第7章 化け物バックパッカー、喫茶店で味わう。

ハトが羽ばたいた時、目の前にいた化け物の少女は味わった。

 





 ふるっふーほっほー


 ふるっふーほっほー


 藍色の空、ほとんどの人間が寝静まっている早朝。

 なにかの鳴き声が、一定のリズムで響き渡る。


 ふるっふーほっほー


 ふるっふーほっほー


 鳴き声は、人気のない路地裏にまで聞こえてきた。


 その路地裏に、うずくまる人の影がある。黒いローブを身にまとっている人の影は、何かの鳴き声に起こされるように顔を上げ、腕を伸ばした。


「……ン……アア……」


 あくびをしながら腕を上にあげると、首も空の方向を向く。

 その勢いで、頭のフードが降りた。そして、本来ならば眼球が納められている場所から出ている青い触覚が露になった。


 変異体の少女、タビアゲハはフードが下りていることに気づくと、すぐに被りなおした。

 そして立ち上がり、朝の散歩に出かけるかのように歩き始めた。






 ビルが建ち並ぶ街に、ひっそりとたたずむ建物。その看板には、喫茶店【化物】と書かれている。

 その喫茶店の前を通りかかったタビアゲハは、ガラスごしから店内をのぞいた。


 店員と思われる男性が、カウンターの向こう側でなにかをしていた。

 男性は頬についている赤いものをティッシュで拭き取ると、カウンターに『本日のおすすめ・トマトケチャップのきいたオムライス』と書かれたメニュースタンドを置いた。


 タビアゲハは首をかしげながら、その場を後にした。






 次にタビアゲハが訪れたのは、小さな公園だった。

 公園に設置されていた時計の短針は4を少しだけ通りすぎたところを指しているおり、人影はタビアゲハ以外みかけない。

 かわりに公園を支配していたのは……


 ふるっふーほーほー


 ふるっふーほーほー


 ハトの群れだ。


 タビアゲハはフードの中で口元をゆるめ、触覚を足元を通ろうとしているハトに向ける。人間でいう、見つめるという行動か。

 次にタビアゲハは、足元を通過したハトに近づこうと足を動かした。それに気づいたハトは捕まえられるなという本能が働き、足を速める。

 その様子を見たタビアゲハは「フフッ」と、まるでハトの反応に楽しんでいるような小さな少女のように笑い、歩くスピードを速めた。


 バサバサバサッ


「キャッ!!」


 突然、ハトは羽ばたいた。

 タビアゲハはそれに驚き、尻餅をついた。その頭をハトは横切り、電柱の上へ避難する。

「……!」

 立ち上がったタビアゲハは電柱の上のハトに触覚を向けた後、近くにあったベンチに座った。






 時計の短針が、9を示した。


 それと同時に、ひとりの老人が公園にたどり着いた。

 その老人、坂春は膝に手をつき、地面に向かって荒い息をはいていた。走ってきたのだろうか?

 坂春は顔を上げると、公園の中を見渡した。

 そのころになると、人を見かけるようになっていた。平日なのか、子供の姿は少なかったが、散歩などで休憩に来ている者や景色を楽しんでいる者などがほとんどだろう。


 それにしても、この坂春とは怖い顔、見渡すしぐさが不審者に見えてもおかしくない。


 坂春は、ベンチに座っているタビアゲハの姿を見つけると、彼女に近づいた。

「タビアゲハ……ふうふう……またせて……ふうふう……すまない……」

 再び膝に手をつく老人の呼びかけに、タビアゲハが反応するのに数秒の間があった。

「アレ? 坂春サン……イツモヨリモ早起キ……」

「早起きどころじゃあないぞ……むしろ俺は寝坊して、走って来たんだからな」

 その言葉を聞いて、タビアゲハは時計の方を向いて、口に手を当てた。

「モウ……コンナ時間!?」

「……その反応だと、何かに夢中だったようだな。いったい何を見ていたんだ?」

 坂春と呼ばれた老人がたずねると、タビアゲハはある方向を指さした。


 そこには、公園内を歩き回るハトの群れがいた。


「……そんなに面白いか?」

 眉を潜める坂春に、タビアゲハは口元だけでほほえみ、うなずいた。

「ウン。ミンナ、アチコチ動イテイルケド、何カ規則性ガアリソウデ……ナカナカ飽キナイノ」

「普通は気にしないものだけどな……」

 呆れる坂春を無視して、タビアゲハはハトの観察を再開した。






 しばらくして、坂春とタビアゲハは公園を立ち去り、街中を歩き始めた。

 立ち並ぶビルに、タビアゲハは触覚をあちこちと動かす。無論、フードを被っているため、人々にその姿を見られることはなかった。多少は不気味に思われたが。


「ふああ……あああ……」

 坂春は大きなあくびを出すと、その目から涙があふれ出る。

「坂春サン……眠イノ?」

 周囲の他人に聞こえない程度の大きさでタビアゲハはたずねた。

「ああ……昨日はプログの編集で、つい深夜のテンションで書きまくったからな……結局寝る直前に我に返って削除したが、確か2時ぐらいの時か?」

「シンヤノテンションッテナアニ?」

「それは……」

 首をかしげるタビアゲハからの質問に、坂春は答えようと口を開けたが、すぐに首をふった。

「そんなことより、どこかでコーヒーを飲みたいんだが……朝食もまだ取っていないからな……喫茶店があればちょうどいいんだが」

 その言葉を聞いたタビアゲハは、何かを思い出したように立ち止まり、「ウーン」と首をひねった。

「キッサテン……モシカシテ……」

「ん? 何かあるのか?」

 坂春も立ち止まってタビアゲハを見て、期待を寄せる目線を送った。

「喫茶店ッテ書カレテイルオ店、サッキ見カケタ」


 グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥルゥルゥゥゥゥゥゥ


 その瞬間、坂春の腹の音が鳴り響く。

「……その喫茶店は、どこにあるんだ?」

 タビアゲハは場所を思いだそうと数回首をひねると、手のひらに拳をのせた。

「確カ……サッキノ公園ノ近ク」

「……」


 ふたりのバックパッカーは来た道を戻っていった。

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