二日月 中

「ソウとよく似た没落貴族の娘、ね」

イアンのこの言葉をスホは昼までずっと頭の中で反芻していた。スホが探しても探しても見つからなかったのにソウから現れるものだろうか?

スホは午前中いつもの様に3時間程の講義を受け、読書をしていた。

だがソウのことが気になってあまり本の内容が入ってこない。

それにこの本を読むのも何回目だろうか。


王位継承第1位の王子が午前中は3時間程の講義以外ほとんど読書に費やす。これは我が国では有り得ないことだ。

スホは本来ならそろそろ父と共に宮廷に出させてもらう年齢だった。

だが現実しない。

それはひとえに義理の母に当たり現王妃のラヒがスホが政に関わる事を異常に嫌うからである。

なぜ王妃が王子が政に関わることをここまで嫌うのか。それはラヒがスホを王子として見ているからではなく、正妃ハヨンの息子として見ているからだ。

ラヒはハヨンに異常なまでの執着を見せる。

そしてハヨンとラヒは政への関わり方が正反対だ。

母妃ハヨンは父王と共に宮廷に出て、政に関わっていた。しかし現王妃ラヒは宮廷に出入りすることは禁じられている。

そもそも我が国ではスホの曾祖母に当たるスア女王の治世から公式的に女性の政への介入が認められ、男性と肩を並べるようになった。

もちろん、宮廷にも王妃の席が用意されていた。

そのためハヨンも例外では無く、正当に政に関わっていた。しかしハヨンが亡くなって継室となったラヒの時から父王がなぜか宮廷には王妃は出禁の命を出した。

正直スホはこの治世をよく思っていない。

そして宮廷に出禁をくらった王妃はどう政に関わるかと言うと私的空間で王に政に関して進言するようになった。まるで悪女そのもののようだ。

加えてこの進言もラヒに都合の良いことばかりで口が上手いのか父王もすっかり言いなりである。

そのため未だにスホは宮廷に出られず毎日息を殺して自分が王に即位する日を待ち望んでいる。

自分が不審な動きを見せればラヒに自分を始末させる言い分を与える口実を作ってしまう。

ラヒがスホを邪魔に思っていることなど誰から見ても一目瞭然だ。

いつしかスホの頭の中ではこの政を正常に戻せないものか、と言う考えでいっぱいになっていて昼はとっくに過ぎていた。


考えごとをしていたら昼が過ぎていて臨時の世話係の者から声がかかった。

「スホ様、後任の女官をお連れしました。通しても宜しいですか?」

スホはすっかり忘れていた。考えを書き出した紙が散乱する机を片付けながら返事をする。

「通していい」

「失礼します」

世話係が入ってくる。

そして世話係の後を着いて姿を現した女官を見てスホの心臓がどくんと音を立てた。

その佇まいは、スホがよく知るソウだった。

顔を上げてないからまだ分からないがこの雰囲気と佇まいが8年前のソウそのものだった。

いや、違う。名もまだ聞いていないし、顔も見ていない。

ただスホの記憶が、頭が、心が共鳴するかのようにソウだと言ってくる。

世話係の者が続ける。

「後任のスホ様付きの女官に本日からなりました、ソウです」

女官も挨拶をする。

「ソウと申します。至らぬ点が多いかと思いますが精一杯お役目を果たそうと努力致しますので何卒宜しくお願い致します」

心臓が、うるさい。

名前がソウである。ただそれだけの事。

声音も少し当時より低いじゃないか。

なのに何故こんなにどくんどくんと心臓が音を立てる?落ち着け。偶然かもしれない。

スホは息を吐いて自分を落ち着かせてから言った。

「顔を上げて良い」

「…失礼します」

女官が少し間を置いて顔をゆっくり上げた。

その顔は8年前のソウの面影を残した顔だった。部屋の時間が止まったようになった。また、部屋の雰囲気がぴりぴりと緊迫感でいっぱいになる。スホがソウを見て黙り込んだからだ。


目の前にいるソウと名乗る女官は自分が探し続けた少女を8年分成長させて連れてきたかの様だ。

二重まぶたの大きな瞳、長い睫毛、左目の下にある泣きぼくろ、白い肌、あの頃とは違う、けれど面影を残した紅をさした小さな唇、そして陽に透けると素晴らしく美しい琥珀色の色素の薄い髪色と瞳。

髪はまとめあげて結っているがやはり琥珀色に透けて見える。

これは現実か?

大人になった雰囲気を携えて現れた、8年前のソウが目の前にいる。それはなぜか女官の姿で現れた。

本物のソウか分からずにスホの頭の中は細い糸が絡むようにこんがらがっている。




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