太陽の願い事を新月が叶えてしまった
刺客に襲撃されてから3ヶ月。
これ程地獄のような3ヶ月が世に存在することをソウは身をもって感じた。
夜な夜な恐怖で目は覚め、弓を触らなければ眠れない。弓とスホから賜った扇がそばに無いと安心できない。実際ソウは刺客に襲撃された際、弓を構えることすら出来なかった。
そしてこの3ヶ月間はほとんど調べるために動くことが出来なかった。自分ひとりの事情で襲撃に巻き込まれた侍女たちに申し訳なかった。
とにかくこの3ヶ月間は静かに、義父に従順に。
どうすれば侍女たちを巻き込まずに済むか、ひたすらに考えていた。
なのに。強い風が吹く中、見合いから帰ってきたらソウにとっての不吉の象徴がそこにいた。
ソウの目の前にいる男は不気味なほど笑みを浮かべている。
今日は新月なのか曇天だからなのか、より不気味に感じた。
ソウはもはや夕餉に味など感じられなかった。
しかしあくまで従順に、そして何も知らぬ存ぜぬがように柔らかに、穏やかに義父と接した。
「ソウと夕餉を共にするのはいつぶりかな?1年ぶりくらいじゃないか」
義父がたわいもない話から進めていく。
ソウもそれに応える。
「そうですわね。お元気でしたか?あ、お義父さま、お母様のご様子いかがですか?少しは良くなられましたか?」
「ああ、少しずつだけど回復に進んでいるよ」
「それは良かったですわ…。またお母様と暮らせる日を夢見てますから」
ソウがにっこりと微笑む。ソウに笑顔を向けられた義父が口を開いた。
「そういえば、ソウ。今日は3ヶ月ほど前、この家に賊が入ったと聞いてね。大事には至らなかったかい?」
遂にこの言葉が来た。賊、ね。
落ち着いて、ソウは穏やかに答える。
「ええ、少々驚きましたが…。大丈夫です。幸い怪我人もいませんでした」
「そうか。ならよかったよ。あ、今日も見合いだったね。お相手はどうだったかな?」
この1年で何回目の見合いだったのだろうか。もう100人以上と見合いをしている気がする。
「う〜ん、素敵な殿方でしたが…お義父さま、前にも申し上げましたが私、嫁ぐ気はないのです」
こちらも決まった返しをする。そう、以前から嫁がないと言っている。左大臣家の道具になるつもりは無いと。向こうもいつもと同じ返事をすると思っていた。義父が少し間を置いて言った。
「そうか…。ソウのお眼鏡に叶う殿方はやはりスホ様しかいないのかな」
はははっと義父が言う。いつもと違う答えだ、何かがおかしい。今日はいつものような定期的な監視の日だと思っていたが何かが違う。突然スホの名が出たためソウが一瞬固まった。
しかし直ぐに返事をする。
「いやですわ、お義父さま。スホ様だなんて恐れ多い。それにサリが王妃の候補でしょうに。妹から殿方をしかもこれ以上ない縁談を奪うことは致しませんわ」
ソウがふふふ、と笑って言う。笑顔がひきつる。
「そういえば今、スホ様付きの女官を貴族の娘に王宮が募集していてね。謝礼金も出るらしいんだよ」
「あら、そうなんですね」
和やかに進んでいく会話にここで区切りが着いた。
少し間が空いた。
「ソウ、お前、その募集に応募してみないか?」
ソウにとっては思いもしない提案だ。
それはソウに死ねと言うより残酷な提案。
義父も分かっているはずだ。
「な…何故ですか?」
動揺したのを隠そうと冷静を装って言う。
「だって嫁ぎたくないんだろう?それなら女官として働くのも良いし、お前は聡い。王宮でもやっていけるさ。…何よりスホ様とは幼少の頃仲睦まじかったじゃないか」
その言葉でソウの頭に一気にかっと血が登った。
「1度だけお会いしただけです!私は嫁ぐ気は無いですが女官など有り得ません!宮仕えなどしません!スホ様付きとてそれは変わりません!」
堰を切ったように、水が溢れるのを誰も止められないように。ソウが怒気を含んでまくし立てた。
スホにだけは見られたくない今の自分。
ソウがこう答えることを予測していたのだろうか。
ソウがそう言ったあとソウの視界がぐらりと歪んだ。え…? 瞼が閉じる最後の瞬間義父が笑って言った。
「そう言うと思っていたさ。予想通りの回答で感謝するよ、ソウ。お前はスホ様にだけは会いたくないと思うと思ってね…」
果たしてどれくらい経ったのだろうか。
ソウは頭痛と共に目が覚めた。ぼやける目の前には未だ義父の姿がある。頭が冷静になってきて動こうとした時だった。
拘束されていた。
手足、抜け目なく縄で縛られている。
話し声が聞こえる。
役人と義父――?
やっと目が据わってきたソウが低い声で言う。
「なんの真似ですか」
ソウの目の前に広がる光景。間者として動いてくれた侍女の首に突きつけられる刃。
直ぐに状況を理解したソウに義父が声を立てて笑う。
「お前は本当に聡いなあ。男に生まれてくればよかったものを」
不愉快な笑い声が響く。
「そんなことはいいので彼女を解放してください」
ソウのひとことで義父がある提案をした。
「この侍女を解放して欲しいか。じゃあ選べ。まず前提としてお前が俺の前から消えることが条件だ。方法を提示してやる。いち、どこか適当な家に嫁ぐ。そのに、疫病にかかったと言うことでここでこの侍女と死ぬ」
「…どちらも選ばぬ場合は?」
「まあ、待て。みっつめの選択肢がまだある」
みっつめ…?
!
ソウの顔が真っ青になった。
きっとこれが本当の狙いだったのね。
「まさか…」
「そう、そのまさか。さん、スホ様付きの女官に没落貴族の娘として姓も持たずに王宮に入る。その場合右大臣家の姓ワン、左大臣家の姓ハン。どちらも使わせない。その変わりあの侍女はお前に伴わせよう」
「なんてことするの…」
「だから大人しくしていればいいものを。何度も見合いさせてやったでは無いか」
人のすることでは無い。本当に最低な人間。
しかしここでソウが選択を間違えればあの侍女はソウのために死ぬことになる。見よとばかりに彼女の首には刃が突きつけられている。
ソウが何を選ぶかわかったのか、彼女がソウが口を開くのを遮った。
「お嬢様!私は死んでも構いません!お嬢様の誇りを第一にお考えくださいませ!」
「静かにしろ!」
ぐいっと彼女の首元に刃が寄せられる。それを見ながらソウは考えた。
誇り…。自分の誇りが自分を死から守ってくれた人を死なせてまで守るものなのか?
――いいえ、そんな誇りなら私には要らない――
ソウは目を閉じて、意を決して義父を見据えた。
「決めました。分かりました。みっつめの選択肢を選択します。その代わり彼女と母の安全を確約してください」
義父が待っていましたとばかりに言う。
「お前ならその選択肢を取ると思って役人と先程話をつけておいたんだよ。お前の母には決して危害を加えない。なぜなら元々私のものだからだよ」
意味のわからないことにソウは口を開きかけた。その瞬間、袋を被せられて目の前が覆われた。
ソウはその訳の分からない話を聞こうともがいたが封じられ一瞬解放されたかと思えば持参品を準備させられ開放された侍女と共に荷物を運ぶ馬車に乗せられた。抵抗すれば彼女の命が危ない。
そして翌朝にはソウは8年振りに王宮の前にいた。
8年前とは全く違う気持ちで。
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