化け物と関わりを持った少年は、脇見も振らず道を歩み始めた。





 Chapter7 海の目の前で、沈みきった先で






「まあ、あのあとセンパイを見かけて、そのあとオヤジと大げんかして今にいたるってわけよ」


 コンビニを立ち去り、海岸沿いの道路を歩きながら少年は満月を見上げていた。

「……それで、貴様はこれからどうするんだ?」

 ホテルへと換える我輩の後についてくる少年に尋ねてみた。

「ん? 俺様は化け物運び屋をまだ諦めてはいねえぜ。確かにセンパイは俺を認めてくれないなら、他の方法を考えるしかねえけどよお……まだ思いつかないから、それまではセンパイの後ろ姿を追いかけるぜ」


 ちょうどその時、我輩は海岸に運び屋が立っているのを見つけた。


「……ん? あの人影……センパイか?」

 少年も、その人影に目を向けた。

 我輩は運び屋が最近疲れていることを思い出した。

「少しリラックスしているのだ、そっとしたほうが……」


「なあオッサン、センパイに俺のことを紹介してくれよ!」


「……は?」

 少年は我輩の腕をつかみ、満面の笑みを浮かべた。

「あんたが紹介してくれたら、きっとセンパイも認めてくれるって!!」

「ちょ、ちょっとまて、彼はわっわっわっわっ」




 我輩の抵抗空しく、少年に引っ張られて海岸まで連れてこられた。




 海岸で運び屋は星空を見ていた。




 我輩と少年が近づいたころ、




 運び屋は気持ちをリセットしたようにうなずき、海を見た。




「おーい、センパ……」




 少年の声は、途中まで言って止まった。




 運び屋は、海を見たまま口を開けていた。




 海から、何かが現れたのだ。




 それは、は虫類のような皮膚を持った大男。


 右腕が異常に太く、先は刀のように鋭く光っていた。




 その姿を見た少年は、震えて動けなかった。




 変異体の姿を見たからだ。我輩も同じだった。




「オ前ガ……早ク……薬ヲ届ケテイレバ……」




 刃物の手の変異体は、運び屋に向かって腕を上げ……




「私ノ妻ハ……死ヌコトハナカッタッ!!」






 運び屋の上半身が、宙を舞った。





 黒みを帯びた赤い血液をあふれさせながら。






 今度は、刃物の変異体自身の首が吹き飛んだ。





 自ら切ったように、墨汁のような血液をあふれさせながら。






「……ゼンバイッ!!」


 少年は上半身となって砂浜の上に落ちた運び屋の元に走った。


「……ぁ…………ぁ…………ぁ………………………」


 運び屋は胸ポケットから何かを取り出し、それを砂浜に落とした。




 砂浜に落ちたスマホに手を伸ばし、数字を入力してロックを解除した運び屋は、


 そのまま、動かなくなった。






Chapter8 責任






 お兄ちゃん、元気ですか?

 私の友達、分かる?

 私と同じ変異体で、昔ながらの文通を楽しんでいたの。よくお兄ちゃんに頼んで、手紙を運んでもらっていたよね。

 そんな友達が今度別の街に引っ越しするって聞きました。他の人間に見つかっちゃいけないから、もうこれでサヨナラになるの。

 お兄ちゃん、疲れていると思っているけど、私の友達が引っ越す前に渡したいものがあったから、また依頼しちゃった。

 でも、どうしても渡したいものなの。私のことをいつまでも忘れないような、大切なもの。

 私のところに来たら、荷物を私の友達のところに届けてください。

 それから、もし時間があるなら……パーティしようよ。お兄ちゃんの誕生日には間に合わないけど。

 時間がなかっても、せめてプレゼントを渡させてよ。

 それで、お兄ちゃんの笑顔、みせて。






 運び屋のスマホのメールには、このような内容が入っていた。

 本来は他人のスマホをのぞき見てはいけないのだが、彼が死に際にスマホのロックを解除したということは、この内容を我輩に伝え、依頼を誰かに引き継ぎしてもらいたかったのだろう。



 “その次はなんとか成功させている。なんていったって、今日で30になるもんな“


 “そうか、今日が誕生日だったか”


 “ああ、だから時間が余るように次の依頼は早く受けないとな”




 運び屋が死んでから数日後、我輩はホテルの前でビジネスバッグを持って待っている中で、運び屋との会話を思い出していた。


「うっし! おまたせ!」


 少年は、バイクを駐車場に止めると、我輩の元に走ってきた。

「……予定の時刻より3分早いな」

「ああ、俺様の初めての仕事だからな」

 いつも通り少年は笑顔を見せていたが、我輩の目を見るとすぐに消した。

「すまん、笑っている場合じゃあねえよな……」

「いや、だいじょうぶである。それよりも、これを受け取ってくれ」


 我輩はビジネスバッグから、ゴーグルとスマホ、ポケットサイズのクリップボードと用紙を取り出し、少年に渡した。


「ん? クリップボードは領収書みたいなもんだと思うが……なんでスマホとゴーグル?」

「それはただのスマホとゴーグルではない。そのスマホは特別な機種だ。専用のアプリを入れており、そのスマホを持つものしか連絡を取り合うことはできない。そして、ゴーグルは変異体による恐怖を和らげるものだ」

 ゴーグルの説明を聞いて、少年は首をかしげた。

「それなら、このゴーグルを普及させれば、変異体と共存できるんじゃねえか?」

「いや、それはあくまで恐怖を和らげるものだ。ゴーグルを付けてもあまりにも見続けると影響を受けるし、それをつけても効果のない人間もわりとおるからな」


 少年は理解したようにうなずくと、それらを自分のレッグバッグに収納した。


「それじゃあ、頼んだぞ」


「ああ、わかってる。依頼者から荷物を受け取って、それを友人に渡す。それから、荷物を受け取るときに……話せばいいんだろ? あのことを」






 化け物運び屋は世界各地に散らばっている。専用のアプリを使って近くにいる化け物運び屋を探したが、近くにはいなかった。都合良くいくわけではないのである。


 我輩が行ってもよかった。

 しかし、自信がないのだ。間に合うかではない。彼の死を包み隠さず話せることを、それを聞いた妹の表情に耐えられるのかも。


 今でもこれでよかったのかと考えることがある。

 少年は、この依頼が初めてである。これ以前に別の配達業をしていたかは不明ではあるが、変異体相手の仕事は初めてのはずだ。確実に依頼を達成するとは限らない。

 だが、我輩は彼に託した。いや、押しつけたと言うべきか?


 いずれにせよ、我輩は友人の死を伝えることができずに、代わりに少年に肩代わりをしてもらったのだ。




「……センパイも、こんな気持ちだったのかなあ」


 バイクにまたがり、ヘルメットを手に持ちながら少年はつぶやいた。


「なんかよくわかんねえけどよお……昨日の変異体、嫁への薬を届けるように頼んだんだろ? それが失敗したら、逆恨みされても文句は言えないってわかっていたんだよな……センパイは」


「……」


 我輩は、何も言えなかった。


「……くよくよなんてしていられねえ。それじゃあ、依頼が終わったら連絡するぜ」




 少年はバイクを走らせた。




 それからしばらくして、彼から依頼は無事に完了できたというメールが届いた。

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