第6章 化け物バックパッカー、名前をもらう。

化け物を恐れない女の子は、森の中を駆け抜けていく。

 



 立ち並ぶ木。




 足元は土の道。




 影が西から東へと傾いている。




 ここは森の中。




 夕焼けをも覆い隠す森の中を、ふたりは歩いていた。






「ぜえ……ぜえ……」


 ひとりは大きなバックパックを背負った老人、坂春だ。またもや息を切らしながら歩いている。


「坂春サン、ソロソロ休憩スル?」


 もうひとりは黒いローブを身にまとった少女だ。坂春とは違い、疲れた様子は全く見せていなかった。


「そうしたいが……休んでいると日が暮れてしまうぞ」

「デモ、マダ宿モ取ッテナインデショ?」

「それもそうだな……よし、あそこのベンチでひと休みするぞ」

 そう言いながら坂春は再び「ぜえぜえ」と息を切らしながら歩き始める。

 少女は坂春の歩行に合わせながら、心配しながらも涼しげに歩いて行く。




 ふたりは道に設置されていたベンチに腰掛け、一息つく。

 その後、坂春はバックパックの中から水筒を取り出し、コップに麦茶を注ぎ、それをゆっくりと喉に通した。

 その間、少女はひとりで背伸びをしていた。


「お嬢さんは疲れないのか?」

 コップを片手に、坂春は少女に質問した。

「ウン、今マデモ疲レタコトナイ……坂春サンヲ見ルト苦シソウダケド、ソンナニ苦シイノ?」

「まあな。若いころはこの苦しさも場合によっては充実感に変わっていたが……この年になると、そう思わなくなったな」

「……サーフィンシテイル時ハ?」

「あれは別だ。サーフィンをしていると全身のアドレナリンがみなぎり、疲れを感じなくなるからな」

「ソレジャア、ギックリ腰ニナッタノハ?」

「それは疲れと関係ないだろう……」

 坂春は空のコップにおかわりの麦茶を足そうとした。


「こんにちは!」


 ふたりの目の前に、ランドセルを背負った女の子が現れた。変異体の少女よりも背が低く、小学生だと思われる。


「……」

 変異体の少女は何も言わずに、ローブを抑えた。

「ああ、こんにちは。学校の帰りか?」

 坂春は笑顔を作って話しかける。凶悪な顔に笑顔を作られると不気味なことこの上ないが、純粋な小学生は怖じることもなかった。

「うん! おじいさんはなにしているの?」

「世界を旅している者だ。今はちょっと休憩しているがな」

「そうなんだ。そっちのお姉ちゃんは?」

 純粋な瞳を避けるように、変異体の少女は顔を横に向けた。坂春は麦茶をコップに注ぎながら「まあまあ」と女の子を制する。

「この子はちょっと恥ずかしがり屋でな。そっとしてやってくれないか……ごくごく……」


「お姉ちゃん、変異体でしょ?」


「ぶっっ!!」「……!!」


 坂春は口に含んでいた麦茶をふきだした。

「……」

「お顔、みせてよ」 


 女の子は硬直している変異体の少女の顔をのぞく。


「その目、ちょうちょさんみたいでかわいい」

 女の子は変異体の少女を見つめ、かわいらしい声を出した。

「げほっげほっ…….お嬢、変異体が怖くないのか?」

 お嬢ちゃんとは、お嬢さんと呼ばれた変異体の少女ではなく、小学生の女の子のことを言っているのだろう。

「うん! 平気だよ!! でも他の人が見ると怖がっちゃうんだよね?」

「ああ、そのためにこの子は姿を隠していたんだが……どうしてわかった?」

「声でわかっちゃった! ぎっくりごしがどうとかって……」

「その時から聞かれたのか……」「オ話シニ夢中デ、気ヅカナカッタ……」

 同時に頭を抱えた坂春と変異体の少女をみて、女の子は首をかしげた。


「ねえ、おじいちゃんたちって、あっちの方向に向かっているの?」

 女の子は奥の道を指さした。

「ああ、それがどうかしたんだ?」

「向こうに橋があるんだけど……渡れなくなったってニュースでやってたよ」

「そうか……忠告ありがとう」

 坂春と少女は互いに顔を見合わせた。

「坂春サン……今日ハ野宿ニナルノ?」

「ああ、ここから戻っていては日が暮れるからな……」

「うーん……あ、そうだ!!」

 ふたりの会話を聞いていた女の子が、なにかをひらめいたように手をたたいた。


「あたしの家においでよ!! ここの近くなんだよ!」






 道から外れた木の間を、女の子は慣れた様子ですり抜けていく。

「ちょっと待ってくれんか……ぜえぜえ」

「ネエ、ドウシテコンナ道ヲ歩クノ?」

 変異体の少女に対して、女の子は「よくわからない」と答える。

「だけど、人目についちゃあいけないからって、おかあさんが言ってた」

「ぜえぜえ……だからってこんな道は勘弁だ……」




「ついたよ!」




 森に囲まれた家が、3人の前に現れた。

 ところところがボロボロで、その外見はまさしくお化け屋敷と言えるだろう。

 入り口の近くでは、畑があり……そこで白い何かが動いている。


「おかあさーん!! ただいまー!!」


 女の子はその白い何かに向かって声をかけた。

 まんじゅうにも見える白い何かはこちらを振り向くと、横に切れ込みが開き、歯を見せた。


「オヤマア……ビックリシタワア……男ノ人ノ隣ニ、変異体ノ女ノ子ガイルナンテ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る