ポーカーゲーム

 街の通りに乾燥した風が吹き抜け、それに乗って干し草が玉になって転がっていた。ここ数ヶ月、雨が降っていない。乾燥地帯のこの地域でも珍しいほどの日照りだ。当然、街は不景気となり、治安が荒れ、人が売られる。そして、俺のようなはみ出し者にとっては稼ぎ時でもある。

 そうは言っても平穏に越したことはない。はした金に命を掛けるより、地味な雑用をこなして日銭を稼いだ方が気は楽だ。平和な時代ならば財布の紐も緩む。ちょっとしたことで金を出してくれるし、奢って貰うことも景気の良い時の方が多い。まあ、地味な雑用すら出来ないからこういう生業でしか生きられないのだが。それは置いておくとして。

 それにしても喉が渇く。こんな天候だからだろうか、不景気な面ばかり拝んだせいか。通り過ぎる奴らは陰鬱とした雰囲気を纏い通り過ぎる。『素晴らしきかな、この世界』でも口ずさみたい気分だ。


 まわるまわる。世界はまわる

 たとえ、僕がいなくなっても

 笑いながら知らん顔して

 そんなもんさ、人生~


 唄ってみたら、いっそう喉が渇いてしまった。ツッコミもいないし虚しいだけだ。ここらで一杯引っかけたい。喉を潤すにしても景気づけにするにしても酒がいる。とりあえず、あそこの飲み屋に入るか。

 ギィー。と、扉は鈍い音をたてた。店の中は薄暗くなかなかと雰囲気がある。好みの店だ。カウンターに腰を掛けるとバーテンに声を掛けられた。

「お客さん。場所代を払ってくれるかい。とりあえず、5$。それとチップのレートはこれだよ。」

 とんとん、とバーテンはメニューらしきものを指で叩く。やっちまったな。飲み屋ではなく、ポーカー場だったか。まあ、酒は飲めるから良いか。とりあえず、場所代と50$を支払い、酒を頼んだ。

「はいよ。ラム酒だ。」

「どうも。それでどのテーブルにつけばいいんだ?」

「お好きな席へ。」

 けっこうけっこう。なら、このまま酒を呑んでいようかな。ラム酒を舐めながら後ろのテーブル席で行われているゲームを眺める。

 紳士風の男がカードを配る。1枚目。そして、2枚目。その後、テーブルの中央にカードを表にして3枚並べた。

「ほお。テキサスホールデムか。」

「お客さん、知ってる口かい。」

「まあ、ルールぐらいはな。流行に敏いな。」

「ボスが好きなんだよ。ポーカーがね。」

「それは、御愁傷様。」

 ギャンブル好きのボスなんてろくなもんじゃねえ。リスクテイカーを通り越してリスク依存症の奴だって珍しくもない。

「あー、飛んじまったよ。これですっからかんだ。」

 どうやらテーブルの空きができたらしい。誘われる前に自分から出向くか。酒は楽しい方が旨いからな。

「チップは50$しか無いけど良いかい。」

 俺は同席の客に目を配りそういった。

 はっ、と笑ったのはハンチ帽を被った同業者か。懐に銃のホルダーが見える。

「お気に為さらず。楽しみましょう。」

 ちょっと場違いなほど身を整えた紳士風の男はそう答えた。

「黙って座れよ。」

 ぶっきらぼうに答えたこの男の残りのチップは後わずかだった。流れが悪そうだ。

 俺はカードを切って2枚づつカードを配る。ハートのクイーンとスペードの3が俺の手札だ。

「とりあえず、10$」

 俺はチップをテーブルに投げる。

「コール。」

「俺も。」

「10$レイズしとくか。」

 コモンカードを捲る。クローバーの5。ダイヤのジャック。スペードの10。

 ハンチ帽の男は帽子を少し上げた。紳士風の男は髪をいじり、残りの男は指でテーブルを叩く。

「20$。」

「降りるわ。」

「フォールド。」

「コール。」

 コモンカードを1枚追加する。ハートのキング。手札を見直して、思わず笑ってしまった。運が良い。今日はとても運が良い日だ。

「オールイン。といっても残り20$しかないけどな。」

 目の前の男も手札を確認する。ぶっきらぼうな男は顎髭をいじりだした。

「マスター。酒をくれるかい。」

 俺はそう言って、空いたグラスにラム酒を入れた。琥珀色の液体を揺らしていじる。独特の甘い匂いが鼻をそそる。いい酒だ。

「今日は死ぬには良い日だ。酒が旨い。」

「ありがとうよ。そんな安酒を美味しそうに飲むのはあんたぐらいだ。」

 ゲームそっちのけで酒を楽しんでいた。そうこうしている内に相手も覚悟を決めたらしい。

「コール。」

 俺は最後のコモンカードを捲った。スペードの2。

「さあ、勝負と行こうか。ショーダウン。そちらからどうぞ。」

 俺は相手に手を向けて促す。思わず笑っちまう。

「俺は、ハートの5。ハートのジャック。ツーペアーだ。」

「それじゃ、俺の番だ。」

 コモンカードに触れる。

「スペードの10。ダイヤのジャック。」

 そして、手札を1枚開示する。

「ハートのクイーン。それとハートのキング。そして、最後に…」

 手札のスペードの3を捲る前に相手がキレた。

「イカサマだ。てめえ、覚悟しろよ!」

 おいおい、盛り上げようと思っただけなのにそんなに粋がるなよ。そうこうしている内に左腕がつかまれる。

「勘弁してくれよ。イカサマするような男に見えるのかい?」

「見えるよ。」

 ハンチ帽の男が笑い声を嚙み殺してそう言った。

「はいはい、掛け金は没収してかまわない。どうせ持っていかれる金だ。」

「それで済むと思ってんのか、カーボーイ。」

「抜いた拳を振りぬく覚悟はあるのかい、バッドボーイ。」

 カツン。と荒くれ男の額に銃口を当てた。

「まあ、最後のカードを捲ってみろよ。それでイカサマかわかるからさ。」

「スペードの3。ブタかよ。」

「俺の負け。まあ、有り金もこれで無くなったしここは大人しく帰るよ。」

「まあ、待ちなよ。カーボーイ。」

 紳士風の男が声をかけてきた。

「良い腕だな。気に入ったよ。」

「ポーカーの腕がかい?」

「銃の腕がだよ。」

 紳士風の男が紫煙をくゆらせる。仕事を探していた訳じゃないんだがな。

「まだ、話は終わってねえよ。」

「お前が帰りな。バッドボーイ。」

 紳士風の男がそう告げると荒くれ男は連れ出されていった。

「まあ、なんだ。1つ仕事を頼まれちゃくれないかい。簡単な仕事さ。とある売春婦の護衛だ。よくある仕事だろ。」

 世界は廻る。俺の都合とは関係なく。笑い飛ばすぐらいだ、俺にできる抵抗は。


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