第5章 商人の我輩、化け物運び屋と再会する。

化け物と関わりを持ちたい少年は、実現可能な道を見つけ、追いかけ始めた。

 先ほどの商談は我輩にとってとても有意義なものだった。


 世界を見てまわりたい。純粋な気持ちを持った変異体が何を見るのか、我輩は個人的に興味があった。


 先行投資という形にはなったが、このことにより不利益となることはないだろう。我輩の興味を満たすことができたからである。


 ……そんなことより、この濡れた服を何とかしなくては。

 ビジネスバッグを片手に予約していたホテルに向かおう。その後は切らしていた乾電池と、時間はまだ早いが、夕食を買いにコンビニに行こう。






Chapter1 運び屋の男






「ん? おまえ、信士しんじか?」


 化け物運び屋の男と再会したのは、コンビニの前に到着したところだった。

 懐かしい声が聞こえてきた方を見ると、コンビニから彼が出てきていた。

「……久しぶりじゃないか! 信士!!」

 我輩が声をかけるまもなく、彼は我輩の肩を思いっきりたたいた。その力は、落ちてきた岩が肩に命中した痛みに匹敵する。まあ、本当に肩に岩が落ちてきた経験はないのだが。

「……ぐ……う……い……痛い……」

 我輩が肩を押さえてしゃがんだほどなのは間違いない。

「あ、悪い悪い……久しぶりだからつい……」

「せめて……力加減は考えてくれ……」




 その男の姿は普通の平均男性と同じ体格、少し眉がつり上がった顔にロングストレート、灰色の革ジャン、そして少しがっちりした体格にすごい馬鹿力を持っていた。

 それでも我輩が出会った人々の中には彼以上の馬鹿力を持つ者もいたが、力加減の調整ができていないのは彼だけである。

 彼は初対面や性格が苦手な人間には無愛想だ。しかし、親友に対しては大岩のように揺るぎない信頼を持ち、義理堅い一面も持っていた。


 ……ん? 彼の名前?

 そうだな……仮に“運び屋”としておこう。我輩は自分の過去のことを話すときに、本人のいないところで名前を呼ぶのに少し抵抗がある。






 Chapter2 キャンピングカーのストーカー






 コンビニに訪れた目的を話すと、運び屋はこの近くにイブニングセットがある喫茶店があるから一緒に食べないかと誘われた。

 ちょうどよかったから、我輩は運び屋とともに、彼の運転するキャンピングカーに乗り込んだ。




「仕事の方はどうなんだ?」


 運び屋が運転するキャンピングカーの助手席に座っていた我輩は、運び屋の質問に笑みを浮かべた。笑みを浮かべたい気分だった。

「ああ、今日は思いがけない商談があったが……なかなか期待できるお嬢さんに投資することができた」

「そうか……いいよなあ、おまえは。たしか個人企業の商売なんだろう?」

 運び屋はハンドルを切りながら、嫉みの要素を一欠片も見せない、リラックスした表情で相づちを打った。

「主に変異体相手のな。それに、貴様だって個人企業だろう」

「ああ、悪い悪い……でも俺の仕事は他の同業者がいるんだよなあ……」


 化け物運び屋は、我輩の仕事と同じで、公には出来ない仕事に近い。

 我輩の仕事との違いは、他に同業者がいること。化け物運び屋はそれぞれ組合を組み、スマホのアプリなどを使って依頼の情報を交換し合うのだ。


「そういう貴様はどうなんだ? 仕事のほうは」

 我輩はつい、余計なことを聞いてしまった。


 バックミラーに映る運び屋の目元が、暗くなった。


「……この前、初めて依頼を失敗してしまった」

 

「……そ、そうか。でも、貴様は今まで失敗はしていないんだろう? 一度の失敗は誰にもあること……」

「……いや、気にしなくていい。ただ、ちょっとした愚痴だ。それに、この前と言っても前々回のことだ。その次はなんとか成功させている。なんていったって、今日で30になるもんな」

 運び屋は先ほどの言葉を消すように笑みを浮かべた。

「そうか、今日が誕生日だったか」


「ああ、だから時間が余るように次の依頼は早く受けないとな」




 その時、サイドミラーに1台のバイクが映っていることに気づく。


 学生服にヘルメットをつけたそのバイクの運転手は、


 我々の乗るキャンピングカーを追尾しているようだ。


「……」


 運び屋は、まるでわかっていたかのようにため息をついた。






 Chapter3 学生服の少年






 夕日が沈みだしたころ、キャンピングカーは喫茶店の駐車場に止まった。


 喫茶店で我輩と運び屋は、イブニングセットとカフェオレを2人前頼み、味わった。

 その間に、我輩は運び屋とともに思い出話に浸っていた。運び屋とは長い付き合いだったが、合う頻度は少ないからな。




 あの少年が現れたのは、喫茶店を出てキャンピングカーに乗り込もうとした時だった。


「……おい、いいかげんにしろよ」


 キャンピングカーを眺めていた少年に、運び屋は突然低い声を出した。少年はすぐに振り向いた。

「……あ、センパイすまねえ、ちょっと見取れていたわ」

「センパイ?」「……」


 その少年の格好は、金髪のミディアムヘアー、学ランに黒い長ズボン、そのズボンには大きめのレッグバッグが付いている。

 よく言えば明るくおしゃれに気を遣った個性的な印象、悪く言えばチャラチャラした雰囲気を持っていた。


 無邪気に笑みを浮かべながら後頭部に手を当てて頭を下げる様子を見て、我輩は後輩なんていたのかと運び屋の表情を見る。


 ……明らかに、嫌そうな表情。


「いったいいつになれば俺のストーカーを止めるんだ?」

「あんたが俺を認めてくれるまでだ。俺は、化け物運び屋になるんだ」


 まるでひと昔前の不良がかっこつけているようなセリフ。当然、その言葉から覚悟があるのかどうかは判断できたものではなかった。

 ただ、その眼は運び屋の隣にいた我輩のことなどを捉えてないように見えた。無論、輝いていたかは覚えてないし、輝きがあったとして、そこから内なる覚悟を見いだすことなど我輩が判断することはできないのだが。


「……」

「あ、なんだったらテストを受けさせてくれよ!! どんなテストでも受けてやる! そうだ! 運び屋っていうんだから、運転の技術がいるだろ? 俺のバイクの腕前のテストなんてどうだ?」

 無言を貫く運び屋に対して、少年は次々と言葉を吐き出した。彼の心境にはそぐわないかもしれないが、我輩個人としては不思議なほほえましさがあった。


 運び屋はまだ無言を貫き通していたが、ふと何かを思いついたように顔をあげ、周りを見渡した。


「……わかった。それじゃあ俺のテスト、受けてもらおうか」


 運び屋は突然少年に近づいたかと思うと、革ジャンの片方の袖についたファスナーをつかみ、開いた。


「……ひっ!!」


 先ほどまで笑顔を絶やさなかった少年の顔が、真っ青に染まった。


 変異体の変異した部位を見たからだ。




 この時、我輩の位置からは彼の腕は見えなかった。しかし、過去に我輩は彼の腕を見せてもらったことがある。


 彼の腕には、緑色の魚類のウロコが生えていた。


 ただ、それだけである。


 それでも、耐性をもたない者が恐怖で動けなくするのには十分である。

 変異体の変異した部位は、人間の恐怖の感情を刺激する作用がある。耐性があれば無害だが、耐性がなければ恐怖で動けなくなる。一部では記憶障害などが起きるという報告もあるらしい。

 だから、人々が変異体を見ると騒ぎを起こし、変異体は駆けつけた警察に捕獲……抵抗すればその場で駆除される。

 だからこそ、変異体は人目を避けるのだ。




「……はい、不合格。もう付いてくるんじゃあないぞ」


 革ジャンの腕のファスナーを閉じ、運び屋はキャンピングカーに乗り込んだ。

「……信士、早くいくぞ」


 駐車場で情けなく尻をつく少年に目を向けながら、我輩は助手席に乗り込んだ。






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