二日月 上

ソウは昼過ぎからスホの世話を引き継ぐことになっていた。

ソウは王宮に入る時から度々違和感を感じていた。

まず王宮に入る時。

確かに義父はソウに役人に話は通っていると言っていたが高位女官になるための審査があまりにも甘かった。

仮にも王位継承第1位の王子の側仕えであるにも関わらずトントン拍子で話が進んでいく。

高位女官になるには元々の身分がそれなりに高くなければなれない。

故に身分も審査の対象に入る。

確かに身元に保証があるとはいえ不自然だ。

ソウは自分を義父に言われた通り、没落貴族の娘だと名乗った。ワン氏もハン氏も使わなかった。

それにもなにも言われずに実技の審査に入った。

ソウが実技審査で琴を弾いている際だった。

あるひとりの役人が来てなぜあの娘はこんなに早く準備が進むのか、と審査員の役人に尋ねた。

やはり自分の審査は異例のものらしい。

すると審査員は焦って同僚を黙らせようとした。

「余計なことを言うな!左大臣様とラヒ王妃様からの推挙なんだ。なにか言えば首が飛ぶ」

琴を弾きながらソウは納得した。

なるほど、王妃様も1枚噛んでいるのね。

ソウは実技もひと通り難なく終えていよいよ下女による身支度となった。

女官の中でも身分差はある。

ソウは最高位の女官として王宮に入ることになった。下女たちがソウの身支度を整えていく。

ソウの髪をいじる下女がおずおずと聞いてきた。

「御髪…如何なさいますか?」

「あ…髪…」

ソウは自分の髪を手に取って見つめた。

女官は基本的には髪を高く結い、団子のようにして簡単な花の形をかたどった簪を刺す。

だが高位女官のみ、そこから側室が出る可能性があるため自由が効いた。つまりそれは高位女官はそれほど身分が高いことを象徴するための行為であった。また高位女官の服は普通の女官よりも良い生地が使われている。


そういえばソウは昔、1度だけ会ったあの日にスホに髪色と瞳の色を褒められたことがある。

スホは陽に透けると素晴らしく綺麗な琥珀色だと言ってくれた。しかし今はこの髪色が目立ちすぎてスホに気が付かれてしまうひとつの要因に過ぎない。

ソウは下女に言った。

「良いわ、他の高位女官の方たちとは違う…、普通の女官と同じように結って」

「かしこまりました」

せっかく褒めていただいた髪色ですら今は邪魔になる。ソウはつくづく自分の身分の下落を思い知らされた。


ソウは昼になるまではそのままその部屋で待機することになった。

ひとつだけ不安な事がある。

スホが自分の顔を見て直ぐに思い出すとは思えない。もしかすると忘れてしまっているかもしれない。むしろその方が良い。綺麗な思い出のソウとしてスホの中で生きていける。

だけど今朝、ソウが王宮に入る際にある人物と鉢合わせてしまった。

オ・イアン。ソウとイアンは面識がある。

なんなら回数で言えばスホよりイアンとは祭事の場で何度も顔を合わせたことがある。イアンと特に何を話した訳では無いがあちらが自分が没落貴族の娘だと役人に名乗って女官の試験を受けに来たことを言っている際にこちらをかなり見られていた。


彼はスホの学友を経て護衛、そして王族が保持する軍隊の少将の位にあることをソウも噂で聞いていた。10歳の頃だろうか、祭事で顔を合わせた際は特に目立ってしまった覚えがある。

当時ソウは王直々にスホの相手にと呼ばれたことから貴族の間で時期王妃の候補だと噂されていた。

またイアンはスホの学友として王宮に出入りしていたし、何より武芸に秀でて将来武将として活躍されることを期待されていた。

お互い1度挨拶をして席は離れていたが存在感は十分にあった。

その不安に乗せてソウは自分が王宮に入る際、没落貴族の娘と名乗るにはあまりにも不釣り合いな程良い服を自分が着ていたことをイアンが気がついてなければいいと思っている。

役人は義父と王妃からの推挙や権力に恐れてその事を気が付く余裕が無かったと思うがイアンは違う。

確かにその場で対面したのは短時間ではあったがソウは彼が武芸に秀でていることから不穏なことに勘が鋭いことを知っている。


あの場ではたまたま名を言わなくても済んだが、この後スホと対面する時にはさすがに偽名を名乗ることは出来ない。

王族に嘘を申告するのは罪に値する。

特に偽名を名乗るというのは嫌疑をかけられることになってもおかしくない。

また、ソウが少しでも動けば宮中にいる義父の息のかかったもの達にあの侍女の命がまず先に狙われる。彼女は炊事場に配属され、離れてしまったが最後までソウを案じてくれた。

義父はソウが彼女の命を犠牲には出来ないことを踏んでこのような仕打ちをしたのだ。

悔しい。

ソウの中に義父に対する憎悪の感情がむくむくと湧いてくる。その時だった。

「ソウ、スホ様にご挨拶に伺います。またその後仕事を引き継ぎます。一緒に来なさい」

戸越しに声がかけられた。

臨時の世話係は男性だったためソウを気遣ってくれたらしい。ソウが返事をする。

「分かりました。今出ます」


さあ、いよいよ運命が回り出す!


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