疑惑のある女

「スホ様、いま宜しいですか」

スホの私室の前で声がかかった。

声の主は普段この時間は訓練場にいるはずだ。

スホは疑問に思いながら入れ、と中へ招き入れた。

声の主はスホの元学友、そして現親友、護衛まで兼ねているイアンだった。

イアンはソウと出会った同年にスホの学友として王宮に来るようになった。

イアンはスホより1つ年上で王家が最も信頼を置く国内有数の武家の子息だ。

また、母がスホから叔母に当たるダユ王女のため貴族に階級が近い武家である。

つまりスホとは従兄弟でもある。

スホが座れと促して聞く。

「どうした?この時間、いつも訓練場にいるだろ」

イアンは武家の出身だからなのか武芸にしか興味が無いし、運動神経も抜群だ。戦略や戦術のためなら寝る間も惜しんで時間を使うが勉学には使いたがらない。そして今はスホの護衛と王家の保持する軍の中でかなり上の少将という階級にいる。今の時間は普段は護衛ではなく軍の少将として演習のため訓練場にいる。

スホが不思議に思ってるとイアンが気まずそうに口を開いた。

「スホ様、今日からスホ様付きの女官が来るって仰ってましたよね」

「ん?あー、ああ」

スホが面倒くさそうな顔をして答えた。

先月スホ付きの女官が懐妊して辞めてしまったため募集がかかったようだ。要らないと言ったがやはり止められなかった。

「それが?」

果たしてその事がイアンに軍事演習に出ずに自分のところに来るほどの理由になるのかスホにはまるで分からない。イアンが続ける。

「スホ様はずっと探されてる方がいらっしゃいますよね」

続いての突然の質問に驚く。

「あ?うー、うん」

今度はスホが歯切れ悪く答える。何となく親友という見方もしてるからなのか気恥しい。

「実は、今朝演習のため王宮に入る時に新しいスホ様付きの女官を見たのですが…」

「はあ…それで??」

「落ち着いて聞いてもらいたいんですが、その女官が物凄く似ていました。あの方に。生き写し位で」


スホはいきなり周りの音が全て無くなったように感じた。息をするのも忘れるくらいの衝撃だった。

似ていた?ソウに?本当に?でもだしたら何故?

一気にスホの脳内で疑問が湧いてくる。

そして落ち着いてからもう一度イアンに聞く。

「それで?」

スホが真剣にイアンの話を聞き出した。

イアンはソウとお互いに面識がある。2人は互いに良家の出身のため祭事に顔を合わせることが多かった。また、2人とも当時から互いに目立っていた。

「俺…私は…」

「待て。ここからは親友の話として聞くから敬語じゃなくていい」

真剣に話を聞きたくてスホが待ったをかけた。

なんとなく、イアンに敬語を使われるのはスホは抵抗や違和感があるのでできるだけ使わせないようにしていた。イアンもその事を了承している。イアンが1度ふーと息を吐いてから話し始めた。

「…分かった。俺はスホ程長時間顔を見て話したことは無いし、数回顔を合わせたくらいだ。だから確かとは言えない。それに女官は実家は没落貴族のため姓を持たないと言っていた。だが正直それには不釣り合いなほどいいものを着ていた。なんか訳ありなのかもしれないがかなり似てると思う」

「似ていた…。お前が軍事演習よりこっちに来る程ってことか。今までも何度かあったけどそれほど似ているって言うことなんだな?」

「多分。もしあのまま成長していれば、の話だ。それにスホの記憶は8歳の時で、俺の記憶は彼女が12歳で姿を消すまでの物だ。だけどスホ程強い結び付きがあるならきっと顔を合わせれば気がつくんじゃないかと思う」

「でも没落貴族ってどういうことだ。12歳から2年ほど姿を消して見つけられなかった。いつの間にか母親が左大臣家に輿入れしてたみたいだけど、それならわざわざ自分の身分を落とすことないよな?」

左大臣家の養女なら身分は十分だ。わざわざ没落貴族と偽る必要は無い。女官の審査の2割は家柄が関わってくる。スホの疑問にイアンも同意した。

「そう。それがかなり引っかかる。まあとにかく多分今日スホと顔合わせだ。その前に伝えておこうと思って」

「助かった。申し訳ない、軍事演習の時間なのに」

「…いえ、そのようなことお気になさらずに。では後ほど、スホ様」

最後にはちゃんと丁寧な言葉遣いでイアンはスホの私室を後にした。スホはイアンには昔からソウの近況を聞きたり、似た人を見たら直ぐに教えて欲しいとお願いしていた。今日もそのために来てくれた。


だが釈然としない。

もし本当にソウなら彼女はスホに自分が8年前のソウだ!と名乗り出ると思っている。性格的に。

でもわざわざ自分の身分を落として不利な状況での審査。スホにはどういうことなのか分からない。

そもそもなんで自分付きの女官になるのかより訳が分からない。

ふと自分の机の左横にある箱に目がいった。

箱の中にはソウから贈られたカスミソウのお守りと母妃ハヨンのもうひとつの形見である椿をかたどった簪が入っている。

スホはソウから貰ったお守りを手に取って言った。

「8年前のソウにそっくりな没落貴族の娘…」


スホとソウの再会は目前に迫っている。




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