彼女のもとへと帰っていった。

「春は、花薫る季節であるという…」

 俺はゆっくりとエリカの頬を撫でる。

「ハナミズキは朱色を帯びて人を誘う…」

 エリカの目が輝いて見えた。

「だからといって、それを喜ぶ人間ばかりではない。慣れない事はするもんじゃないよ、お嬢さん。」

 俺は手を戻して彼女から距離をとった。慣れてないかは知らないが。

「臆病なのね。」

「用心深いと言ってほしいね。」

「いいえ、あなたは臆病なのよ。変わる事を恐れている。傷つく事を恐れている。他人を受け入れるつもりはないのでしょう?それは臆病者と言いますよ。」

「そうかもな。」

「そんな人に私の運命を任せるなんて御免だわ。」

「お前の運命はお前が責任を持つんだよ。それが人生のルールだ。」

「そうよ。だから、あなたに頼ることはしないと私が今決めました。」

「抱けば良かったのかい?」

「何もわかっていないのね。」

「何も知らないからな。」

「何もわかろうとしないからよ。」

「わかっていることは1つある。ここに人が来るってことさ。」

 俺は大袈裟に両手を上げながら壁にもたれ掛かる。そして、からり、とドアが開く音がした。

「お前がエリカ・グレイスか?」

 入って来た男は2人。スーツを身にまとった奴らだった。

「おいおい、レディの部屋に入って来て、いきなりそれはないだろ。」

 俺は口を挟んだ。これは俺の性分なのでエリカに気を使った訳でもないのだが。

「お前さんが護衛か。スケアクロウから話は聞いている。俺たちと一緒に彼女を護送してほしい。思ったより早く話が進みそうなんだ。」

「そいつは結構。しかし、料金はどうなるね。とりあえず、前金で100$しかもらってないんだがな。」

「それは仕事を終えてから交渉しろよ。まあ、とにかくだ。早くそいつを連れてこい。」

 はいはい、困ったもんだよ。俺はエリカに近づいて手を握る。

「あなたは私の護衛ではなかったの?」

「お前の護衛さ。ただ、お前さんがただの商品というだけだ。」

 俺がエリカの手を引っ張ると、彼女は身体を俺に預けて来た。たすけて、と彼女が小さく呟いた気もするがよく聞こえなかった。

「ほらよ。お前らがエスコートしろよ。俺は行き先も知らないんだぜ。」

 そう言って、エリカを男たちに放り投げた。何故か彼女は俺の服を掴んだままだ。鬱陶しい。

 窓から日が射し込む。チクタクと時計の針が進む音が聴こえる。ドクドクと鳴る心臓の音が鬱陶しい。俺は倒れるかのように重心を落としてエリカの手を振りほどいた。そして、彼女の横をすり抜けて右側の男の懐へと入り、右ボディを喰らわせた。倒れた男を無視して、隣の男の顎にストレートを決めて、ホルスターから拳銃を取り出し2発づつ銃弾をプレゼントした。

「あなたはこの人たちの仲間ではなかったの?」

「仲間ではないさ。雇われていただけでさ。そもそもこいつらの雇い主と俺の雇い主が同じかどうかは知らないね。」

「あなたに助けてほしい、とは言ったつもりはないんだけど。」

「お前を助けた訳じゃないさ。これは俺の性分だ。何かこう、突然戦いたくなるのさ。お前はいわば言い訳だよ。」

「言い訳にもならないと思うけど。」

「それならそれで逃げるだけさ。何処へお逃げしましょうか。お嬢様。」

「何処へでもついていきますわ、カーボーイ。」

 これはこれで面白いか。そう思うことにした。

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