ずっと君を探していた

朝の対面時、スホはまるで父の話を聞いてなかった。父からの問への答えはほとんど上の空で話にならないと部屋に帰れと言われた。

スホの頭の中は今、やってしまった以外のことが考えられない。

本当に寝ぼけていたというもののさすがに恥ずかしすぎる失態だ。それに本物のソウじゃなかったらどうする?ソウの自分を呼ぶ声と必死に抵抗して自分の胸を叩いていることで目が冴えた。


寝ぼけててソウの香りがしたと勘違いしたとはいえ、やっていい事と悪い事がある。

ついため息が出る。参ったな…。

昨夜はつい熱中して講義で受けた政についての問題をずっと解いていた。そして気が付いたら夜が更けるどころか日が昇りそうになっていて焦って寝たのでソウが起こしに来た時点で3時間ほどしか寝ていなかった。

自分が寝起きが悪いことも分かっているはずなのについ熱中してしまってその上起きられずに寝ぼけて勘違いで女官を抱き締めるなど有り得ない話だ。


スホは部屋に帰りたくなくてどうしようかと庭園で寝転んでいた。庭園ならしばらくは誰にも見つからないはずだ。

庭園にある大きな木は眩しすぎる朝日を丁度よく遮ってくれる。しかし朝の対面時の衣の格好なので寒い。寒いけど部屋に帰ろうにもいい言い訳が全く頭に浮かんでこない…。

ソウの香りがする、と同じ名前の女官に言って抱き締めたわけでその女官が別人だった場合が1番問題だ。8年前のソウの存在を話したことは1度もない。

勘違いしたと正直に謝るべきだろうか、勘違いしたなんて言い訳通るものだろうか…、同じ名前だけに融通が効かない。

スホの頭の中で堂々巡りする。

だけどスホの睡眠不足の頭がそんなに働く訳もなく、朝日が和らいできて暖かい心地になる時間に庭園で眠りに落ちてしまった。

スホは眠る寸前に確かにソウのキンモクセイの香の香りがしたと思ったのに…と思っていた。


「イアン!祭り行ってきたんだろ?ソウはどうしてた?」

「またソウ様の話?少し挨拶したけど普通だった」

イアンが面倒くさそうに答える。

2人とも今より顔が少し幼くて、スホに祭事の度にソウのことを聞かれるからイアンがうんざりしていた頃だった。

「普通ってなんだよ。4年も会えてないんだよ」

スホが不満そうに答える。

「早くソウ様に嫁に来て貰え」

スホ12歳。この頃王宮内の空気は最悪だった。

ラヒが第2子となる子を出産した。しかしまたも女児だった。日に日に増すラヒからの殺気をスホは肌で感じながら生活していて、スホにはソウとイアンの存在しか頼れるものが無かった。

異母兄のシンはスホより5つ歳上でもう公務をこなす歳だった。ラヒの出産前後は公務で不在だったため頼れなかった。

そんな中で、ある事件が起こる。

それはソウの父、右大臣の処刑。

なんの罪か、全く公開されること無く処刑された。

スホにとっても右大臣は親戚のような感覚の人間だった。そしてなによりソウが心配でならなかった。

何度も父の部屋や宮廷に赴いては聞いた。

「父上!右大臣はなぜ処刑されたのですか!なんの罪ですか!?」

「せめて家族には公開してください!家族たちは無念でならないと思います!」

こうして毎日父に訴えたが全く聞き入れて貰えなかった。そしてこの頃この事件とラヒの出産がきっかけでスホの監視は甘かった。

ある日の午後その日もイアンが来ていてその日もスホは父に訴えたが玉砕して部屋に戻った日だった。

「なあ、外ではどんな感じ?」

スホの質問にイアンが答える。

「右大臣家が後ろ指さされることはなさそう。罪状も公開されない異例の処刑だから見せしめだと思われてる」

スホが机に突っ伏した。

「あ~、ソウ大丈夫かな~。せめて会えないかな。どうにか抜け出す方法ないか?」

スホの嘆きにイアンが言った。

「抜け出せるんじゃん?今なら」

ばっとスホが顔を上げる。

「どうやって?まさかあの道通れると思ってんのか?監視がきつくて無理だろ?」

あの道というのは当時スホとイアンが作った王宮外にでる抜け道で普段は隠しておいた。2人しか知らない抜け道だった。それになによりスホの監視が厳しくて使う機会がなかった。

「最近警備甘いよな、お前に対して。俺がここでお前と入れ替わって戸に背を向けて寝ていれば抜け出せるんじゃないか?」

「お前協力してくれるわけ?」

スホが疑いの目でイアンを見る。

「ここで協力しなきゃ親友とは言えないだろ」

イアンが珍しく言い切った。この言葉を信じてスホはここから1年間の間で何回か王宮を抜け出すことに成功した。これはスホが後から知ったことだが毎度かなり騒ぎになっていたらしいがラヒが手を回して父に伝わらないようになっていた。恐らく家臣たちにあいつはダメだ、そう思わせるのに美味しいと思ったようだった。スホはそんなことは露知らず王都の中、宛もなくソウを探し回っていた。でも結局ソウは見つけられることはなく、13歳になったばかりのある日父に手違いでスホが度々抜け出していることが伝わってしまった。

「お前は何度言ったら分かるんだ!そんなんでこれから王になれると思うか!忘れろ!お前はこれから絶対にここから出ることは許さない!」

「父上!」

そう言って父の護衛たちに押さえつけられて扉がしまった。扉が閉まるその瞬間ラヒの口元に笑みが浮かんだ。


スホは目が覚めたらなぜか庭園の木の下ではなくて自分の私室の天井が見えた。

「なんでここに…?」

起き上がって呟くとソウが気が付いて駆け寄ってきた。

「スホ様、寝ててください」

ソウに無理やり寝かされて額に手が当てられる。

スホとソウの額の熱さをソウが両手で測って言った。

「まだありますが、かなりお熱引きましたね。具合が悪かったのに気が付かなくて申し訳ありません」

「熱…?」

スホが聞き返した。

「はい。スホ様、高熱を出されて庭園で眠り込んでいたところイアン様が見つけられて運んできてくださいました」

あそこならなかなか見つからないはずだったのに、親友は手強い。そうか、自分は熱があったのか。

ソウの手が目の前にあってさっき額に当ててくれた時、冷たくて気持ちよかった。

スホがソウの手を握って言った。

「お前の手、冷たくて気持ちいい」

ソウが困ったように微笑んでそうですか、と言った。熱のせいで、風邪のせいで鼻も効かなくなっているのかも知れない。でもこの部屋の、自分の目の前にいる少女からキンモクセイの香りがするような気がする。

スホが熱のせいで虚ろな目でソウを見て言った。

「お前、8年前に俺に会いに来たソウだろ…?」

その言葉を聞いたソウが目を見開いた。


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