化け物に対する扱いに疑問を持つ少年は、カップ麺の汁を残さずいただく。






 Chapter4 送り迎えの後のホテル前にて






 キャンピングカーの中で、運び屋はあの少年のことについて教えてくれた。


 ここ最近、たまたま配達の荷物を依頼人の変異体に渡すところを、その少年に見られてしまったらしい。

 変異体を見た少年はその場で気絶をしてしまったので、運び屋は依頼主の変異体にその場から引っ越すようにと伝え、去って行った。


 その時はたまたま見られたため、ただの運のない少年だという感想だった。


 しかし、その日以来、少年はバイクに乗って運び屋の後を追いかけ回すようになったという。


 今日という日まで、運び屋も変異体だったということも知らずに。




「まあ、これにこりてアイツが俺の前に現れることはないだろうな」


 満月と街灯の下、


 ホテルの前まで送ってくれた運び屋が、キャンピングカーの運転席でハナで笑った。

「……話は変わるが、貴様はこれからどうするんだ?」

 キャンピングカーから下りた我輩が話題を変えると、運び屋は目線を暗闇に浮かぶ月に向けた。

「そうだな……実は依頼人のところに行く途中だったんだけどな……」

「……なんか、すまなかったな」

「いやいや、誘ったのは俺のほうだよ。少し頭を冷やしたかったんだ……よし、アイツのせいでまたカッとなってしまったし、夜の海を見て癒やされてくるか」

 彼の言葉に、我輩はある心配が頭によぎった。

「間に合うのか?」

「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。明日からノンストップで走れば余裕で間に合う。今のうちに休んで気持ちをリセットしないとな」


 キャンピングカーが走り去った後も、頭をよぎった心配が消えることはなかった。




 “この前、初めて依頼を失敗してしまった”




 夕方にこの言葉を話していた時、運び屋の表情はどこかやつれていた。まるで、その失敗を引きずっているかのように。

 ややギリギリまで休息しようとするのも、少年に自分の変異した姿を見せるのも、その負担が大きく影響しているように見えた。




 ここで我輩は、何かに忘れていることに気がついた。


 我輩は、夕飯と乾電池を買うためにコンビニに向かっていたはずであった。

 夕飯は喫茶店のイブニングセットで済ませたが、乾電池のことは頭からぽっかりとなくなっていたのである。






 Chapter5 バイクの少年、再び






 先ほど食べたというのに、


 雰囲気というものは、人の空腹にまで影響を与えるというのだろうか。


 おにぎりを前に、我輩は生唾を飲み込んでいた。




 何も考えずに買って食べてしまえばいいと思うかもしれない。

 だが、我輩は緊急の時以外は夜食を食べないと決めていたのだ。各地へ転々と渡る放浪者ではあるが、健康に気を使っているのである。


「ん? その後ろ姿……どっかで会わなかったか?」


 聞き覚えのある声に我輩が振り返ると、そこには先ほどの少年が立っていた。


「やっぱりそうだ。センパイの横にいたオッサンだ」

 少年の呼び方に来年で30になる我輩は眉をひそめずにはいられなかったが、少年の表情はどこか憎めない笑顔だった。先ほど、腰を抜かすほどの恐怖に襲われていたはずなのに。

「なあオッサン、どうしてこんなとこにいんの?」

「……乾電池を補給しに来たのである」

 我輩が答えると、少年は「おー、“である”! なんかシャレオツッ!」と我輩の口調に口出しした。


「なあ、オッサンってセンパイのこと、知ってるんだろ? 教えてくれよお」


 ……憎めないヤツなのか、はっきりいってウザいやつなのか、よくわからない心境だったが、とにかくおにぎりを食べる口実はできたのであった。







 Chapter6 コンビニのイートインスペース






 コンビニの窓際のイートインスペースで、我輩はおにぎり(ツナマヨ入り)を、少年はカップ麺(みそ味)をそれぞれ口にしていた。


「それでよお、オッサン……ズルズル……あんた、どんな仕事してんの?」

 少年は割り箸で麺をすすりながら会話を初めてきた。

「……ちょっとした商売である」

「商売? 自分の店とかもってんの?」

「いや、各地を転々として商売をしている。どちらかといえば行商人に近いな」

「へえ……あ、もしかしてさ!」


 割り箸を止め、少年は我輩の耳元でささやいた。

「もしかして……変異体相手……とかか……?」


 我輩がうなずくと、少年は「やっぱりそうだ!」と大声を上げた。

 周りの客が一斉に振り向くが、少年はかまわず話を続けていた。

「なあ、なあ、どんなかんじ? どんなかんじなんだあ?」

「……我輩にとって不都合なことは小声で言ってくれたのはいいが、せめて周りの目線がなくなってから答えさせてくれ」




 しばらく間を置いてから、少年は話の続きに入った。

 もうとっくにおにぎりは食べ尽くしてしまったが、我輩は彼の話にもう少し付き合っていた。


「……うーん、やっぱり俺様にピッタリな仕事じゃあねえなあ」

 我輩の仕事について語り終えると、少年はミスマッチを感じるように首をひねっていた。

「なんかこう……考えることが少ないっていうか……シンプルなやつがいいんだよな、うん」

「運び屋の仕事だって、個人事業だったら考えることが多いぞ」

「わかってるって。ただ、商品の価値とかなんとか見極めるとかじゃなくて、シンプルに受け取る、届ける、みたいなかんじがいいんだよ」


 少年は一息ついて、カップ麺の汁を飲み干した。大変おいしそうに。


「ふう、やっぱりカップ麺の最後の残り汁を一気飲みするのはたまんねえぜ」

「……我輩は残す派である」




 少年はゴミ箱にカップ麺を捨てに立ち上がった後、一緒に買ったと思われるコーラ入りのペットボトルを手にイートインスペースの席に戻ってきた。


 我輩は聞きたいことがあったので、まだこの席にいることにした。


「なあ、そろそろ我輩が質問をしていいか?」

 ペットボトルに手をかけようとした少年は予測していなかったのか、キョトンとした表情をしたのち、「まあ、いいぜ」とうなずいた。

「見た目で判断しているようだが、貴様のその学ラン……学生か?」

「いや、学校はとっくに辞めた。退学処分をうけたんだ。まあ、服のほうは俺様が活用させてもらっているんだがな」

 彼の学ランの襟元をよく見ると、確かに校章がない。つなぎ止めているボタンも、全部無地のものだ。

「この辺りに住んでいるのか?」

「それがよお……センパイを追いかけてもう1カ月ぐらい立つかな……ここがどこなのかもよくわかってないんだよなあ」

 少年は一瞬だけ窓の外の景色を見て、すぐに首をふった。

「まあ、どうせオヤジから破門されてるから、もう意味ねえんだけどな」

「……」


 我輩は一度言葉を飲み込み、その言葉をもう一度口の中まで持ってきた。


「貴様は、どうして変異体にこだわるんだ?」


 少年は、静かに笑みを浮かべた。


「……俺は、変異体と友達になりてえんだ」







 少年は、小さいころから変異体の処遇に疑問を感じていた。




 人に恐れられ、捕まると施設に隔離、もしくは駆除……


 そんな変異体の元の姿は、人間である。


 その事実は、一般人でもニュースや社会の授業を通して知っていた。


 年の幼い子供は、変異体に対して疑問視する子供がいてもおかしくはなかった。


 それでも、周りの大人たちや同年代の意見を取り入れているうちに、子供は変異体の扱いは今のままでよいのだと判断するようになる。


 汚れた服を着て遊び回る子供が、後にそれがみっともないと意識するように。


 それを大きくなってからも疑問視する者はほんのわずかである。




 そのひとりであった少年は活発な性格であったにも関わらず、常に変異体の疑問を口に出していた。

 その結果、彼は友人と呼べるものがいなかった。それでも少年は考え方を変えなかった。


 ある日、高校での後輩にあたる学生が、変異体に父親を殺されたというウワサを聞いた。

 少年はその後輩を無理矢理連れて行き、その場所へと案内させた。


 そこで彼は、生まれて初めて変異体を見た。


 その時の体験を、少年は興奮気味に語っていた。

 見た瞬間から全身の血が凍りつき、手足はけいれんをおこしたかのように震え、声は母音しか出なかった。そして、後頭部をたたかれたかのように、気を失ったという。




 この経験を、少年はあの日最高の出来事だったと言っていた。


 そして、あの日最悪の出来事は、後輩の父親を殺したのが変異体ではなく後輩自身だったという。






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